11.調査1

 視察2日目――。


 アンデルソン子爵領を脅かしている幻獣の対処をすることになった私は、まずは情報を集めることにした。

 アンデルソン子爵からはもちろん、動物達の治療を担当した獣医や動物園の飼育員、アンデルソン子爵の依頼で調査を担当した冒険者と研究者から話を聞き、集められるだけの情報を集めた。

 そこで分かったのは、誰も幻獣の姿を目撃していないということだった。

 何かが争った痕跡や見たことのない足跡、聞いたこともない遠吠え、どの動物の特徴にも一致しない傷跡等々、幻獣の存在を疑わせる情報はいくらでもあった。

 しかし、幻獣そのものを目撃した人は誰もいなかったのだ。

 つまり現状は、状況証拠だけで幻獣の存在を証明しているにすぎない。


「……誰も幻獣の姿を見ていないし、状況証拠だけじゃ相手がどんな幻獣かを特定するのも難しい……。正直、どう動くべきか悩むわね……」

「カリス様をもってしても、幻獣の特定はできなかったのですか?」


 シアにそう言われて、私は情報を書き纏めた手帳を取り出す。


「私も情報さえ集まればある程度特定できると思ったんだけど、どうにも情報同士の繋がりが足りないのよね……」


 昨日研究所で見た治療を受けている動物達の様子と集めた情報を照らし合わせてみても、どうにも情報同士の繋がりが少なく全体像が掴めない。

 というより情報を集めれば集めるほど、幻獣の全体像があやふやになている気がする。

 

 調査した人達からの情報だと、無残に食い散らかされた動物の死体がいくつもあって、争った痕跡から獰猛な生物の仕業だという話だった。

 しかし一方で、怪我をして治療を受けている動物達は角が折られていたり毛皮の一部が剝ぎ取られたりと、獰猛な生物に襲われたにしては何処か正確性がある傷の様にも見えた。

 たまたまうまく逃げ延びてその程度の怪我で済んだ可能性もあるが、私にはどうにも納得しきることが出来なかった。


「それに一番の問題は見つかった足跡ね。ひづめのような足跡に鋭い爪のような痕跡があるって話だったけど、これはどの動物にも幻獣にも合致しないのよ」

「つまり今回の幻獣は、カリス様が愛読している『幻獣図鑑』にも載っていないような幻獣だということですか?」

「もしくは偶々たまたま複数の動物の足跡が重なってそう見えたのか、それとも全く新種の幻獣か、一匹なのか複数なのかも分からない。……いずれにしても、足跡からの特定は今のところ不可能ね」

 

 情報を見直しても、やっぱり必要な情報が足りていない。

 幻獣の対処をすると言っても、ここまで全体像が掴めないとどう対処すればいいか判断を下すのが難しい。


「……やっぱり何をするにしても、もっと情報を集めないといけないわね」


 とりあえずもう一度アンデルソン子爵から詳しく話を聞くとして、実際に痕跡が発見された現場も見てみたいわね。

 見た人の話を聞くだけじゃなくて、実際に現場を目にすれば何か新しい発見が見つかるかもしれないし。

 

「……それはそうとカリス様。私達は何故このような所にいるのですか?」

「何故? ふふ、可笑しなことを聞くのねシア。可愛いものから癒しを得るのに理由なんて要らないでしょう?」


 私は膝の上に乗っている“山兎”を優しく撫でながらそう答える。

 私達が今いるのは動物園の中にある『ふれあい広場』という場所で、ここはその名前の通り可愛い小動物と直接触れ合うことが出来る広場だ。

 情報を集めた後、私は『幻獣共存計画』を進めるヒントを動物園から得られそうな気がして、動物園の事をじっくり観察する為に再び訪れた。

 そして偶然見つけたこのふれあい広場で、色々な考えを纏めるついでに休憩することにしたのだ。


「いえそういう事ではなく、癒しを得るなら私でも十分ではないでしょうか? 可愛さなら私も負けてはいませんし、カリス様のためでしたら私はどんな事をしてでも癒しを与えて見せますよ!」


 ……いつもの事だけど、何を言っているのだろうかこの子は?

 確かにシアは可愛いけど、小動物の可愛さはまたベクトルが違う。比べること自体が間違いだ。

 

「……いいシア? 世の中にはね、小さなもふもふからしか得られない栄養素があるの。そして私は今、その気分なのよ」

「そ、そんな……小動物に負けるなんて……!?」


 シアはその場に膝から崩れ落ち、地面に手を付いて項垂うなだれる。

 そこまでショックを受けなくてもいいと思うけど……。

 とりあえずフォローするのも面倒くさいのでシアの事は放っておいて、私はもう一人の同行者に目を向けることにした。

 そこには私の周りにいる数以上の山兎に囲われながら瞑想をしているヤスツナがいた。

 

「…………」


 沢山のもふもふに囲われているというのに、ヤスツナは微動だにしていない。ものすごい集中力だ。


「流石ねヤスツナ。完全に自然と同調しているわ」

「ほっほ、お褒めに与り光栄ですじゃ」

「どうすれば私もヤスツナの様に、自然に動物達に囲われるようになれるかしら?」

「そうですな~。カリス様は気配を殺すところまで出来ていますが、まだ雑念を捨て切れていないようですな。コツは『無』を体現して、己を自然と同調させる事ですじゃ」

 

 ……なんだか難しくてよく分からないけど、それはつまりもふもふで癒されようと考えている限り無理という事かしら?

 それはこの場において、私には酷というものだわ……。

 

「……なるほど、道のりはまだまだ長いわね」

「なぁに、カリス様ならこの『無の極致』にすぐにでも辿り着けるでしょう。儂の見立てでは、あとは切っ掛け次第と言ったところでしょうな」

「私の事をそこまで高く評価してくれてるのは嬉しいわね。……さてと」


 私は撫でる手を止め、膝の上にいた山兎を降ろして立ち上がる。


「考えは纏まりましたかな、カリス様?」

「ええ」


 可愛いもふもふで癒されたお陰で、ある程度考えも纏めることが出来た。


「もう一度アンデルソン子爵に話を聞いてみるわ。今ならルー君と一緒に子爵邸にいるはずだから、早速行きましょう!」


 昨日あの後に更に視察を行い、ルー君と私はアンデルソン子爵に支援をすることを決定した。

 そしてルー君は今、アンデルソン子爵とその内容の打ち合わせをしているはずだ。


 私は項垂うなだれているシアを起こし、早速アンデルソン子爵邸に向かう。

 するとそこには予想通り、打ち合わせ中のアンデルソン子爵とルー君の姿があった。

 私はアンデルソン子爵ともう一度話をし、幻獣の痕跡が見つかった現場を見に行きたいと頼んでみる。

 アンデルソン子爵は私を危険な場所に行かせることを最初は躊躇ためらっていたけど、「今後の方針を練る上で必要な事だ」と強く説得して最後は了承してくれた。


「今は誰も森に入れるつもりは無かったのですが……」

「無理言ってごめんなさいねアンデルソン子爵」

「いえ、いずれは必ず動かないといけなかったのです。これが良い機会なのかもしれません」


 そう言うとアンデルソン子爵は机の引き出しから紙を取り出して筆を走らせる。

 そして書き終わった紙を手紙入れに入れ、封蝋で封をして私に手渡してきた。

 

「これは?」

「紹介状です。ここの森は深く広いので土地勘が無いと危険です。ですので冒険者ギルドのギルドマスターに案内させましょう。彼なら信頼も強さも土地勘も申し分ありません」

「ありがとう、アンデルソン子爵!」


 どうやらアンデルソン子爵は冒険者ギルドのギルドマスター宛の手紙を一筆したためてくれたようだ。

 私はアンデルソン子爵に礼を言い、そのまま冒険者ギルドへと急いだ。


 冒険者ギルドにはすぐに辿り着いた。

 冒険者ギルドに入って受付で用件を伝え、アンデルソン子爵の手紙を手渡した。

 受付の人は手紙を見て慌てた様子で席を立つと、あっという間に2階に消えて行く。

 しばらくそのまま待っていると受付の人が戻って来て、私達を2階の突き当りの扉の前まで案内する。


「ギルマス、お連れしました!」

「入れ!」


 扉の向こうから野太い声が聞こえてきた。

 受付の人は扉を開け、私達を部屋の中へ招き入れる。

 私達が部屋に入ると部屋の奥にいた男が立ち上がって、私に向かって一礼する。

 武骨で立派な無精髭ぶしょうひげを生やした威圧感のある男性だった。

 

「初めまして、ようこそおいで下さいましたカリス様。俺がここのギルドマスターを務めています“アモン”と申します。以後、お見知りおきを」

「カリスよ。こちらこそよろしく!」


 お互いに自己紹介を軽く済ませ、私達は早速本題に移った。


「アンデルソン子爵からの手紙は読んでくれたかしら?」

「はい。大体の事情は理解しました。カリス様が危険を承知でこの街のために動いてくださることに感謝します!」

「いいのよ。今後の為にも調査は必要だし、私も現場を直接見たいという興味もあったからね。……それで、アモンが案内してくれるということでいいのね?」

「任された以上、全身全霊を掛けて案内させて頂きます! ……ですが、一つだけ約束して頂けますか?」

「何かしら?」

「森の中では必ず俺の指示に従ってください。子爵に信頼されて案内を任された以上、カリス様を危険に晒す訳にはいきませんので!」


 確かに貴族でもない一介のギルドマスターのアモンからしたら、王族の私を案内する事の責任と重圧はもの凄いものだろう。

 それに現場の指揮はそこ土地勘のある者が取った方が良いに決まっている。

 だから私にその約束を断る理由は無い。

 

「分かったわ。よろしく頼むわねアモン」


 こうして私は冒険者ギルドのギルドマスターのアモンを案内役にして、ついに幻獣と思われる痕跡が発見された森へと足を踏み入れるのだった。

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