9.視察2

 王都を出発してから数日後。私達は無事にアンデルソン子爵領に到着した。

 城壁を潜り、そのままアンデルソン子爵の領主邸に直行する。

 領主邸の玄関前で馬車が停止すると、シアが馬車の扉を開けて先に降り、私とルー君はその後に続いて馬車を降りた。


「んん~~。長かったわ~」


 長い間馬車に揺られてった体をほぐすように、大きく背伸びをして深呼吸する。

 大自然が街の周囲にあるお陰か、空気が美味しい。

 私の別荘も森の中にあるお陰で空気が美味しかったけど、ここはそれ以上だった。


「ようこそおいで下さいました。ルーカス様、カリス様!」


 馬車から降りた私達を、少し長身の優しそうな面持おももちの中高年の男性が笑顔で出迎えてくれる。

 この男性がこの領地の領主であり、今回の視察を持ち掛けてきたアンデルソン子爵だ。


「しばらく世話になるアンデルソン子爵」

「お世話になるわ」

「いえいえこちらこそ! ささ、入り口で立ち話もなんですから、どうぞ中へ!」


 陽気な感じのアンデルソン子爵に案内され、私達は談話室に通された。

 そしてソファーに向かい合わせで腰かけて座ると、早速ルー君が視察の話をし始めた。


「さて、アンデルソン子爵。早速今回の視察についての話だが、何やら新事業を始めたとか?」

「そうなんですルーカス様! 私としてはこの事業は何としてでも成功させたいのです! ですので是非、ファルタ王家に支援をして頂きたく、こうして視察の話を持ち掛けた次第なのです!」

 

 新事業? 成る程ね、それがルー君の視察の目的というわけか。

 新しい事業を始める際に、特に王家の許可を必要とすることはない。

 勿論報告の義務はあるが、最悪事後報告でもいいくらいでかなり緩い。

 しかし、そこで王家に支援を求めるというなら話は別だ。

 王家からの支援を得られれば強力な後ろ盾を得る事が出来るので、支援を求めてくる声は多い。

 だけど支援をするにしても、王家の印象が悪くなることは避けないといけない。

 だから支援を求められた時は必ず王家がその視察に入って厳選な調査を行い、支援をするのに値するかどうかを見定めるのだ。

 ルー君の視察の目的は、その厳選な調査をする為だったということだ。


「一応事前に受け取った企画書と資料には目を通したが、支援をするかどうかは実際にこの目で見て確かめてからになる」

「分かっておりますルーカス様。このアンデルソン、全力でお二人にアピールさせて頂きます!」


 アンデルソン子爵の瞳に力が宿る。

 これは……相当本気のようだ。

 アンデルソン子爵の本気度を垣間見て、私もその新事業というのに俄然興味が湧いた。

 それに父は私の計画の助けになるかもと言っていたのでそこも気になる所だ。

 ……だけど私はまだその新事業についての情報を貰えていない。何時まで経っても仲間外れというのは嫌なので、そろそろ教えてもらうとしよう。


「アンデルソン子爵、私にもその企画書と資料を見せてもらえないかしら?」

「えっ? それらは既にご覧になられているのでは?」


 私の突然の要求にアンデルソン子爵は疑問符を浮かべる。

 ……あっ、そうか。アンデルソン子爵は私とルー君が新事業の件で視察に来たと思ってるから、私も当然把握してるものと思っているのね。


「……アンデルソン子爵。姉上は確かに視察に来ているが、その目的は僕とは少し違うんだ。だから姉上はまだ、アンデルソン子爵の新事業について何も把握しておられないんだ。見せてあげてはくれないか?」

「な、なるほど……? そう言う事でしたら、私のをどうぞ」


 アンデルソン子爵はルー君の言葉にまだ疑問を残したままだったが、深く突っ込むことはせずに手にしていた企画書と資料を私に渡してくれた。


「ありがとう。アンデルソン子爵」


 私は受け取った企画書と資料に早速目を落とす。

 そこにはこう書かれていた。


「『動物園』を利用した、希少種動物の『保護』と『研究』。及び、自然環境の『保全活動』……?」

「はいそうです! お二人もご覧になられた通り、この街は周囲を山と森に囲われた大自然豊かな場所です。そしてこの大自然では非常に多種多様な動物が暮らしており、中にはこの周辺にしか生息していない固有種も数多くいます。私はこの動物園でそれらの動物達を保護し、その生態を研究して、最終的に彼等が暮らすこの大自然を保全したいと考えているのです!」

「な、なるほど……。それではこの『動物園』というのは、と考えていいのかしら?」

「正確に言えばそれは少し違います」

「と、言うと?」

「確かにカリス様の言う通り、保護した動物達の生態を研究するという意味ではそういう場所とも言えます。ですが、それはあくまでも裏面の話です。表向きは、保護した動物達を一般大衆に向けて公開する施設となっております! 詳しくは企画書のこの部分をご覧ください」

 

 アンデルソン子爵の指差す部分に目を通すと、そこには確かに先程アンデルソン子爵が熱弁してくれた事の詳細が書かれていた。

 

 まず『動物園』とは何かというと、動物を保護・飼育し、それを一般大衆に向けて公開して、動物達に対する理解を深めるのが目的の施設だそうだ。

 その際に入園料を取る事で収益を得るが、その収益は施設の運営に当てるつもりらしい。

 最終的には『動物園』をこの街の観光施設として宣伝する事で、観光客を増やして街の発展を狙うことまで計画されている。

 そしてその裏、真の目的は保護した動物の生態を研究し、動物達が暮らす大自然の保全に繋げる事らしい。

 

 確かにここに来る途中、馬車の中から見えただけでもこの街周辺の大自然の雄大さは感じることが出来た。

 そこは間違いなく動物達の楽園だろう。そしてその環境を守りたいという気持ちになるのも、あの大自然を見れば理解できる。

 ……しかしだからこそ、分からない部分がある。

 

「……アンデルソン子爵。ひとつ、質問いいかしら?」

「なんでしょうかカリス様?」

「今この大自然は、危機に瀕しているのかしら?」

「どういうことですか姉上?」


 ルー君は私の質問の意味が分からなかったようだ。

 私はルー君にも解るように嚙み砕いて説明する。

 

「アンデルソン子爵の言う様に、ここの大自然は素晴らしいわ。それに動物達の保護や研究も、私も似たようなことを目指しているから理解できる。……でもだからこそ、不思議なのよ。今現在この大自然は、アンデルソン子爵が『動物園』という手段を使ってでも保全したいと考える状況に陥ってる様にはとても見えないの。それも、ファルタ王家に支援を求める程にね……」

「ッ!? なるほど、そういう事ですか……」

 

 ルー君も私の言いたい事を理解してくれたようだ。

 アンデルソン子爵は初めに「この事業は何としてでも成功させたい」、「ファルタ王家に支援をして頂きたく、こうして視察の話を持ち掛けた」と言っていた。

 そしてその何としても成功させたいという事業である『動物園』の真の目的は、「希少種動物の『保護』と『研究』。及び、自然環境の『保全活動』」だ。

 それはつまりこの『動物園』の事業、というより活動を成功させるのが難しくなり、ファルタ王家の支援が必要な程の危機的な事態に陥っていると考えられる。

 しかし今受け取って見た企画書には『動物園事業』のプレゼンばかりが書かれていて、その危機的な事態については何も書かれていないのだ。


「……流石ですねカリス様。まさかそこまで見透かすとは、このアンデルソン感服いたしました」

「ということはやっぱり?」

「はい、カリス様のご指摘通りです。今現在このアンデルソン子爵領の大自然は、によって脅かされています。ファルタ王家には『動物園』の支援の他に、その脅威の排除の支援もお願いしたいのです」


 アンデルソン子爵は真摯に頭を下げる。

 その姿勢には先程までの明るさは無く、事態に対するアンデルソン子爵の真剣さが伝わって来る。


「……アンデルソン子爵が真剣だということは理解した。だが、何故それを事前に教えてくれなかったんだ?」

「それに関しては申し訳ありませんでした。誤解して頂かないで欲しいのですが、私に隠すつもりは全く無く、動物園事業の内容を理解してもらってから話を持ち出そうと思っていたのです」


 アンデルソン子爵に嘘をついている様子はない。

 ……どうやら私がアンデルソン子爵の段取りをすっ飛ばして、勝手に話を進めてしまったようだ。


「なんだか……ごめんなさい」

「いえいえ、カリス様が謝る必要はございません! 元々この話は持ち出す予定でしたので。……ただ、事態が事態だけにどうしても内密に進めたかったのです」


 内密に? それほどの事が起きているの?

 私とルー君は顔を見合わせて頷く。どうやら考えていることは一緒のようだ。


「アンデルソン子爵、その脅威について教えてくれ。事と次第によっては支援の内容も見直しが必要かもしれないからな」

「……分かりました、お話します。では、付いて来て頂けますか?」


 そう言ってアンデルソン子爵は立ち上がり、談話室から出ようとする。


「付いて行くって、一体何処に?」

「私の動物園です。実際に見て頂いた方が早いと思いますので」


 私とルー君は「どうする?」と顔を見合わせるが、とりあえずはアンデルソン子爵の意向に従う事にして、アンデルソン子爵に案内されるまま子爵邸を後にした。

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