27.ハウとアントさん
数日後、王都に到着した私とルー君は、真っ先に父と母に視察の報告をした。
視察して分かった事、アンデルソン子爵の新事業の事、そして私が体験した森での出来事の数々を。
視察の話は概ね父が予想していた通りの事だったようで「やっぱりそうだったか」と言いたげに頷きながら聞いていたけど、森での出来事は父の予想を超えたものだったようで目と表情が驚愕に染まっていた。
いくら私が嘘を言うわけがないと頭で理解していても、父と母は非現実的な事実をすんなりと受け入れることができなかったようだ。
だけど私が討伐したキメラの死体や、妖精のシシリーの姿をその目で直接見れば、否応なしにも信じる他なかった。
「まさか、これほどの事態になっていたとは……。カリスよ、またお前はこの国の窮地を救ったようだな!」
「凄いわカリスちゃん! 流石、私達の自慢の子よ!」
母にぎゅっと抱きしめられて、そのまま頭を撫でられる。
父と母からこうして褒められるなんて、魔王を討伐した時以来かな?
褒められた嬉しさに、自然と私の顔はだらしなく破顔した。
その様子を見ていたルー君も、視察を頑張ったことを褒めてほしそうな顔をしていたのは、少し微笑ましかった。
そのあと、森での出来事の詳しい説明を終えた私は、その他の説明をルー君に任せて部屋を出た。
私が説明しなくてはいけなかったのは、ルー君が直接見ていなかった森での出来事くらいだ。
その他の事は視察の内容と今後の対応についての話になるので、アンデルソン子爵と直接話をしたルー君の役目だ。私の出番はない。
部屋を出た私は、中庭に待機させていたシアとシシリーに合流して、馬車で王都を出た。
目指すは王都の郊外の森……そう、現在改築工事真っ最中の私の別荘だ。
別荘は今、建築士のアントさんの手によって、新しい幻獣研究所に改築されている。
本当だったら改築工事が終了するまで様子を見ておきたかったのだけど、急な視察が入ったせいでそれができなかった。
なので視察に行っている間に工事がどうなったか分からない。
……いや、私は決してアントさんの建築士としての腕を心配しているわけでも、別荘の主として最後まで見届ける責任とかを感じているわけじゃない。
私が心配しているのは、別荘の森で私の帰りを待っているハウと、幻獣を嫌っているアントさんの間で何か問題が起きていないかだ。
一応ハウにはいい子にしているように言い付けたし、ハウがそれをしっかり守ってくれるという事も疑っていない。
だけど世の中、何が原因で事態が悪い方向に転がるかは分からない。
ハウが言い付け通りいい子にしていても、全く意図しない予想外の事が原因でアントさんの機嫌を損ねる可能性だって十分にある。
視察している間、私はそれが心配で心配で仕方がなかった。
私は馬車を走らせるシアに急ぐように伝え、別荘に到着するまではシシリーの話し相手をして心配でそわそわする気持ちを紛らわせるのだった。
シシリーにハウの事や別荘のことを話している間に、馬車は工事中の別荘に到着した。
馬車を降りた私は、すぐに工事中の建築士達の様子を確認する。
そこには私の心配していた険悪な雰囲気や気配は無く、テキパキと真剣に工事に集中している建築士達の姿があった。
それどころか、私の姿を見つけた何人かが私に笑顔を向けて手を振ってきた。
(……建築士達の様子からして、特にトラブルが起きた雰囲気はなさそうね。心配しすぎだったかしら?)
私は手を振り返しながら、安堵の溜め息を小さく吐いた。
アントさんの部下である彼等から好意的な行為を向けられているということは、アントさんの機嫌がいいという何よりの証拠だ。
心配事が杞憂で終わったことを確信した私は、ハウの姿を探して裏庭に足を運んだ。
広い裏庭は現在、その一部が資材置場として使われている。
そんな大量に置かれた資材の山の上で、設計図を片手に持ちながら部下達に指示を出しているアントさんの姿を見つけた。
アントさんも私に気付いたようで、作業を中断して私の方にやって来た。
「これは王女様。久しぶりじゃの」
「久しぶり、アントさん。工事は順調のようね」
「ああ、順調じゃよ。むしろ順調すぎるくらいじゃ。この調子で進めば、完成は予定よりかなり早くなるぞ」
「本当に!」
それが本当なら朗報だ!
本音を言うと、私は改築工事自体それほど急いでいたわけではない。むしろ遅くなってもいいからしっかりした物をと思っていたし、アントさんにもそれは伝えていた。
しかしそれでも、早く完成することに越したことはない。
完成までは数ヶ月が必要とアントさんは言っていたけど、工事を始めて僅か数週間で完成の予定が見えているというのは、それだけ工事が順調に進んでいるという何よりの証だろう。
アントさんの明るい表情からもそれは窺い知れた。
「それもこれも、“あいつ”のおかげじゃ!」
「“あいつ”……?」
「おっ、噂をすればじゃな。おーい、次はこれを頼むぞー!」
手を振って合図を送るアントさんの視線の先を追いかけるように私は振り向いた。
そこには見た者全てを魅了するほどに美しい、純白の流れるような毛並みをした白馬が翼を広げて空を滑走している姿があった。
その姿を見た私は驚きのあまり、見覚えしかないそれの名前を思わず叫ぶように口から洩らした。
「ハウ!?」
〈あっ、カリスだ! おかえり!〉
「た、ただいま……」
あまりにもいつも通りな様子で私の前に降り立ったハウに、私は少し呆気に取られたような返事を返してしまった。
しかし私はすぐに首を振って思考を取り戻す。
「じゃなくて、一体何をしてるのハウ!?」
〈何って、アント達の仕事を手伝っているだよ〉
それは……何となくだが、見れば分かる。
ハウの背中には鞍のような物が取り付けられていて、その鞍の左右には何かを取り付ける固定具があった。
おそらくあれに建材を固定して運んでいたのだろう。
だけど私が聞きたいのはそこではない。
「そうじゃなくて……どうしてハウがアントさんの手伝いをしているの?」
アントさんは息子を幻獣に殺されて亡くし、幻獣に対して相当な恨みと嫌悪感を抱いていた。
ハウを最初に見た時も激しく怒りを露わにし、目に入らない所へ除けるように言っていた。
それが今、そんな気配は欠片も無く、笑顔で工事の手伝いをさせている。まるで別人のようだ。
私がいない間に一体何があったのか……全く想像ができない……。
「まああれじゃ、気が変わっただけじゃよ。そんなことよりほれ、次はこれを運んでおくれ」
〈あ、うん。カリスまたあとでね〉
そう言うとハウとアントさんは作業に戻って行ってしまった。
一体何がどうなっているのか……。
「カリス様、お戻りになられていたのですね!」
私とシアが顔を見合わせていると、視察の間改築工事の事を任せていた幻獣研究所のメンバーの一人がやって来た。
「ね、ねえ、私のいない間に、一体何があったの?」
私はハウとアントさんの方を指差しながら訊ねる。
「えっ? ……ああ、ハウ様の事ですね。実はカリス様がお出かけになられた後に、ちょっとした事故がありまして……」
「事故ですって!?」
「ああ、ご安心ください。幸いにも怪我人などは一人も出ていませんし、工事にも大きな支障はきたしませんでした」
……それは良かった。事故と聞いて少し驚いたけど、怪我人が出なかったと聞いて安心した。
「……それで、その事故とハウとアントさんがどう関係しているの?」
「はい。あれは、カリス様がお出掛けになられて数日後のことです。アント殿が屋根の工事の様子を見に行こうとしたところ、突然足場が壊れて地面に落下してしまったのです」
「足場が、壊れた?」
「はい、何でも足場の組み方に手順ミスがあったみたいで、足場の一部分がしっかり組み立てられていなかったようです」
「……それで、どうなったの?」
「何の前触れもない突然の事態に、アント殿も含めて誰も咄嗟の対応ができませんでした。……しかし、ハウ様だけがそれに間に合い、アント殿が地面にぶつかるギリギリのところで救出に成功したのです」
……なるほどね。何となくだが、話の流れが見えてきた。
「……つまりアントさんは、命を救ってくれたハウに心を許したってことね?」
「そういうことです」
これは、不幸中の幸いと言うべきだろうか?
事故自体は不幸な出来事だった。しかし怪我人が出なかった事、そして幻獣がアントさんに受け入れられた事は、結果的に私の夢が大きな前進を果たしたということだ!
これが幸運と言わず何と言うのだろうか!
是非とも私がいない間の経緯の全てを本人達から聞いて今後の糧にしたい!
「詳しい話を聞きたいところだけど……」
そう思ってハウの方を見ると、とても楽しそうに工事を手伝っていて、アントさんも忙しそうに沢山の指示を出していた。
「……とりあえず、工事が終わるまで待ちましょうか」
「では、一度王都へ戻りますか?」
シアはそう提案してきたけど、私は首を横に振った。
「いいえ、折角だからここで工事の様子を見ておきたいわ」
「かしこまりました。では机と椅子を用意してまいります」
そうして私は工事の邪魔にならない裏庭の端の方で、ハウが工事を手伝っている様子を静かに眺めるのだった。
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