第9話 サイアクな日⑤

 オレは重い足取りで学校に向かいながら、つまんなくなっちゃった野球ごっこのこととか、そもそも地域の野球チームに入れないこととか、破れちゃった黒いズボンのこととか――パンダになっちゃったナミちゃんのこととか、考えていた。

 大変なことが多すぎるよ。

 チームはオレ一人のフォートナイトみたいだ。

 一人で戦うのはしんどいよ。

 あーあ。

 学校、行きたくないな。

 香月先生の顔を思い浮かべた。

 いつもは大好きな香月先生だけど、今日は会いたくないや。

 あーあ。

 オレは道ばたに落ちていた石を蹴った。

 フォートナイトなら、得意なのに。

 敵を見つけて、ぶっ倒す!

 バン!

 でも、現実はそうはいかない。

 そもそも、「敵」がよく分からない。あやふやで、するっとどこかに行っちゃって。でも、確かにそこにあって。

 バン! バン! バン‼ で、やっつけられたらいいのにな。

 すかっとしないなあ。


 二十分休み、香月先生に呼ばれた。

 教室の近くの準備室で話した。

 香月先生はねばり強く、オレの話を聞いてくれたし、ちゃんとオレの気持ちを分かってくれたように感じた。

「すーくん、それはイヤだったなあ」

 と、言われたとき、ちょっと泣けた。

 ちょっと泣けた、と思ったら、今までのいろんなことがこみ上げてきて、次から次へと涙が出てきた。

「みんなに話を聞いてみるからな。それでまた、楽しく遊べるようにしような」

 と、香月先生は肩を叩いてくれた。

 先生、オレ、ほんとうはね、オレ、ナミちゃんがパンダになっちゃったこと、一番悩んでいるんだよ。オレが悪い子だから、パンダになっちゃったのかなって。イッショーケンメー、いい子でいようとしたけど、ナミちゃんに心配かけないようにがんばろうって思ったけど、なんだかうまく出来ないんだ。どうしたらいいんだろう、オレ。

「すーくん、大丈夫だよ」

 先生、ナミちゃん、人間に戻るのかなあ。

 オレがもっともっといい子だと、いいのかなあ。


 香月先生の行動は早い。

 だから、野球ごっこのトラブルについても、すぐにメンバー一人ひとりから話を聞いた。香月先生は公平だから、オレの話だけを聞いて判断したりしない。十人以上いた野球ごっこのメンバー一人ひとりから、ちゃんと話を聞いたんだ。

 そして、オレもトシやみんなと話をすることになった。放課後の教室にみんな集まって、輪になって座った。

 香月先生も含めてみんなで話したら、分かったことがある。

 オレはとりっこでのチーム分けはイヤだったけど、初期メンバー以外のみんなはとりっこでチーム分けしてもいいんだって。そして、初期メンバーも、とりっこでのチーム分けを、オレほど腹を立てていないことも分かった。……もしかして、「ズルイ!」って言えないだけなのかもしれないって、ちょっと思うけど。

 今、野球ごっこを仕切っているトシと、その周りの子たちは強い。「強い」って、野球が強い、というんじゃなくて、なんていうか、トシたちの言っていることが何かちょっとヘンでも、すっごくヘンじゃなければ、トシたちの言い分が通っちゃうってこと。トシを中心に勝つチームにいつも入れているメンバーは、当然とりっこでのチーム分けがいいんだと思う。だけど、そうじゃないメンバーも、何となくトシには逆らえないんだ。

 香月先生はそういう雰囲気もちゃんと分かっていた。

 でも、頭ごなしに叱ったり、誰かだけの味方をせず、みんなの気持ちに寄り添うようにしていた。

 ああ、オレ、いま、先生のことも困らせているのかなあ。

 ふと、そんなふうに思ってしまった。

 それから、いつまでも一人で納得出来ないオレに、みんなも困っている、とも思った。ジョーもひでも、心配そうにオレを見ている。

「オレ、もういいよ」

「すーくん?」

「オレ、もういいよ」

「いやいや、もう少し話し合えば」

「いいんだ、先生」

 オレは立ち上がった。

「もういいよ。今のルールでいいよ。オレだけが反対しているみたいだから。みんなの気持ち、分かったから。……でも、オレはぬけるよ」

「すーくん!」

 香月先生もジョーもひでも、それから何人かが、「もっと話したら?」とか「いっ しょにやろうよ」とか「すーくんいないとつまらないよ」とか、いろいろ言ってくれた。

 でも、いいんだ。ほんとうに。

 ごめん。

 みんなを困らせるつもりはなかったんだよ。



 ずっとオレは❝いい子❞でいたかった。

 褒められると嬉しかった。

 計算もみんなより早く出来たし、作文だって上手に書ける。

 かっくんは小学校が嫌いで先生も嫌いで、ナミちゃんはなんだかとっても大変そうだった。でも、オレは毎日元気に楽しく学校に行ったし、友だちともうまくやっていた。

 そうして、ナミちゃんに「すーくんはラクチンな子だね」と言われて、嬉しかった。

 だけど、なんかうまくいかない。

 かっくんもこんな気持ちになったりしたのかな。

 今までみんな、うまく出来たのに。

 ナミちゃん。

 オレ、ナミちゃんに褒められる子でいたかったんだよ。

 ほんとうだよ。

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