21.VSキメラ2

「グルルル……!」


 結界を壊せないと分かって諦めたのか、キメラが怒りに満ちた様な表情で私達を威嚇する。

 これでキメラは私達に向けて明確な敵意を持って襲い掛かってくるはずだ。

 ここからはキメラの攻撃がより明確になってくるだろうし、私達の攻撃もさっきのように簡単には当たらなくなるだろう。

 

「さあ、これからが本番よ!」


 私は気合を更に入れて剣を握り直す。

 キメラの方も私達の出かたを窺う様に、いつでも動けるように構えたままじっとしている。

 

 キメラと私達の間で緊張感が高まる。

 

 これから始まるのは、お互いの命をかけた死闘だ。

 殺すか殺されるか、この空間にあるのはそんな野性的な決め事だけ。

 生き残るために相手を殺す。ただそれだけの戦いがこれから始まる。

 

「グガアアアア!!」

 

 最初に動いたのはキメラの方だった。

 追い詰められているのはキメラの方だから、当然と言えば当然かもしれない。

 キメラはまず、左目を斬った相手であるヤスツナに狙いを定めて襲い掛かって来た。

 多分本能的に、一番最初に片付けないといけない強敵だと判断したのだろう。

 私も剣の腕には自信があるけど、ヤスツナの剣の腕は当然私よりも上だ。そして先程からヤスツナがキメラに向けて放っていた殺気は鋭く、それだけで敵を殺さんばかりの圧力が込められていた。

 それに比べれば私の存在感は劣るだろうし、ニンフには有効な攻撃手段が無いことは既にキメラも知っている。

 だから今余力があるうちにヤスツナを倒すという判断は、決して間違ってはいないだろう。


 ……だけど結果的にそれは、大きな判断ミスだったと言わざるを得ない。

 

「グギャッ!?」


 キメラの鉤爪のような鋭い爪がヤスツナに振りかざされようとした瞬間、ピタリとその動きが止まった。

 よく見ると、キメラが振りかざした足に地面から伸びてきた蔦が絡みついている。

 キメラがいくら力を込めても、強固に絡みついた蔦はビクともしない。

 この蔦はもちろん、ニンフが能力を使って生やしたものだ。

 確かにニンフはこのキメラと相性が悪くて有効な攻撃手段は無かった。

 しかし有効な攻撃手段が無くても、それ以外の手ならいくらでもある。例えばそう、こうしてキメラの行動を抑えたりとかね。


「そんなに絡まる蔦が嫌なら、儂が手伝ってやろう」


 ゆっくりとキメラに近付いたヤスツナはそう言うと刀を抜刀して、蔦に絡まって動けなくなっていたキメラの脚を一刀両断した。

 

「グギャアアアアアアッ!?!?!?」


 前脚を一本失い、よろめくキメラ。

 しかし後ろ脚を器用に使ってバランスを取り、直ぐさま後方に跳躍して距離を取る。

 だけど脚を一本失った影響は大きく、体重をうまく支えられずにふらふらとして立ち姿が安定していない。


 そう、キメラが本当に最優先で倒さなければいけなかった相手は、ヤスツナでも私でもない。ニンフだった。

 キメラの戦闘スタイルは近接型、そしてヤスツナと私も同じく近接型である。

 一方でニンフは後方型だ。それも後方支援に特化したような能力を持っている存在だ。

 もしこれがキメラと私とヤスツナ、三人だけの戦いだったら同じ接近型だったので勝負は簡単に着かなかっただろう。

 しかし、私とヤスツナがキメラを引き付け、その間にニンフが自由に支援を行えるなら話は変わってくる。

 いくらキメラとの相性が悪いと言っても、ここはニンフの能力を全力で発揮できる場所だという事を忘れてはいけない。先程の様な搦め手なんていくらでも簡単にできてしまう。

 そんな場所でニンフに支援をおこなわせるだけの十分な隙を与えるなんて、自殺行為もいい所なのだ。


「ふむ、斬り落とした脚の血がもう止まっておる。驚異の回復力じゃな」


 斬られたキメラの脚を見れば、ヤスツナの言う通り、もう血が滴り落ちていない。

 キメラは『悪食』で、食べた物の栄養を基にして回復するとニンフ言っていた。

 しかしそれを抜きにして、これほどの異常な回復力を持っているとは予想外だ。


「流石は幻獣。儂らの常識から外れた存在という事ですな」

「感心している場合じゃないわよヤスツナ! ねえニンフ、まさかだけどあれ、斬られた脚が再生したりとかはしないわよね?」


 魔王討伐の途中で、驚異の再生能力を持った幻獣と遭遇した記憶が蘇る。

 もしこのキメラがそれと同等の再生能力を持っているなら、相当厄介なことになる。


「いえ、それは私にも分かりません。なにせここまでの深手を負わせたことがありませんので……」


 確かにそれもそうか。

 ニンフは相性の問題でキメラに深手を負わすまでは出来なかった。把握していなくて当然だ。

 

「……まあ、それは今気にする事じゃなかったわね。ごめんなさい」


 そうだ。再生出来ても出来なくても、キメラが足を一本失っているこの状況こそが最大のチャンスだということに変わりはない。

 ここで攻めなくて、いつ攻めるというのだろうか!


「ヤスツナ、同時に仕掛けるわよ!」

「承知!」


 次の瞬間、私とヤスツナは同時に駆け出す。

 しっかりと立つことすら難しくなっているキメラは、私達が接近して来ても簡単には動けない。

 ここがキメラを倒す最大のチャンスだ!


「『武具強化エンハンス』!」


 私は剣に強化魔法をかける。『武具強化エンハンス』は武具に魔力を付与する事で、武具を強化する魔法だ。

 これによって私の剣は、強度や鋭さが格段に向上された。今なら大きな岩を叩き切る事すら容易にできる。

 これで、決着をつける!


「はああああ!!」

「やああああ!!」


 私とヤスツナが振るうやいばがキメラを捉える。

 

「グルルガアアアアッ!!」

「ッ!?」


 あともう少しでやいばがキメラに届こうとした刹那、キメラの長い鋭い牙に魔力が宿って光を発したのが見えた。


「危ない!」


 ニンフの声が聞こえたと思ったら、突然腰に蔦がしゅるりと絡みついてきた。

 そして凄まじい力で私とヤスツナの身体を無理矢理横にクンッと引っ張った。

 

「きゃあ!?」

「ぬう!?」


 今まで経験したことの無いあまりにも不自然な運動エネルギーのベクトル変化に、私とヤスツナは思わず悲鳴を漏らす。


 ――シュン、シュンッ!


 そして次の瞬間、私達がほんの数瞬前までいた空間を、大きな空気の刃が回転しながら通過して行く。

 空気の刃はそのまま直進し、進行上にあった木をスパッと簡単に真っ二つにして、最後はニンフの張った結界に当たって消滅した。


(あ、危なかった……!)


 私とヤスツナは完全に攻撃態勢に入っていて、あの状態からの姿勢変化はほぼ不可能だった。

 ニンフが助けてくれなかったら今頃はどうなっていたか……考えただけでも恐ろしい……。

 

「大丈夫ですか二人とも!?」


 慌てた様子でニンフが駆け寄って来る。

 

「ええ、大丈夫よ。助かったわ……」

「感謝しますぞ……」

 

 私とヤスツナは立ち上がって無事を報告する。


「それよりも、あれがニンフの言っていた『強力な風魔法』なのね?」

「はい、そうです」


 真っ二つにされた木をチラリと見れば、その切り跡は破壊の跡地で見つけた切り裂かれた木の切り口と全く一緒だった。

 ニンフから事前に話を聞いていたとはいえ、実際に目にするとその威力の凄まじさを思い知らされた。

 

「これは、想像以上に厄介ね……」

 

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