26.シシリーのお礼
キメラを討伐してから二日が経った。
討伐したキメラの死体は、既に森から運び出してアンデルソン子爵の領主邸に置かせてもらっている。
そして私達の視察も無事に完了し、明日には王都へ帰ることになった。
今日は王都へ帰るための準備をしているところだ。
……しかし今回の視察はルー君が主役で、私はおまけみたいなものだった。だから帰る準備と言っても私がすることはほとんどなく、精々が私物の整頓くらいだ。
まあ他にもあったとすれば、キメラを王都に運搬するための段取りくらいだろう。
だけどこれもそれほど時間のかかる事ではなかったので、あっという間に終わって私は時間を余らせて手持ち無沙汰になっていた。
そういうわけでやることのなくなった私は、用意された自室でシアと王都に帰ってからすることを話し合っていた。
コンコン――。
すると突然、部屋のドアがノックされる。
「カリス様、ニンフ殿とシシリー殿がカリス様にお話しがあるそうですじゃ」
部屋の前で護衛をしてくれているヤスツナの声がドア越しから聞こえてくる。
私は入るように返事をすると、ニンフとシシリーが部屋に入ってきた。
何の用事かなと思って訊ねてみると、ニンフは淡々とした口調でこう言ってきた。
「カリス、私はそろそろ森に帰ります」
ニンフは私が「助けてもらったお礼をして」と言ったのでここまで付いて来て、一緒にキメラ討伐の事情説明などをしてくれた。
本当ならそれが終わったらすぐに森に帰ってくれてもよかったのだけど、そのあともニンフは個人的にアンデルソン子爵と何か話をしていたようだ。
そしてどうやらそれも終わったようなので、森へ帰ることにしたのだという。
私としてもこれ以上二人を引き留める理由はない。
時間をもて余していた私は、森に帰る二人を見送ることにした。
私達は街を出て、森の入り口までやって来た。
見送るならこの辺りまででちょうどいいだろう。
「改めて、ありがとうございましたカリス。あなたのおかげでこの森は救われました。森の全てを代表してお礼します」
「こちらこそ、ニンフに会えてよかったわ。今回はこれでお別れだけど、私の計画を進めていたらまた会うこともあるかもしれないし、その時もよろしくお願いしたいわ」
「ええ、勿論です。その時はいつでも力を貸しましょう」
私とニンフは固い握手を交わす。
そこにはお互いの厚い信頼が込められていると感じることができた。
「それではお元気でカリス。そして、シシリーの事をよろしく頼みますね」
「……ん?」
いま、なんて……?
「心配しなくても大丈夫ですよニンフ様! これでも私はしっかり者ですから!」
「……んん?」
「ふふ、それもそうですね。それではさような――」
「――ちょちょ、ちょっと待ってニンフ! シシリーをよろしくってどういうこと!?」
森に帰ろうとしたニンフを私は慌てて呼び止める。
すると、呼び止められたニンフは「何を言っているの?」と言いたげな顔を私に向けて来た。
いや、その顔をしたいのはこっちの方よ!
「……まさか、シシリーから何も聞いていないのですか?」
「シシリーから……?」
何も聞いていないのかと言われても、シシリーからそれらしい話を聞かされた記憶はない。
記憶を探って首をかしげる私を見て、ニンフの表情が何かを悟ったものに変化する。
ニンフその表情を見て、私も何となくだけど事態を呑み込めてきた。
私は説明を求める様に、この事態の当事者であるシシリーに視線を向ける。
「ふふふ、驚いた? カリスを驚かせようと思って黙っていた甲斐があったわ!」
得意げに「ふふん!」と胸を張るシシリー。
だけど私とニンフはそれとは対照的に、呆れたようにため息をつくのだった。
………………
…………
……
シシリーから話を聞くと、どうやらシシリーは森には帰らず、私と一緒に王都へ行くことを決意したらしい。
ニンフには事前にその事を伝えていて許可も貰ったという事だったけど、私を驚かせるために私には黙っていたらしい。
元々シシリーは森の外の世界に憧れてを抱いていたのは知っている。
そこに私が現れたことで、その気持ちがより強まってしまったのだろう。
そしてシシリーにとって幸運だったのは、私が人間社会を統治しているファルタ王家の王女だったということだ。
更に言えば、私が幻獣に対して非常に友好的だったことも、シシリーにとって非常に幸運だった。
私と一緒にいれば、シシリーが人間社会の中で一番安全に過ごせるのは間違いない。
ニンフもそれを考慮して、シシリーが外に行くことを許可したのだろう。
私としては、シシリーが一緒に来ることは別に構わない。むしろ、妖精という珍しい幻獣とこれからも一緒にいれるという事を嬉しく思っている。
「カリス、私が改めてお礼をしたいと言ったのを覚えてる?」
もちろん覚えている。忘れるわけがない。
その直後にキメラが現れてゴタゴタしてしまったけど、シシリーがどんなお礼を用意してくれるのかと内心ではずっとワクワクしていた。
「そのお礼はね……この私よ!」
シシリーはドヤ顔で胸に手を当て主張する。
まあなんとなく、今の話の流れでそうだろうなとは思っていたので、特に驚きはしなかった。
別にそれは嬉しくないということではない。さっきも言ったように、内心ではすごく嬉しい。
だけどシシリーは私の反応が予想していたものと違ったようで、拍子抜けたような表情をする。
「……あまり驚かないのね?」
「まあ、話の流れで何となくそうかな~って」
「……まあいいわ。で、カリスは私のお礼を受け取ってくれるかしら?」
「ええ、それは勿論よ。よろしくねシシリー」
こうして、シシリーは私と一緒に王都へ行くことになったのだった。
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