第2話 ある朝起きたら②

 オレはな気分で学校に行った。

 って、意味がちょっと分からないけれど、とにかくブルーな気分ってこと。

 学校までの道をオレは走って行った。な気分が吹き飛ぶように。

 ナミちゃん、なんでパンダになっちゃったんだよ。


 かっくんはまだうちにいる。かっくんは「朝のミッション」を早く終わらせることが出来ないから、オレはいつもかっくんをおいて先に学校に行くんだ。オレの「朝のミッション」はそろばん、漢字、ビアノ、それから英語。全部で二十分くらい。オレはさっさと終わらせるのが好きだ。英語は最近始めた。四月に三年生になると学校で英語が始まるからやってみようかと思ったんだ。でも、最初は楽しかったけど、「black board」のあたりでめんどくなってきて、実はやめたい……のだけど、「自分で決めたことは最後までやりなさい」ってナミちゃんがコワイ顔で言うからやめられない。そろばんも漢字もピアノもそうだ。

 ナミちゃんには逆らえない。

 ナミちゃんは怒ったり泣いたり、忙しい。ナミちゃんが泣くとオレも悲しくなってしまう。ナミちゃんの悲しい顔は見たくない。

 だからオレは頑張るんだ。

 それにしてもナミちゃん、なんでパンダになっちゃったんだろう……。

 オレ、悪い子だったんかな……。だから、ナミちゃん、パンダになっちゃったんかな……。

 涙がこぼれそうになり、オレはぎゅっと口を結んで、目をごしごしとこすった。


「すーくん、どうしたの?」

 るるちゃんの声だ。

 オレは慌てて、

「なんでもないよ! 目にゴミが入っちゃったんだ。るるちゃん、おはよう!」

 と言った。

「おはよ、すーくん」

 るるちゃんはにっこりと笑った。

 るるちゃんはちっちゃくて髪が長い。

「教室、行こ?」

 るるちゃんは下駄箱に靴をしまうと、髪を揺らしながら教室までかけて行った。

 オレはすぐに後を追ったりせず、わざとゆっくり歩いて行った。

 教室に入ると、ジョーとひでが寄ってきた。

「おはよう、すーくん」

「おはよう!」

「校庭でキックベースやろうぜ!」

「うん、やるやる!」

 オレはダッシュで荷物を片付け、ジョーとひでと校庭へ急いだ。

 授業は始まるまでの短い時間も、な遊びの時間だ。

 朝、校庭で元気に遊ぶと、パンダのナミちゃんのことも、ちょっと忘れられる……かも。


 教室に戻ると、朝自習の時間だ。オレは簡単なプリントをちゃっちゃと終わらせて、いつものように海のところに行ってゲームの話をしようかな、と思いつつ、今日は自分の席に座っていた。

 やっぱり、パンダになっちゃったナミちゃんのことが気になるんだ。朝起きたらパンダになっていたんだから、もしかして学校から帰ったら、元のナミちゃんに戻っているかもしれない。そもそも、ナミちゃんは自分がパンダになっているがあるんだろうか。

 なんだか、パンダになっていることに気づいていないみたいだった。フツーに朝ごはん、作ってたし。

「ねえねえ、すーくん。今日の放課後、ゲームして遊べる?」

 ナミちゃんのことを考えていたら、海が来た。海とはゲーム仲間なんだ。

「うん! 遊べるよ!」

 誘われたので嬉しくなって言う。

「すーくんちでいい?」

「い……あ」

❝いいよ❞と言いかけて、ナミちゃんのことを思い出した。

 マズイ。

 パンダのナミちゃんを海に見られるのは、ひじょー---------に、マズイ。

「だめなの?」

 海は心配そうにちょっと眉毛を寄せて聞いた。

 海んちはだ。

 お母さんも働いている。

 だから、海んちでは基本的に放課後遊ぶことは出来ない。一回だけ、お母さんがお休みとかで行ったことはあるけど。

「うーん、オレんち、今日はちょっとだめなんだ。ごめん、校庭でもいい?」

「いいよ! 何やる?」

「スマブラかな」

「オッケー!」

 海、ごめん。と心の中でちょっと思った。

 海とゲームの話で盛り上がっていると、「おはよー‼」って言って、香月先生が来た。みんなばたばたと自分の席に戻る。海も「じゃあね」って言って戻って行った。

 香月先生は男の先生で、若くて最近結婚したばかりで元気で、厳しいところもあるけれど、すっごくおもしろい先生なんだ。みんな香月先生が大好きだ。

 授業が始まり、オレは一生懸命先生の話を聴く。算数は得意だ。誰よりも早く問題を解きたい。出された問題をいち早く解いて、先生のところに持って行く。マルをもらい、「分からない子、教えてあげて」と言われ、「よし!」と思い、元気よく席に戻る。

 ……元気よすぎて、机に置いてあった筆箱が勢いよく音を立てて落ちちゃったけど。

 オレの筆箱が落ちて、一瞬シーンとなった後、みんなで笑い合った。香月先生も笑った。落ちて転がっていったえんぴつは、るるちゃんが拾ってくれた。なんか嬉しくて、でも照れくさくて、やっぱり元気よくイスに座った。

 パンダのナミちゃんのことを忘れていられた。


 昼休み、香月先生を誘ってクラスメイト数人でドッチボールをした。

「すーくん、キャッチうまいね!」なんて言われて、ますますはりきってしまう。

 思い切り体を動かすっていいな。特にボールで遊ぶのは楽しい。香月先生といっしょに遊ぶのも楽しい。

 香月先生にナミちゃんのこと、相談してみようかな……

 いやいやいや!

 だめだ。

 お母さんがパンダになっちゃった、なんて恥ずかしくて言えないよ。

 そもそも、人間がパンダになる、なんて信じてもらえない。

 オレは思い切りボールを投げた。

 うまく当てられることが出来て、味方から歓声が上がった。

 でも、オレの気持ちはパンダの黒い耳が落ちたみたいに、ちょっぴり暗かった。

 あーあ。


 

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