25.幻獣動物園計画

 キメラを討伐してから三日が過ぎた。

 あれからキメラの件や支援の話し合い等で色々あったけど、私もルー君も今回の視察の目的を無事に終わらせることが出来た。

 そして私達は今、アンデルソン子爵領から王都へと帰る馬車の中にいる。


「ふ~ん、ふふ~ん♪」


 馬車の揺れに合わせて鼻歌を歌いながら、私はメモ帳を読み返す。

 

「ご機嫌ですね姉上」

「ふふ、ご機嫌にもなるわよルー君。だって、私の夢が大きく前進する可能性が見えたんだから!」


 そう、今回の視察は私にとってとても有益なものになった。

 アンデルソン子爵が新事業として始めた『動物園』。今回の視察の目的はそれの支援をするかどうかを見極めるのが目的だった。

 支援はすることで決定したけど、その内容についてはルー君の判断に全て任せていたので、ルー君がアンデルソン子爵とどのような話をしていたのか、私は知らない。

 でも私にとってその事は、正直言って特に関心がない。

 私の関心は今、『動物園』そのものに向いている。

 

 アンデルソン子爵が始めた動物園、あれはとても素晴らしい物だ!

 動物園は動物の飼育と保護、研究だけではなく、商業と教育も兼ね備えている。

 その運営方針は、『幻獣との共存』という私の夢の達成のために必要としていたものを全て詰め込んだ、まさに理想の施設だった!

 もしも動物園の幻獣版、「幻獣動物園」と呼称すればいいだろうか? それを開園できたなら、間違いなく夢の実現に大きく近づくことになるだろう!

 

「アンデルソン子爵から動物園経営のノウハウをある程度聞き出すことができたし、動物園の運営に関して経験がある人を何人か王都に寄越してくれる約束もしたから、それが到着したら本格的に『幻獣動物園』を作るために動くつもりよ」

「なるほど、『幻獣動物園』ですか……悪くありませんね。という事は先程から嬉しそうに見ていたメモ帳には、そのアンデルソン子爵から聞き出したノウハウが記されているのですね?」

「その通りよ!」

「動物園は僕も視察しましたが、確かにあれを動物ではなく幻獣ですることができたなら、姉上の夢は大きな前進を果たすでしょうね。それに、その経営次第では王都に更なる利益をもたらせる可能性も十分にありますし、成功した場合のメリットは王家としても見逃せないものがありますね。そうするとあれがこうで――」


 何やらブツブツと呟きながらルー君が考え事をし始めた。


「……姉上、いっそのこと『幻獣動物園』を王家の名の下に新事業として立ち上げるのはいかがでしょうか?」

「えっ?」


 何がどうしてそういう考えになったのか分からないけど、ルー君が突然そんな提案をしてくる。

 

「……それってつまり、『幻獣動物園』を王家が経営する『国営事業』にしてしまう、という事かしら?」

「そうです。もちろん経営の決定権は姉上が握る形にしますが、便宜上で国営事業にしてしまえばあらゆる要求を通しやすくなります。それに支援者も集めやすくなるでしょう? 姉上の目指す世界は、僕達の人間社会にとって未開の世界です。到達するために立ち塞がる壁は少しでも薄く小さく、そして少ない方がいいと思います」


 確かに、それはルー君の言う通りだ。

 私の夢は『幻獣との共存』。人間はこれまで、幻獣を害敵として排除することばかりしてきたし、人々はそれが常識だと認識している。

 夢の実現には、まずそうした人々のその認識を改めていかなければならない。

 それがあまりにも大変なことだというのは分かっているし、沢山の労力と努力と周りの人達の助け、そして時間が必要だというのも理解している。

 ルー君の提案通りに幻獣動物園を国営事業とすることで、その障害を少しでも軽減できるというのなら、そのメリットは計り知れないほど大きい。


「もちろんこれは今僕が思い付きでした提案です。国営事業として立ち上げるには、当然国王である父上の許可が必要ですし、有権者である上級貴族達を最低限でも半数以上は味方に付けて賛同してもらう必要があります」

「それは当然ね」


 いくら私が王族だと言っても、その権力を無理矢理行使して勝手に事を推し進めたら、上級貴族達はいい目をするわけがなく、それこそ王家の信用問題になってしまうだろう。

 王位継承権を捨てた身とはいえ、私に王家を失落させるつもりは毛頭ない。


「まあ、父上と母上なら反対することは無いでしょうけど……」

「問題は上級貴族達の反応、という事ね?」


 ルー君は無言で頷く。

 

「それに……姉上は王家の歴史の中でも特別“異端”ともいえる存在です。……あまりこういうことを言いたくはありませんが、正直なところ上級貴族のほとんどが姉上という存在を測りかねている節があります」

「まあ、ね。でも気を使わなくても大丈夫よルー君。私が周囲からどういう目で見られているかぐらい、理解しているわ……」


 いくら私が権力事に興味がないとはいえ、立場上、周りの噂というのは嫌でも耳に入る。

 私は別にその事でどうこう言うつもりはない。言いたい奴には言わせておけばいいだけだからだ。

 ただ、それが私の夢の足枷になるのであるなら、何とかしないといけない。


「……上級貴族達を賛同させる、“何か”を用意しないといけないわね」

「もちろん僕も手伝います。何か必要なものがあったら言って下さい」

「その時はお願いするわ」


 とりあえずこの話は、王都に戻って父と母に相談してから決めるしかない。

 まあ『幻獣動物園』を国営事業にできなくても経営すること自体は可能だと思うから、その時はその時だろう。

 うん、何とかなるなる。


「それにしても、最初は視察なんて面倒だと思っていたけど、今は来て良かったと思っているわ。父上には感謝しないとね」


 視察の話を聞いた時、「カリスの計画の助けになるかもしれない」と父は言っていた。

 今にして思えば、父は動物園の企画書と資料を見て今の私と同じ考えに至ったのだと思う。

 だから少し強引にでも私を視察に行かせて、実物の動物園を直接目にさせようとしたのだ。

 だったら初めからそう言ってくれたらよかったのにとも思う。だけどまあそこは、そうした方が私の為になると思った父なりの配慮だったのだろう。

 結果的には視察に行ったことで、キメラを討伐したりニンフとシシリーに出会えたりしたので、これはこれでよかったのだ。


「――難しい話は終わった?」


 心の中で父に感謝をしていたら、御者台と繋がる連絡窓を開けてシシリーが客室の中に入って来た。

 シシリーはそのまま私の方に飛んで来て、私の肩に腰を降ろして座る。


「シシリー、キメラの死体の様子はどうだった?」

「何も問題はないわ。死体が腐敗している様子はないし、ニンフ様が施した結界さえしっかり維持していれば、あと何日でも今の状態を保てるはずよ」

「それはよかったわ」


 私達が討伐したキメラの死体は、あの後森から運び出していた。そして死体は今大きな荷馬車に乗せ、王都へ帰る私達の列に混ざっている。

 死体の保護は事前にニンフが施してくれた結界のおかげで完璧だ。そしてシシリーにはその結界の維持をお願いしていた。

 そのシシリーが問題ないと言うなら、これ以上心配する必要はないだろう。


 しかしそもそもの話、どうして森に帰ったはずのシシリーが私達と一緒にいるのか?

 それは私達がアンデルソン子爵領を発つ一日前に遡る――。

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