20.VSキメラ1

 翌朝。

 準備を終えた私とヤスツナは持ち場に着く。

 場所は昨日キメラと遭遇した広場だ。

 ここは一夜を過ごした破壊の跡地よりも狭いけど、足元に木々が倒れたりしていないのでとても動きやすい。

 足場の安定性は戦いにおいて重要だ。その一点においてこの広場は、この森の中で最も最適な場所だろう。


「それでは私はキメラを誘き寄せて来ます」


 そう言って、ニンフは近くの木に吸い込まれるように姿を消す。


「何度見ても凄い力ね……」

「流石精霊、と言ったところですな」


 ニンフは森の精霊で、森を操る力を持っている。

 昨日ニンフからその力の一端を聞き出すことが出来たけど、改めて精霊という存在が規格外だと思い知らされた。

 ニンフが今して見せたのは『森との同化』だ。

 これはその名の通り『自身の身体を森と同化させる能力』で、これによりニンフは森全体の監視と干渉が出来るようになる。

 更に森の中限定だが、任意の場所に自由に姿を現すことが出来るらしい。ニンフが気配も無く現れたのは、この能力のお陰だったという訳だ。


 まあとにかく、キメラ討伐の作戦はこうだ。

 ニンフはこれからその能力でキメラの所に向かい、ここまで誘き出してくる手はずになっている。

 そして誘き出した幻獣を、私とヤスツナが前衛で迎え撃つ。ニンフは後衛に下がり、私達二人のサポートに徹する。

 以上! ……とまあ、作戦自体は至ってシンプルな『真っ向勝負作戦』だ。

 本当なら安全確実に討伐する為に罠などの小細工をもちいたいのだけど、それをする為の用意が無いのだから仕方ない。


 あっ因みに、シアとアモンとシシリーの三人はこの討伐戦に参加していない。

 シアとアモンの二人は強いけど、キメラと戦う戦力としては不足している。そしてシシリーに至っては論外だ。

 なので三人には破壊の跡地に残ってもらっている。あそこはニンフが結界を張ってくれているので安全だ。

 それにキメラと戦っている間、例の密猟者達を見張る必要があったので、三人にはその役目をお願いした。


「――カリス様」


 ヤスツナの表情が鋭くなる。

 耳を澄ませると、遠くから段々と何かの音が近付いて来るのが聞こえた。


「……来たわね。ヤスツナ、準備はいい?」

「とっくに済んでおりますじゃ」


 戦闘準備を整えたヤスツナの立ち姿には隙がまるで無い。

 纏っている闘気は水面のように静かだけど、誰も寄せ付けないくらいの強烈な圧が放たれていた。

 本気のヤスツナだ。見るのは久しぶりだ。

 そんなヤスツナに触発されるように私も精神を研ぎ澄ませ、剣を抜いて構える。

 

「二人とも、来ますよ!」


 またしても何の前触れも無く私達の背後にニンフが現れてそう叫ぶ。

 そして次の瞬間、木々をなぎ倒す轟音と共にキメラがその姿を現した。


「グルガァァァァアアアアアアアアアア!!!!」


 キメラはニンフを追いかけて来た勢いそのままに私達、いえ、正確に言うなら私達の背後にいるニンフ目掛けて突進して来る。

 あれを正面から受け止めたら一溜ひとたまりもない。

 

「ヤスツナ!」

「はっ!」


 私とヤスツナは真っ直ぐ突進して来るキメラの左右を狙って踏み込んだ。

 私は右に、ヤスツナは左に動く。

 私とヤスツナの間を、凄まじい速度でキメラが駆け抜ける。

 キメラが切り裂いた空気の風圧で身体が吹き飛ばされそうになるのを何とか堪え、キメラの横っ腹に向かって剣を振り抜く。


 シュッ――。


 「くッ、浅い……!」

 

 空気の風圧に押された所為で、思ったよりもキメラとの距離が空いてしまったようだ。

 なんとか剣はキメラに届いたものの、体の表面の部分を少し斬ったくらいで、大したダメージにもなっていない。


 私はすぐにキメラとの距離を取って体勢を立て直す。

 離れていたヤスツナも私と近い場所に着地して刀を構える。


「そっちはどう?」

「手応えはありましたが、浅いですな。少し風に押されてしまいましたので」

「私も同じよ」


 キメラの様子を見れば、ヤスツナの方が私よりも深手を負わしているようだ。

 しかしそれはあまりにも誤差の範囲で、結局のところはかすり傷程度でしかない。

 実際にキメラは斬られた事を意にも介していない様子で、姿を消したニンフを探すのに必死になっている。

 ニンフが姿を現さないところを見ると、隙を窺っての様子見をしているのだろう。


「私達のことが全く目に入っていないようね」

「そのようですな。……こうもハッキリ無視されると、少しばかり腹にきますじゃ」

 

 刀を握るヤスツナの手に一瞬力が入ったのを、私は見逃さなかった。

 まあ、ヤスツナの気持ちも分かる。

 作戦では私達が前衛となって頑張るはずなのに、キメラはニンフの事しか目に入っていない。

 これじゃあまともに戦う事も出来ない。


「……仕方ないか。ヤスツナ、こっちから仕掛けるわよ!」

「承知しましたぞ!」


 私は足を開いて両手で剣を持ち、剣先をキメラに向けて構える。

 それと同時にヤスツナも動いて、キメラとの距離を詰める。


「あなたが戦うべき相手は誰なのか、教えてあげるわ!」


 私は魔力を練り上げて、剣先に魔法陣を構築する。

 剣先でしっかりと照準をキメラに合わせ、魔法を発動させた。


「さあ、しっかりとこっちを向きなさい! 『マジックアロー』!」


 魔法を発動させると、魔法陣から五本の光の矢が飛び出した。

 光の矢はキメラに向かうヤスツナを軽く追い越し、キメラの背後を強襲する。


 ズドドドドドッ!!!!!


「グガァアア!?!?」


 五本の光の矢は、無防備だった背中とお尻に全て突き刺さる。

 ニンフ探しに必死になっていたキメラも流石にこの攻撃には反応したようで、私の方へ振り返る。


「そこじゃ!」


 しかし振り返った瞬間、それは丁度ヤスツナが攻撃を仕掛けるタイミングだった。

 ヤスツナの刀がキメラの顔面目掛けて抜刀される。


 ズシャッ!


 あまりにも早いヤスツナの剣速にキメラは反応する事すら出来ず、ヤスツナの刀はキメラの左目を切り裂いた。


「グギャアアアアアアアア!!」


 叫び声をあげたキメラは、その場でのた打ち回って見境なく暴れ始める。

 ヤスツナの攻撃は見事で追撃することも考えたけど、のた打ち回って暴れているキメラに下手に近付くのはかえって危険そうだ。

 ヤスツナも同じ考えに至ったようで、追撃する事を諦めて私の所に戻って来た。


「流石ねヤスツナ!」

「本当は仕留めるまでいきたかったのですが、物事上手くいかぬものですな」

「片目を潰せただけでも上等よ!」

「二人ともお見事です!」


 姿を消して様子を窺っていたニンフが再び姿を現す。

 どうやら出て来ても大丈夫だと判断したようだ。

 丁度ニンフに頼みたいことがあったのでナイスタイミングだ。


「それよりもニンフ、この広場を囲う様に結界を張れるかしら?」

「ええ張れますが、一体どうするおつもりですか?」

「あのキメラを逃がさないようにしたいの。キメラの行動原理は『本能』よ。もし今の攻撃で私達に敵わないと本能で悟ったら、逃げてしまうかもしれない。そうなったら討伐するのが格段に難しくなってしまうわ!」


 本能は全ての動物が生まれながらに持っている行動性質だ。

 普通の生き物であれば本能以外にも経験や学習から得た情報を基にして行動を起こすのだけど、キメラはそれが本能以外存在していないのだ。

 そしてこれがとても厄介だ。

 本能とは経験や学習といった知識を介さない行動性質で、簡単に言ってしまえば直感だ。

 つまりキメラは全てを直感で行動していることになる。

 

 今さっきの私とヤスツナの攻撃で、キメラの本能は私達を『危険な物』として意識したはずだ。

 そしてもし、私達が近くにいる事で生存本能が警鐘を鳴らせば、キメラは私達と争うのを避けて逃げ出すはずだ。

 もちろん、逆に危険を排除しようと行動するかもしれないが、そこまでは分からない。

 しかしどちらにしても、今はキメラが起き上がって体勢を立て直す前に、逃げられない様にしてしまうのが先決だ。


 ニンフは少し戸惑いながらも、私の言った通りに結界を展開してくれた。


「『両遮断の結界』を張りました。これで中からも外からも、誰もこの結界を超えることは出来ません」

「ありがとう」


 ニンフが結界を展開した直後、キメラが体勢を立て直して立ち上がった。

 そしてようやく結界の存在に気付いたようで、結界に体当たりをし始める。

 どうやら私の読み通り、キメラの本能は逃げ出すことを選んだようだ。

 だけど、それはもう遅過ぎた。

 ニンフの結界は頑丈で、キメラの体当たりにビクともしていない。

 もはや、ここから逃げる事は叶わないのだ。


「無駄よ。もうあなたは逃げられない。可哀そうだけど、せめて私の手で、殺してあげる……」

 

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