17.邂逅遭遇3

 一目見て分かった。それは、間違いなく幻獣だと。


 山羊のような胴体に虎の頭、口には刀のように切れ味の良さそうな長い牙が生え、頭からは前方に向かって鋭く曲がった凶悪な角が飛び出している。

 そして足元を見ると、蹄の先からはわしの鉤爪のような鋭い爪が生えていた。その形状からして、発見された足跡と同一なのは疑いようがない。

 複数の動物が掛け合わされたようなその奇妙な姿に、とある幻獣の名前が私の頭に浮かび上がる。

 

「間違いない……こいつは“キメラ”よ!」


 “キメラ”。それは複数の異なる動物を掛け合わせたような姿をした幻獣の総称だ。

 その掛け合わせは多岐にわたり、ひとつとして同じ掛け合わせをしたキメラはいないと言われている程だ。

 しかしそんなキメラにはたった一つだけ、共通している特徴がある。

 それは――。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「ッ!? みんな避けて!」


 私が叫んだ直後、キメラは頭を傾けて鋭い角を私達に向けながら、凄まじい速度で突進して来る。

 私達はギリギリの所で左右に避け、キメラの突進を躱すことが出来た。

 直後、私達がつい一瞬前までいた場所にあった荷馬車が凄まじい音と共に粉々に砕け、無数の破片となって飛び散る。

 しかし荷馬車を破壊しても、キメラの突進の勢いは止まらない。

 荷馬車を破壊した勢いそのままに、荷台に繋いだ馬をキメラの鋭い角が串刺しにする。

 馬は逃げる事も出来ず、悲鳴を上げる暇も無く絶命した。


(あ、危なかった……! あと一瞬でも叫ぶのが遅れていたら、みんなあれ突進に巻き込まれるところだった!)


 そう、たった一つ、どんなキメラにも共通する特徴。それは、異常なまでの『凶暴性』だ。

 過去にキメラは何体も確認されているが、残されている記録は全てキメラによってもたらされた尋常ではない量の被害の記録ばかりだ。

 その中には、キメラ一匹が町1つを焦土に変えたというものまである。

 この事から数いる幻獣の中でもキメラは、最優先討伐対象の『危険度AAAトリプルA』ランクに指定されている。

 

「カリス様!」

「分かってる!」


 言われなくても、今は「逃げる」という選択肢しかない。

 幻獣の正体が最優先討伐対象のキメラだと分かっても、その強さは未だ未知数だ。

 更に今日は調査に来ただけだったので、何の準備もできていない。

 今キメラと対峙するのはあまりにも危険すぎる。


 丁度キメラは今、串刺しにして殺した馬を角から外し、馬を食べる事に夢中になっている。

 私達はキメラを刺激しない様に注意しながら慎重に合流した。


「いい? 私達はあれと対峙する為の準備を何もしていないわ。幸いにも今、キメラは馬の死体に夢中よ。逃げるなら今しかないわ!」

「し、しかしカリス様。逃げると言っても街に続く道は今、キメラに塞がれたような格好です! あれのすぐ横を通り抜けるなんて自殺行為もいいとこですよ!?」


 アモンの言う通り、街へと続く道は荷馬車を置いていた近くにあった。

 街へと続く道を通る為には、キメラのすぐ横を通り抜けないといけない。

 いくら食べる事に夢中になっていると言っても、すぐ傍を通ればさすがに気付かれる。


「勿論分かっているわ。だから別の方向に逃げるのよ」


 そう言って私は、キメラがいる方向と逆の方向を指差す。

 それは丁度、私達がここに来た方向だ。


「あっちは私達が来た方向、つまり、あのキメラが破壊した跡地のある方向よ」

「なるほど、元いた場所まで戻るということですな?」


 私は頷いて肯定する。


「あの場所まで戻れれば、帰りの見当が付けられるわ。幸いにもまだ日は完全に暮れていないし、ここまで来た私達の足跡も残ってる。動くなら今しかないわ!」

「……確かにそれなら。それにあの場所まで戻れれば道は分かりますので、街まで帰ることは出来ます!」


 アモンがそう言い切れるなら決定だ。


「よし、そうと決まれば急ぐわよ。いい? キメラに気付かれないよう、慎重にね……」

 

 私達はお互いに頷いて移動を開始した。

 慎重に、音を立てずに、そして迅速に――。

 


 

 ――そして約一時間後。

 私達はキメラに気付かれることなく、無事にキメラが破壊した跡地まで戻って来ることが出来た。

 日は完全に落ち、雲の隙間から漏れる月明りが破壊の跡地をほのかに照らす。

 本当ならこのまま街まで戻りたかったけど、雲が多くて月明かりが少ないということで、アモンの判断で街に戻るのは夜が明けてからにすることになった。

 幸いにもここは見透しが広いので、万が一にもキメラが現れても十分な対処ができるだろう。

 

 とりあえず私達はここで一晩野営する準備をすることにした。

 まずは灯りだ。幸いにも木材はそこら中に転がっていたので、ヤスツナが倒木を切って薪にして焚火を作ってくれた。

 そしてシアとアモンは食料を見つけに行く。調査だけの予定だったから当然携帯食なんて物も持ち合わせていないので、周囲に気を付けながら探索して食べられる野草や山菜、果物を確保して来てくれた。

 そして私は……働いているみんなの様子をただ眺めていた……。

 いや、別にさぼっているわけじゃない。私は焚火が消えない様に見張るという役目がある。

 ……本当は私も何かしようとしたけど、「カリス様は何もしなくていいですよ」とみんなに断られてしまった。

 だから仕方ないので、シシリーと一緒に焚火の見張りをしながらみんなの様子を眺めているのだ。

 

 まあ、みんなが断った理由は分かる。私がこの国の王女だからだ。

 時々自分でも忘れてしまうけど、私は王女で王族で、立場のある人間だ。

 幻獣の調査は私が主体だから私自身が動く必要があるけど、薪集めや食料調達などの雑用は常識的にみて王族のする事ではない。

 私と違ってみんなはその辺りの分別はしっかりしているので、私に雑用なんか決してさせないだろう。

 かと言って、ここで私がそれに対して文句を言うのもおかしな話なので、私は素直に「何もしていない」のだ。


「……カリスって、本当に偉い立場の人間なのね」

 

 一連の流れを見ていたシシリーが私の肩に座りながらそんな感想を漏らす。


「時々、自分でもそのこと忘れるけどね」

「偉い立場としてそれはどうなの……?」


 シシリーに呆れた様な顔で突っ込まれてしまった。

 ……正論なので何も言い返せない。

 仕方ないので話題を変えることにした。


「そういえば、ずっと気になってたことがあるんだけど?」

「ん、何かしら?」

「この森には、のかしら?」

「えっ? ううん、この森にいる妖精は私だけよ」

「そうなの?」


 シシリーの顔を見ても、嘘をついている様子はない。

 どういうことだろう……?


「どうしてカリスは私以外にも妖精がいると思ったの?」

「だってシシリーが言ってたじゃない。『森で暴れてるやつはとっても危険だから近付かれたらすぐに逃げろと言われた』とか『妖精が人間達からどんな扱いを受けるか分からないから危険だって強く釘を刺された』とか。それってつまり、シシリーにそういった注意を言えるがこの森にいるってことじゃないの?」


 最初はシシリーの友達、つまり森の動物達から言われたのかとも思った。

 でも話を聞いていると、森の外を見て来た友達を羨ましがっているのに、シシリーは注意に素直に従って森の外には出なかった。

 それはつまり、シシリーに注意を促した存在は、友達以上の関係ではないかと推測できる。

 だから少なくとも、その“誰か”はシシリーと同じ妖精なのではないかと思ったのだけど……違ったようだ。

 とりあえず私は、自分の推測をシシリーに話してみることにした。

 

「――なるほど、そういうことね。さっきも言ったけど、この森には私以外に妖精はいないわ。……でも、カリスの推測通り、森の外に行こうとした私を注意して止めてくれた人は確かにいるわよ」

「ほ、本当!? それは一体誰なの……?」

「それはね――」

「何やら楽しそうな話題をしていますね。私も混ぜてもらってもよろしいかしら?」

「「――ッ!!??」」


 突然何の前触れも無く、背後から聞き入覚えのない声が投げかけられた。

 

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