第2話 (自称)未来の嫁とためらい。
「おはよう、唯斗くん! 今日もいい朝だね!」
「姫宮さん、なんで毎朝迎えに……?」
席替えの日から数日。僕は(自称)未来の嫁こと姫……いや、恵流さんと過ごす日々が続いていた。
「
「僕はまだ夫になると認めた覚えは……」
毎朝僕の家の前で合流しては、半ば強制的に手を繋いで一緒に登校するのがもはや日課になってしまった。嫌……というわけではないが、肩と肩が触れ合うほどの距離までこれほどの美少女に近づくのには慣れない。
「認めるとかじゃなくて、そういう未来なんだよ。何で信じてくれないかなぁ?」
「えっと……タイムリープとか未来の嫁とか、色々と信じられなくて」
僕と結婚してきた未来から
「あっ、シャツのボタンずれてるよ? 寝癖も立ってるし……分かった。昨日、唯斗くんの好きな作者さんの本出たばっかりで朝までずっと読んでたんでしょ?」
「そうだけど……恵流さんは怖いくらい僕のこと分かってるよね」
この人は、文字通り僕の『全て』を知っている。特技も、トラウマも、好きなゲームも、自分で気づいていないような癖まで……本当に、何十年も僕を見てきたかのように。
「70年も連れ添ったんだし、当然でしょ? はい、ちょっと失礼するね」
「あっ……ありがとう」
そうして話していると、急に恵流さんが近づいてきて乱れた服を手慣れた手つきで整え始めた。シャンプーの甘い匂いが鼻をつつき、思ったよりも小さなその背丈を見下ろして思わず心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「ほら、ネクタイも曲がってる。こういうところは本当に変わらないんだから……」
(いや、近いって!?)
そんな僕の気持ちも知らずに、彼女はさらに顔を近づけてきて曲がっていたネクタイを整えようとする。その瞬間、僕の顔を見上げた彼女と目があった。
「あれ? 唯斗くん、顔赤くなってるよ?」
「こ、これは……」
「へぇ、恥ずかしいんだ? ふーん……」
透き通るように綺麗な黒い瞳と目が合い、飲み込まれるような感覚がして思わず視線を逸らしてしまう。
僕が戸惑っているのが面白かったのだろうか、悪戯っぽい笑顔を浮かべた恵流さんは少し背伸びをして……
「……なんか、新婚の頃みたいだね?」
「ちょっ、恵流さん!?」
耳元でそう囁くと、ゆっくりとこちらに体重をかけながら僕の体をブロック塀へと寄せていく。体を密着させた状態のまま手に指を絡められ、気づいたら壁に押し付けられて逃げられなくなっていた。
「ねえ……唯斗くんはさ、私のことどう思う?」
「いや、だから……本当に何してるの!?」
「さて、なんでしょう?」
なんなんだ、この状況は。僕はどうして恵流さんにこんな迫られているんだ。とにかく、これを他の人に見られたらまずい……!
「えっと……とりあえず、離れて……」
「答えてくれたら離れてあげるよ。唯斗くんは私のこと、好きなの?」
だがしかし、彼女はそんなことお構い無しという風にさらに体を押し付けてくる。甘い匂いと温かい体温に飲み込まれて、何も考えられなくなりそうだ。
「なんで急にこんな事を……」
「私はいつだっていいんだよ? 唯斗くんがその気なら今すぐにだって……なんでも、していいんだよ?」
「何でも、って……」
耳元でそんな言葉を囁かれ、痺れるような感覚が頭の中を走る。早く抜け出さないといけないのは分かっているのに、体がいうことを聞かない。
(やばい、何も考えられない……!)
こんな美少女と近づけるチャンスは人生では後にも先にもこれだけかもしれない。そう考えると、緊張と興奮で頭の中が真っ白になって────
「────ダメだ」
そして、気づくと僕は恵流さんの肩を持って彼女の体を引き離していた。ほとんど無意識の行動だったので、僕も一瞬何をしているのかわからなかった。
「……えっ?」
「こんなこと、簡単にしちゃダメだ」
少し唖然とした後、悲しそうな顔をする恵流さんを見てやってしまった、と後悔する。もしかしたら嫌われてしまったかもしれない。
「嫌……だった?」
「嫌じゃない、けど……こんな風にするのは、何か違う気がする」
だとしても、こんなことは間違っていると思った。たとえ彼女が本気でも、僕が嫌じゃなくても、それ以上に……
「僕は恵流さんのことを好きとか、嫌いとか、まだ分からないけど……でも、大事にしたいとは思うから」
「……そっか。やっぱり、唯斗くんは変わらないね」
「それ……褒めてる?」
「うん、私を大切にしてくれる所とか!」
ようやく納得してくれたのか、彼女は自ら距離をとって恥ずかしげな笑みを浮かべる。さっきのゾクゾクするような笑みとは違う、温かくて優しい笑みだった。
「だから今はこれで我慢してあげる!」
と、思ったのも束の間。彼女は突然僕の手を引き、少し背伸びをして……右の頬にそっとキスをした。
「えっ……えっ!? いや、突然何を……」
「ふふっ、早く行かないと遅刻するよ?」
焦る僕を見て小さく笑いながら、彼女は学校へと早足で歩いていく。その後ろ姿を見つめながら頬を触ってみたが、ほんの一瞬だけ感じたあの暖かい感触がどうにも離れない。
(助かった、のかな……?)
やっぱり僕はこの人にからかわれているだけじゃないんだろうか……そんな疑念が、頬にある柔らかい感触とともにずっと残っているのだった。
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