15.邂逅遭遇1
「何をしているか、だったわね。見ての通りよ」
私はそう言って振り上げたままだった剣を振り下ろし、檻の鍵を破壊して動物を逃がしてあげる。
「あなた達が捕まえた動物を逃がしてあげてるの」
「……女の癖にいい度胸じゃねえか、ぶっ殺す!」
「俺達に喧嘩売ってタダで済むと思うなよゴルァ!」
男達は私の挑発にいとも簡単に乗り、怒りを爆発させる。
とても単純な男達だ。
「ヤスツナ!」
「お任せくださいカリス様」
男達は頭に血が昇って顔を真っ赤にして激昂している。
一方のヤスツナはそれとは対照的に冷静で、表情の一つも崩すことなく
「儂が相手じゃ、掛かってくるがいい。何だったら二人同時でも構わんぞ?」
「ジジイのくせに舐めやがって!」
「てめえから先に殺されてぇのかゴルァ!」
ヤスツナの態度が男達の怒りに更に油を注いだようで、男達はヤスツナに狙いを定めて
(速いわね)
男達の繰り出した斬撃はガッチリした体格に見合う程には速く、重たい一撃だということは剣筋から簡単に読み取れた。
(――でも、ヤスツナはそれより速い!)
――シュッ!
男達の斬撃がヤスツナに襲い掛かるその刹那、ヤスツナは足を一歩踏み込んで抜刀する。
鞘から放たれた刀は、まるで紙を切るみたいに男達の剣を一振りでスパッと切り落とす。
更にヤスツナは踏み込んだ勢いそのままに、男達の間を水が流れる様な動きですり抜けて背後に回る。
そして刀の峰で男達の首をトンッと叩いた。
此の間僅か
「あ――?」
「ゴルァ――?」
ヤスツナの動きを捉えることが出来なかった男達は何が起こったか分からないまま空気が抜けるような声を漏らし、次の瞬間には力が抜けた様にその場に
「ふむ、威勢の割には大したことない連中じゃ」
倒れた男達を見下ろしながら、ヤスツナは面白くなさそうにそう呟いた。
……大方、万が一にでも張り合いがあればよかったと思っていたのだろう。
ヤスツナが慢心するとは思えないけど、護衛の本分を忘れているんじゃないかしら……?
……まあだけど、そもそもの前提としてヤスツナと張り合える存在が稀有なのだ。
むしろそれを体現している余裕っぷりが、ヤスツナらしいといえばらしい。
「えっ、なに、何が起きたの!? ヤスツナが消えたと思ったら、あいつら倒れて動かなくなっちゃったわよ!?」
シシリーが私の耳元で驚きの声を上げる。
ヤスツナの動きを目で追えなかったシシリーからすれば、たった一瞬でヤスツナが移動したと同時に男達がいきなり倒れたのだから驚くのも無理はない。
「ヤスツナが倒してくれたからもう安心よ」
私の言葉を聞いて、シシリーは倒れた男達に近付き様子を窺う。
「……死んだの?」
「死んではおらん。峰打ちで気絶させただけじゃ」
「こんな奴ら殺してもいいと思うんだけどな~」
捕まえられた恨みからか、シシリーは残念そうにそんなことを言う。
「そういう訳にはいかないわ。こいつらからは色々情報を聞き出す必要があるの」
「それも『立場』ってやつがあるから?」
「うーん……少し違うけど、まあそんなところね」
密猟は犯罪だ。犯罪ということは、当然その罪を裁かなくてはならない。
そして罪を裁くのは、その場所の領主の役目であり仕事のひとつだ。
つまり今回の場合、この密猟者の処遇についての決定権は私ではなくアンデルソン子爵が所有していることになる。
いくら王女と言えど、私が勝手に手を下してアンデルソン子爵の役目を奪うわけにはいかない。
それにさっきも言ったように、私個人的にもこいつらからは色々と聞き出したいことがあった。
ヤスツナも私の意思を察してくれて、わざわざ峰打ちにしてくれたのだから。
「ふ~ん……人間って色々面倒くさいのね」
シシリーは相変わらず分かったような分かっていないような表情で腕を組みながらそんな感想を漏らす。
「それよりもさっさとこいつらを拘束しましょう。起きてまた暴れられるのも面倒だからね」
丁度馬車の荷台に被せられていた布を固定していた紐があったので、それを利用して密猟者達を拘束する。……ヤスツナが。
背中合わせで拘束して両手両足も縛ったので、例え起きても暴れる事も逃げる事も出来ないだろう。
ガサガサ――。
「おっ、いた!」
「やっと追い付きました……」
丁度密猟者達を拘束し終えたタイミングで、シア達が茂みを掻き分け現れた。
「勝手に行かれては困りますよカリス様……。俺にも立場ってものがあるんですから、カリス様に何かあったら子爵にも迷惑が……」
アモンはそこでようやく状況に気が付いたようで、途中で言葉を止めて私達と馬車、そしてシシリーに目を向ける。
「……これは一体、どういう状況ですか?」
私はアモンとシアにこれまでの経緯を話した。
「成る程。それで、そこに縛られているのがその密猟者という訳ですか……」
アモンは気を失っている密猟者に近付き、明らかな嫌悪の表情で見下した。
「……密猟にまでに手を染めるとは、堕ちるところまで堕ちたものだな」
アモンの言い方は、まるでこいつらを知っているかのような口ぶりだった。
「まさかこいつらを知っているの?」
「ええ、残念ながら……。こいつらは昔ウチのギルドにいた冒険者です。と言っても、あまりにも素行が悪過ぎて冒険者の資格を剥奪してやったので、“元”冒険者ですが……」
「素行が悪くて……」
まあ、それは何となく、会った時の態度を見れば分かる気がする。
「でもそんなことで冒険者資格って剥奪されるものなの?」
「普通なら、まずあり得ません。ですがこいつらは、それをした方が良いと判断できるほどに素行が悪かったのです」
思い出すのも嫌なのか、アモンは見たことが無いくらい眉を
……この話題はこれ以上広げない方が、精神衛生的に良さそうだ。
「と、とにかく、こいつらの処遇はアンデルソン子爵に任せる事にして、まずは森を出ましょう!」
空を見ればかなり日が傾いていて、水色だった空が橙色に染まり始めていた。
「その方が良さそうですな」
「ですが、カリス様が勝手に走ったおかげで、ここが何処か全くわからなくなりました」
「うっ……」
シアに直球で責められてしまった。
勝手に置いて行ったことをやっぱり怒っているようだ……。
でもこればっかりは私が悪いので何も言い返せない……。
「安心してください。ここはおそらく数年前に閉鎖された植林場の跡地です。確かその辺りに街まで戻る道があるはずです」
アモンの指差す周辺を調べると、茂みに半分ほど隠されていたが、確かに荷馬車が一台分通れる程の道があった。
「この道は今は使われていませんが一度は整備された道なので、森の中を歩くよりも歩きやすいでしょう。それに道は一本道になっているはずなので、多少暗くなっても街には簡単に帰れるはずです」
「なるほど、それなら安心ね!」
安全に帰れることが分かったので、とりあえずは一安心だ。
そうとなれば、後は帰り支度をするだけだ。
歩いて街に戻ってもいいのだけど、折角だから私達は密猟者の荷馬車を使って帰ることにした。
拘束した密猟者を荷台に転がし、木に繋ぎ留められていた馬を荷台に繋ぐ。
「カリス様、準備出来ました」
「分かったわ。……シシリー、ありがとうね」
「どうしてカリスがお礼を言うの? お礼を言うのは助けられた私の方よ」
「そうかもしれないけど、シシリーの情報のおかげで私も助かったのよ。だから私もお礼を言いたかったの」
シシリーがこの森で暴れている幻獣がいる事を証言してくれたおかげで、私が今後動きやすくなったのは事実だ。
これだけでもお礼を言う価値は十分にあるというものだ。
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