13.調査3
私は森の中を全速力で駆ける。
木々の隙間をすり抜け、しかし速度を落とさないように集中して足を動かす。
まだ僅かに感じ取れる謎の声との繋がりに向かって、最短距離を最速で走破していく。
風を切り裂く音が置き去りにされていく感覚が耳から伝わる。
かつてこれほどまでに集中して走った事があっただろうか。
「ん?」
謎の声との繋がりの感覚がすぐ近くまで迫った時、木々が生い茂っていた森を突然抜け出て、木々が生えていない広場に辿り着いた。
一目見ただけで広場は綺麗に切り拓かれていてるのが分かる。
これは明らかに人の手が入っている証拠だ。
「どうして森の中にこんな広場が……?」
「――カリス様、護衛を置いて勝手に行くのは困りますじゃ!」
広場で立ち止まっていた私にようやく追いついたヤスツナが、追いついて早々文句を言ってきた。
「ごめんなさいヤスツナ。どうしても急がないといけなかったの……」
「まあ、カリス様は考え無しに無闇な行動を取る方でないのは理解していますじゃ。ですが、せめて理由くらいは伝えてから動いてほしかったですな……」
「……本当にごめんなさい」
確かにヤスツナの言う通りだ。
急がないとという焦りがあったのもあるが、どうやら私はかなり冷静さを失っていたようだ。
ヤスツナに余計な心配をかけてしまったことを反省する。
「……そういえば、シアとアモンはどうしたの?」
ヤスツナは私と同じ速度で少し離れた後ろを付いて来ていたのは気配で気付いていたけど、シアとアモンの気配は全く感じることが出来なかった。
やってきた方向を目を凝らして見てみるが、二人の姿が現れる様子はない。
「それなのですが、カリス様の移動速度にシアが全く付いて来られませんでしたので、今はアモンが付き添ってカリス様と儂の足跡を辿ってこちらに向かっているはずですじゃ」
「あ~……シアには悪い事をしたわね……」
私は急いでいたこともあって、かつてない移動速度で森を駆けていた。それは山慣れしているヤスツナと同等の異常な速度だった。
そんな速度に山慣れしていないシアが付いて来られる訳がない。
これは後でぶつぶつ小言を言われるくらいは覚悟しないといけないかもね……。
「それでカリス様、一体何を急いでいたのですかな? 確か『声』がどうのと言っていましたが?」
「それなんだけどね――」
私はヤスツナに『助けを呼ぶ声』が聞こえて、その声との繋がりを頼りにここまで来たことを伝えた。
「――なるほど。大体の事情は理解しました。それで、この場所にその声の主がいるのですかな?」
「そのはずよ」
私は目を閉じて集中する。
もうほとんど
目を開けて繋がりを感じた方向に視線を向けると、そこには広場の端にぽつんと置かれた一台の荷馬車があった。
「……どうやら、あの荷馬車の中にいるみたい」
荷馬車の荷台は大きな布が被せられていて、中を窺うことは出来ない。
しかし荷車を牽引する馬が木に繋ぎ止められていることから、誰かがここにいる事は間違いない。……だけど近くにそれらしい気配は感じられない。
ヤスツナに確認しても同じだったので、おそらく何かの理由で今は遠くに離れているのだろう。
……何にしても好都合だ。
私とヤスツナは荷馬車に近づいて荷台に被せられている布を固定している紐を
「こ、これは……!?」
荷台には小さな檻がいくつも積まれていて、檻の中にはこの森に生息している小動物達が捕らわれていた。
山兎に野ネズミ、ヤマネコや子供の狼、蛇や蛙など種類は様々だ。
「こんなに沢山、一体どうするつもりなのかしら……? もしかして動物園の研究所に連れて行くとか?」
「しかしカリス様、確かこの森は幻獣がいて危険ということで、現在はアンデルソン子爵の許可なく立ち入ることが禁止されているはずではなかったですかな?」
ヤスツナの言う通りだ。
未だに未確認だけど幻獣の存在が無視できない以上、安全のためこの森に立ち入るにはアンデルソン子爵の許可が必要だと、アンデルソン子爵本人から聞いている。
そして基本的にアンデルソン子爵は安全面を優先して、誰に対してもすんなりと許可を与えない様にしているらしい。
調査が思うように進んでいないのもこれが原因だった。
「そのはずよ。そして今は誰にも許可を出していないと言っていたわ……」
「となると、これをした者はおそらく……」
「多分、そうじゃないかしら……」
アンデルソン子爵が嘘を言っている様子は無かった。というより、アンデルソン子爵は王家からの支援を受けようとしているので、私に隠し事をするメリットは無い。
となれば、これをした者が何者なのか、自ずと答えが見えてくる。
私もヤスツナも、最も可能性の高いその一つの答えに辿り着いていた。
「「密猟者」」
密猟者。それは不正に動物を捕獲し売り飛ばして利益を得る者達の事だ。
当然その行為は犯罪で、許されるものではない。
もし本当にこれをしたのが密猟者だった場合、その者を犯罪者として捕縛して相応の処罰を下さないといけない。
だけどそれは後回しだ。今はそれよりもやらないといけないことがある。
私をここまで導いた“声の主”を探すことだ!
声の主との繋がりはもうほとんど無いくらい弱くなってしまい、この荷台の何処かにいるという程度にしか分からない。
私とヤスツナは荷台にある檻を一つ一つ確かめながら声の主を探す。
会話をした時の受け答えの感じから、声の主は相当な知能を持っているのは間違いない。
少なくともハウと同レベルか、それ以上だと思う。
しかしそうなると、ここには小動物を入れるサイズの檻しかない。
つまり声の主も小動物程度の大きさとなるわけだけど……一体どんな姿をしているのだろう? いずれにしても、普通の動物ではないのは確かだ。
しかし檻に入っているのは普通の動物ばかりで、特別な生物は見つからない。
「カリス様!」
ヤスツナが私を呼ぶ声に振り返る。
「見つけたの!?」
「確証はありません。ですが怪しいのはこれかと」
そう言ってヤスツナが指差した先には、一つだけ布で覆い隠された檻があった。
「他の檻は全て普通の動物ばかりで、特別な生物はおりませんでした。……残るは、これのみですじゃ」
……確かに怪しい。
私が確認した方も特別な生物はいなかった。
となるとヤスツナの言う通り、残りはこれしかない。
「この中に、私を呼んだ声の主が……」
私はゆっくりと手を伸ばし、覆い隠している布を掴んで
そこには、“人”がいた。……いや正確に言うなら、人型をした生物がいたというのが正しい。
身長は私の顔程度の大きさしかないけど、顔も胴体も手足も人間のそれと全く同じ形をしている。
美白できめ細かく滑らかな肌に、キラキラと輝く美しい金色短髪の髪。
これだけなら精巧に作られた人形と勘違いしたかもしれない。しかし僅かに寝息を立てていることから人形ではないと分かる。
そしてもう一つ、この生物には無視できない大きな特徴があった。
それは背中から生えている、透き通るほどに透明な二枚一対の羽だ。
私はこれらの特徴から、この生物の正体を正確に導き出した。
「……初めて見るけど間違いない。これは“妖精”よ!」
妖精。人形のように小さい人型の幻獣で、背中の羽で自由に空中を飛翔することが出来る生物だ。
幻獣の中でも生態系に大きな害を
そういったことから妖精と出会えること自体運が良く、妖精と出会った者の逸話が残っていたりして、「妖精は幸運をもたらす存在」として言い伝えられたりしている。
「これが、噂に聞く妖精ですか。儂も長年生きて来ましたが、見るの初めてですじゃ」
私よりも長く生きて世界を旅したことのあるヤスツナが初めて見ると言っているくらいだ。
妖精が如何に珍しいかが窺い知れる。
「しかし寝ているのでしょうか、起きる気配がありませんな……」
「もしかしたら『魔力切れ』を起こしているのかもしれないわ」
会話の最後の方で思念を飛ばす魔力がどうのこうのと言っていたのを思い出す。
もし本当に魔力切れを起こしているなら、魔力が回復するまで起きないだろう。
「とりあえず、私の魔力を分けてみるわ」
私は妖精を檻から取り出して両手で持ち、両手の先から妖精に向かって魔力を流すイメージを構築して妖精に魔力を分け与えた。
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