10.視察3

 アンデルソン子爵の馬車で移動して街の裏門を抜けると、そこに動物園はあった。

 森の一角を切り拓いたような場所で、動物園の周囲を沢山の木々が囲っている。

 更に動物園の入り口は全て木材で造られているようで、その様はまるで動物園そのものが自然の一部に溶け込んでいるかのようだった。

 私達は馬車を降り、動物園の中へと足を踏み入れる。


 入り口を抜けると、そこには初めて見る光景が広がっていた。

 通路に沿う様に檻が並び、その中で様々な種類の動物達が飼育されている。

 パッと見るだけでもその数と動物の種類の多さに圧倒されそうになる。

 ルー君も初めて見るこの光景に、私と同じ様に目を見開いて驚いていた。


「これが、動物園……」

「これは中々、圧巻の光景だな……」

「この場所はかつて植林場の一部だったのですが、植林場の移設などに伴って空き地となり、そこをこうして動物園として再利用したのです。今はお二人が視察に来るということで、安全面を考慮して臨時閉園にしているので人はいませんが、いつもならかなりの人で賑わっていてそれも中々素晴らしい光景ですよ」


 アンデルソン子爵は動物園の事を説明をしながら、動物園の奥へと真っ直ぐ進んでいく。

 その後ろを歩きながら、私は動物達が飼育されている檻の中を横目で窺う。

 檻のサイズは動物の種類に合わせているようで大小様々だ。

 だけどどの檻も動物達が十分に動き回れるくらいには広く作られていて、中で飼育されている動物達も窮屈そうにしている様子はない。

 檻の中をまるで自分の家だと思っているかのように元気で自由に過ごしている動物達の姿は、飼育されているという事実を忘れるくらいの自然な姿だった。


「想像以上に素晴らしいわね。こうして沢山の動物に囲われていると、まるで大自然の中心にいるように錯覚してしまいそうだわ」

「はは、そう言って頂けると嬉しい限りです」


 アンデルソン子爵は嬉しそうに頭を掻く。

 動物達は飼育されて人に慣れたというのもあるだろうけど、逆にそれが動物達の自然な姿を演出している。

 本当に見事なものだと感心する。

 

「着きました。ここです」


 私が動物達にキョロキョロと目線を動かしている間に、どうやら目的の場所に着いたようだ。

 そこには私の別荘よりも大きい二階建ての建物が建っていた。


「アンデルソン子爵、この建物は?」

「ここは先程も話題に出ていた、動物達の『保護』と『研究』をしている場所です。さあ、どうぞ中へ」


 私達はアンデルソン子爵の後に続いて建物の中に入る。

 動物園の中は自然に囲まれた野性的な景観だったが、建物の中はその真逆とも言える石造りの人口的な空間が広がっていた。

 コツコツという大理石の床を靴が踏み鳴らす硬い音を響かせながら、私達は建物のさらに奥の方へと進んでいく。

 そして一つの扉の前でアンデルソン子爵が立ち止まる。


「こちらです」


 そう言ってアンデルソン子爵は扉を開ける。

 扉の先は王城の個室5つ分はあるだろうかという、広くて大きな部屋になっていた。

 ……だが、そんな部屋の広さすらも気にする余裕を無くす光景が、そこにあった。


「――ッ!?」

「――こ、これは!?」


 そこで私達が見たのは、動物園で見た元気な姿とは程遠い……動物達の無残な姿だった。

 角が折られた鹿。手や足が欠損した猿。くちばしが欠け、翼の一部が欠落した鳥。毛皮の一部が剝ぎ取られて血塗ちまみれの虎……。

 それ以外にも、何かしらの欠損や傷を負った沢山の動物達が檻に入れられて、それが部屋を埋め尽くしていた。

 そして怪我をした動物達は、部屋の中を慌ただしく動き回る白衣を着た人達によって手当てを受けている。


(まるで病院みたいだ……)


 あまりにも痛々しいその光景は戦場の野戦病院の様で、魔王討伐軍に同行していた時の生々しい記憶がまざまざと蘇ってくる。

 私とルー君はその場で固まり、絶句するしかなかった……。


「……これが先程お話した、による影響です。御覧の通り、森で暮らす動物達が被害を受け、毎日のようにここに運ばれてきては治療をしています。……ですが、私達の力ではもう限界に達していて、これ以上の事は何もできないのが現状です。その所為で、治療の甲斐無く亡くなる動物も……」


 絞り出すようなアンデルソン子爵の声色が、この事態の悲痛さを物語るかのようだった。

 アンデルソン子爵が「見た方が早い」と言った意味を、私とルー君は正しく理解した。

 ……確かにこの悲惨さは、言葉だけでは説明出来るものじゃないわね……。


「……アンデルソン子爵、話せ。その脅威とは一体なんだ?!」

「……詳しい事は調査が思うように進んでいなくてまだ分かりませんが、少なくとも『幻獣』が関わっているのは間違いございません」

「幻獣ですって!?」


 その単語を聞いた瞬間、私はアンデルソン子爵に食いつく様に詰め寄った。


「それは本当なのアンデルソン子爵!? 一体どんな幻獣が!」

「せ、正確なことはまだ何とも……。ただ、森の中には見たこともない生物の痕跡があり、更に動物達の傷跡と合わせて考えれば、幻獣が関わっている可能性は非常に高いと私達は考えております」

「そう……分かったわ」


 アンデルソン子爵の言い方からして、情報の量と正確性はまだ足りていないようだ。

 調査が進まない理由も深刻そうだが、そこは今はどうでもいい。

 重要なのは幻獣が絡んでいる可能性があるということだ。

 なら、私の取るべき行動は一つしかない!


「ルー君!」

「なんですか姉上?」

「この件、幻獣が絡んでいる可能性がある以上、私も手を出させて貰うわよ!」


 以前、魔王討伐の授与式で与えられた『専門特権』。私はその特権で、幻獣に関連する全ての権利と権限を手にしている。

 幻獣が関わっていると言うなら、私にはそれの対処をしないといけない責任と権利がある。

 本来なら専門特権の権限で強制介入できるのだけど、今回の視察はあくまでもルー君が主役だ。

 だから私は、ルー君に一応の確認を取ることにした。

 そして勿論、ルー君はその辺りの事を理解してくれているので話は早かった。


「専門特権の事もありますし、姉上ならそう言うと思っていました。それに幻獣に関しては姉上が誰よりも詳しいので、そちらは姉上に任せようと思います」

「ありがとうルー君!」


 私はルー君に抱き付いて感謝する。周りに人の目があったからか、抱き付かれたルー君は恥ずかしそうにしていた。


「という訳でアンデルソン子爵。その幻獣に関して、私も調査に加わらせてもらうわ!」

「専門特権の事は私の耳にも届いております。こちらからも是非お願いしたく存じますカリス様!」


 こうして私は、アンデルソン子爵領を脅かす幻獣の対処を任されることになった。

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