12.調査2
アモンに案内され、私達は森に足を踏み入れた。
森と一言で言っても私達が今歩いている場所は山と森が重なり合ったような場所で、至る所に斜面があって木々同士の密度も濃く、天然のアスレチックの様で非常に移動しづらい。
そんな中をアモンとヤスツナは何事も無いかのように、すいすいと進んでいく。
私とシアは歩き辛い足場に何度も足をすくわれそうになっているというのに、二人はまるで平地を歩いているかの様だ。
しかし二人とも護衛と案内という役割があったので私を置いて行くことが出来ず、少し先に進んでは安全を確認してから私が辿り着くのを待ってを繰り返してくれている。
……正直、私とシアが完全に足手まといの様相を呈していた。
あまりにも移動速度に違いがあるので、何かコツがないか聞いてみると――。
「この辺りの森は昔から入り浸っていたので、俺にとっては庭のようなものなので」
「若い頃は山に籠って修行に明け暮れておりましたので、慣れているだけですじゃ」
という答えが返ってきた。
……まあ結局は経験ということのようで、習うより慣れるしかないようだ。
とりあえず今すぐ参考になるものではなかったので、私とシアは足手まといにならない様に二人の後を必死に付いて行くしかなかった……。
そして約2時間ほど森を歩いたところで、ようやく目的の場所に到着した。
「ここが直近で幻獣のものと思われる痕跡が発見された場所になります」
そこにあったのは、無残な破壊の跡だった。一目見ただけで明らかに異常だと分かる。
周囲数十メートルの範囲の木々は全てなぎ倒され、地面にはいくつもの大きな穴が開き、まるで超大型の嵐がこの一帯を集中的に襲ったかのようだ。
しかしこの破壊の原因が自然現象でないことは、少し調べたらすぐに分かった。
強風などで木が倒れれば、根こそぎ倒れるか脆い部分から千切れて倒れるかしかない。
だけどここに倒れている木々の殆どが鋭い何かで切り裂かれて倒れていたのだ。
それだけではない。もし強風で倒れたならある程度規則性を持って同じ方向に向かって倒れるが、ここで倒れている木々は全てバラバラな方向を向いていてどこにも規則性を感じられなかった。
「これは……明らかに不自然ね」
「御覧の通り、ここで“何か”が暴れたのは確実です。そしてこれをご覧下さい」
アモンは鋭い何かで切り裂かれて倒れた木の切り口を指差す。
それは見事なまでの綺麗な切り口だった。
「この切り口ですが、非常に綺麗でささくれが一つもありません。これは明らかに鋭い刃物を使い、一太刀で切り裂いた証拠です」
「確かにそうね。でもそうなると……」
「ええ、お察しの通りです。この太い幹を一太刀で切り裂くなど、いくら刃物が鋭くても相当な力が無ければ不可能です。そしてこの森には力はあってもそんな鋭い刃物のような武器を持つ動物は生息していません」
それはつまり、この森に生息している動物以外の“何か”がこの破壊をおこなったことは確実という訳だ。
「……因みにだけどヤスツナ。あなたはこんな風に木を切れる?」
私の問いにヤスツナは少し考え、倒れている木の幹の太さを調べる。
そして目にも留まらぬ一瞬の動作で刀を下から上に向かって抜刀し、倒れていた木を更に真っ二つにして見せた。
「……できなくはありませんな。しかし、こう太い木を何本も何本も切ったなら、刀の方が先に刃こぼれしてしまいますじゃ」
ヤスツナは刀と木の切り口の状態を見てそう答える。
私は切れるかどうかを質問しただけなのに、実際に切ってみせるとは思わなかった……。
ヤスツナの予想外の行動に、アモンも口を開けて驚いていた。
「さ、流石ヤスツナ殿。『剣聖』と称されるに疑いようの無い実力と妙技……感服しました! 是非うちの冒険者たちにご指導願いたいくらいです!」
「ほっほ。面白い申し出じゃが、儂はこれでも王国騎士団の指南役。儂の指南を受けさせたければ、まずは王国騎士団に入団させることじゃな」
「残念だけど、今王国騎士団は新人募集をしていないわ。そしてこれからする予定もしばらくは無さそうよ」
「おや、それは残念ですな。冒険者上がりともなれば基礎はしっかりしてそうですから、たたき……いえ、鍛え甲斐がありそうだなとちょっと楽しみじゃったのですが……」
「では、もし募集を再開したら冒険者ギルドを通して俺にお知らせ頂きたいです。何人か鍛え甲斐のある奴を見繕って送りますので!」
「ほっほ。それは楽しみですな!」
などとそんなやり取りをしながら、私達は更に調査を続けた。
倒れている木々の中には輪切りにされたり、何かで貫いたような大きな穴が開いている物まである。
しかし大体は集めた情報にあった通りで、特に新しい発見は無かった。
別に集めた情報を疑っていたわけではないけど、何か見落としや新しい発見に繋がる物が無いかと期待していただけに少し残念だ……。
しかしそれでも、一番見たかった実物を見ることが出来たのは良かった。
「これが、例の足跡ね?」
「はい、そうです」
そう、幻獣のものと思われる足跡だ。
蹄と聞いて最初は馬のような半円のような形を想像していたけど、実物はそれとは違い、どちらかと言えば山羊や羊のものに近い二股のような形をしていた。
そしてその蹄の先端から少し離れるように、鋭い爪の様な2つの細い筋が確認できた。
蹄に鋭い爪という組み合わせは普通ならありえない。だから複数の動物の足跡が重なった可能性も考慮していたけど、この場所で確認できた足跡は全て同じ形をしていてその可能性は無くなった。
つまり、この普通ではありえない形をした足跡は、間違いなく一匹の生物のものということだ。
「これは確かに、普通の生物のものではないわね。幻獣がいる可能性を強く示す証拠としては十分ね」
「やはりそうですか。それで、これは一体どういう幻獣なのでしょうか?」
「残念だけどアモン、これは私でも分からないわ。なにせこんな奇妙な足跡は私の愛読している『幻獣図鑑』にも、今まで報告されたどの幻獣のものとも一致しないのよ」
「つまり、全く未知の相手……ということですか?」
私は頷いてアモンの言葉を肯定する。
「正直、ここを荒らした幻獣がどんな姿をしていて、どんな特徴があるのか皆目見当もつかないわ。対策をしようにも、少なくとも相手がどんな姿をしているだけでも知りたいわね……」
「ですがカリス様。未だに誰もその幻獣を目撃していないのですよね?」
「そうらしいわね」
「ええ、その通りです」
対策を練ろうにも、足跡だけじゃ相手がどんな特徴を持っているか想像するのも難しい。
しかし破壊の跡から察するに、ここを荒らした幻獣は相当の力を持っているのは間違いない。
となると、捕獲するにしても討伐するにしても、相当な戦力を用意する必要がある。
……しかしそれには一つ、絶対に無視できない問題がある。
それはいくら戦力を集めようと、木々が密集する森の中では動きが取りづらくなって数が意味をなさなくなることだ。
この問題を解決する為には必要最小限の人数で行動するしかないのだが、相手の事が足跡しか分かっていない現状でそれはあまりにも危険すぎる。
……まあつまり何が言いたいかというと、現状でこれ以上の動きを取るのが非常に困難ということだ。
「……はぁ、一体どうしたものかしら?」
「――カリス様、少しよろしいですかな?」
私が対策について頭を悩ませていると、少し離れて調査をしていたヤスツナが戻って来た。
「どうしたの?」
「この破壊の跡を見て少し違和感があって調べてきたのですが、何処を探しても『あれ』が見当たらないのですじゃ」
「『あれ』って?」
「ここを荒らした幻獣が争っていた『相手の痕跡』ですじゃ」
「えっ?」
「今までの情報から幻獣は動物達を襲っていたとのこと。ならば当然ここでも同じようなことがあったのではと考えたのですが、これだけ無残に破壊されているのも関わらず死体どころか血の一滴も見つからなかったのですじゃ。……これはあまりにも不自然だと思いませんかな?」
……確かに、ヤスツナの言う通りだ。言われて気付いたけど、どうして今までその考えに至らなかったのだろうか。
今まで集めた情報では、幻獣によって動物達が被害を受けているとの事だった。そしてそこでは何かが動物達と争った痕跡が残されていたという。
そうなると当然ここでも幻獣が暴れた原因、つまり『争った相手』がこの場に存在したということだ。
しかしヤスツナが言うには、これだけの破壊の痕跡が残っているのも関わらずそれらしい痕跡が何も見つからなかった。
これは……あまりにも不自然だ。
「アモン! 今まで調査して見つかった幻獣の痕跡で、死体や血痕が見つからなかったことはあった!?」
「は、はい?! ……い、いえ、申し訳ありません。そこまでは把握しておりません……。ですが報告によると、ここまで広範囲に破壊された痕跡が発見されたのはこれが初めてとの事でした」
これは、一体どういう事だろう……?
アモンの証言とこの場所の破壊の痕跡を照らし合わせて考えれば、幻獣はここで今までにない相当激しい暴れ方をしているはずだ。
だけど集めた情報から考えれば、幻獣は少なくともこの森にいる動物達を圧倒する強さを持っているとみて間違いない。ならばもし動物達を相手にしていたなら、ここまで広範囲に破壊の痕跡が残るだろうか?
普通に考えれば、答えは否だ。
だとすれば、ここまで広範囲に破壊の痕跡が広がったのは、争いが長期化した事が原因と考えるのが普通だ。
……それはつまり、幻獣が争った『相手』は、幻獣相手にそのような立ち回りが出来る存在ということになる。それも、幻獣を相手にして傷を一つも負うことなくだ。
その可能性を導き出した時、私は背筋に冷や汗が流れたようなゾワッとする感覚を味わった。
「……みんな、もう一度ここをよく調べましょう! なんでもいい、ここにいた生物の痕跡を探すのよ! どんな小さな痕跡も見逃さないで!」
私達はもう一度調査を開始した。
今度はもっと念入りに、どんな痕跡も見逃さない様に、全員が
……しかし1時間以上経過しても、結局それ以上の痕跡は発見できなかった。
「……おかしい。どうして何も出てこないの? 血の一滴どころか、幻獣以外の足跡も見つからないなんて!?」
血の一滴も見つからないのは、既にヤスツナが事前に調査をしていたからまだ分かる。でも、幻獣以外の足跡が見つからないのは流石におかし過ぎる!
ここに幻獣以外の“何か”がいた可能性は十分に高い。だったら常識的に考えて、その“何か”の足跡が残っているはずだ。
でも実際はそれを示す証拠が、足跡どころか何一つとして発見できなかった。
「一体、どういうことなの……!?」
「「「…………」」」
あまりにも不可解なことが多すぎて頭が混乱する。
それはみんなも同じようで、私が無意識に発した言葉に誰も言葉を返せなかった。
とりあえず私は一旦冷静になって状況を整理しようと、倒木に腰かけて手帳を取り出し、これまでに集めた情報を書き記していく。
するとアモンが
「カリス様、日が傾いてきました。これ以上ここに留まると日が暮れる前に街に戻るのが難しくなります。今日はこの辺りで引き揚げましょう」
アモンに言われて太陽を見れば、確かに傾いていて夕暮れが近づいていた。
ここに辿り着くまで2時間かかった事を考えれば、そろそろ戻らないと暗闇の中あの足場が悪い道を歩くことになる。それは私とシアにとってかなり危険だ。
それに森ではアモンの指示に従うという約束もある。……名残惜しいけど、ここは素直にアモンの指示に従おう。
「分かったわ。今日はここまでにして帰りましょう」
私は手帳を懐に仕舞い、帰ろうと立ち上がる。
〈…………けて……〉
その時、風の音に紛れてそんな声が聞こえた気がした。
「……誰か何か言った?」
そう言って三人を見るが、みんな一様に首を横に振る。
……気のせいだろうか? 小さな声みたいだったし、もしかしたら風が変な吹き方をして声の様に聞こえただけかもしれない。
そう思って歩き出そうとした瞬間――。
〈だれか、たす……けて……!〉
「!?」
私は慌てて周りを見渡す。風は吹いていない。
まだ少しハッキリとしなかったけど、それは間違いなく誰かの声だった。
「カリス様、どうなさいましたか?」
周りを見渡す私の行動を不思議に思ってシアが声を掛けてきた。
「今、声が聞こえたの!」
「声……ですか?」
「そうよ。ハッキリとした音じゃなかったけど、確かに『たすけて』って言ってたわ!」
シアとヤスツナとアモンの三人は顔を見合わせる。
だけどその表情は困惑を示していた。
「カリス様申し訳ありませんが、私達にそのような声は聞こえませんでしたよ?」
「えっ? でも確かに……」
どうなっているの?
シア達の表情を見ても嘘をついている様子はない。
……だったらさっきの声は、私にしか聞こえていないということなの?
(もしかして、幻聴……? 幻聴が聞こえてしまうくらい、頭が混乱して疲れてしまったのかしら……)
〈幻聴じゃないわ!〉
「うわっ!?」
突然さっきの声がハッキリと聞こえ、私はつい驚いて声を出してまった。
ハッキリ聞こえたから今度こそ分かる。少女の様な幼さのある声だ。シア達の声じゃない!
私はもう一度周りを見渡すが、声の主の姿は確認できない。
……だけどこの声の響き方、どこか覚えがある。
そうこれは、ハウが思念を飛ばしてきて、頭の中に直接声が響くあの感覚に似ている!
それに気付いた私は、咄嗟にハウとのやり取りと同じ要領で言葉を返す。
「あ、あなたは誰!?」
〈えっ、うそ、ホントに繋がった!? 一体誰!? ……まあ、この際誰でもいいわ。私の声が聞こえているあなた! お願い、私を助けて!〉
「助けると言ったって、あなたは何処にいるの?」
〈私と繋がったあなたなら、目を閉じて集中すれば私の居場所を感じ取ることが出来るはずよ!〉
私は困惑したままだけど、謎の声に言われるままに目を閉じる。
すると本当に謎の声の言う通り、遠くの方に何かの力の様な繋がりを感じることが出来た。
「……本当にあった」
〈それを頼りにすれば私の所に辿り着けるはずよ! お願い、時間が無いの……早く来て! 思念を飛ばす魔力も、もうあまりもたな――〉
「……どうしたの?」
〈――――〉
それを最後に、声が聞こえなくなった。
私はもう一度目を閉じて集中する。
……微かにだけど、謎の声との繋がりはまだ感じることが出来た。
「良かった……。まだ切れていない」
謎の声の正体は分からない。
でもあの声の感じからして、
そしてシア達の様子からして、あの声が聞こえているのは私だけのようだ。
「助けないと……!」
声の主の所に何があるか分からない。危険が待っているかもしれない。
だけど私には不思議と迷いは無かった。
声の主を助ける。私の本能と直感がそうしろと言っていた。
私は微かに感じる繋がりを頼りに走り出す。
「カ、カリス様!? 何処へ行くんですか!?」
「説明は後よ! とにかく今は私を信じて付いて来て!」
シア達は困惑しながらも、疾走する私の後ろを追いかけるように付いて来るのだった。
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