6.別荘改築2
アントさんが別荘を下見に来た翌日。私の元にアントさんから手紙が届いた。
手紙には「別荘改築の詳しい調整がしたいから、ワシの職場に来て欲しい」と書かれていた。
私はすぐに準備をして、シアと一緒に急いでアントさんの職場へと馬車を走らせる。
王都は大きく3つの区画に分かれている。
王都の中心は王族の暮らす王城がある『王族区画』。
その周辺を囲うように広がる『貴族区画』。
貴族区画と王都外壁の間にある最も広い『平民区画』。
アントさんは平民なので、その職場は当然『平民区画』の中にある。
しかしアントさんの職場は、平民区画は平民区画でも貴族区画に繋がる区画門のすぐ近くという、比較的敷居が高くて立地の良い場所に建っていた。
この事からもアントさんという建築士が、
「『
手紙に記された名前と目の前の建物の看板を確認して、ここが目的地の場所だということを確認する。
入り口にいた人にアントさんから手紙を貰ったことを伝えると、すぐに職場の二階の一室に通された。
部屋の中にはアントさんがいて、沢山の資料を机の上に並べていた。
「おお、来てくれたか王女様。随分と早い到着だったのぉ」
「何事も早くて困ることはないからね」
「それもそうじゃな」
そう言ってアントさんは「カッカッ」と笑う。
「それで、改築の詳しい調整がしたいとのことだったけど、この沢山の資料がそうなのかしら?」
「そうじゃ。こっちはあの別荘の図面や使われている建材の資料で、こっちが改築に必要な場所と建材の一覧を纏めた資料じゃ」
「別荘の図面ですって!?」
私は慌てて資料の山から、アントさんが指差した資料を手にして確認する。
……確かに、これはあの別荘の図面だ。全体の見取図や各部屋の細かい寸法まで余すことなく記載されていた。
「どうしてこんなものがアントさんの所に!? 王家に関わる資料は厳重に保管されていて、持ち出しなんて出来ないはずなのに……」
王家に関わる資料は色々あるが、王家が所有する別荘に関する物もその内の一つだ。
そしてそれらの資料は王家に対する犯罪を防止する為に機密資料として扱われており、王城で厳重に保管されているはずだ。
少なくとも、こんな場所にあっていいものじゃない。
私が疑問を抱いていると、アントさんは小さく笑って疑問の答えを教えてくれる。
「ほっほっ、何も不思議ではない。あの別荘を造ったのはワシの7代前の親方じゃ。元々あそこは立地的に避暑地としては最適じゃが、
……驚いた。まさかあの別荘とアントさんにこんな繋がりがあったなんて。
……これは偶然なのだろうか?
まあどちらにしても、アントさんはあの別荘について最も詳しい人ということだ。
「しかし、あの別荘はワシの知らぬところでいつの間にか改築を繰り返していたようじゃな。あれは王女様の仕業か?」
「え、ええ。貰い受けた時は酷い有様だったから、人が住めるように少しづつ手を加えたわ」
「なるほどのぅ……」
そう呟くとアントさんは目を細くして、資料に鉛筆で「〇」や「×」の印を付けていく。
その動作に私は、何やら嫌な気配を感じた。
「……もしかして、勝手に改築したのは不味かったのかしら?」
「ん? ああ、端的に言えばそうじゃ。さっきも言ったがあそこは建物が風化しやすくてな、使用する建材には特別な『風化防止処理』を施す必要があるのじゃ。……しかし、改築されたと思われる部分にはその処理がされていない普通の建材が使われておった。そのままでも使えなくはないじゃろうが、直ぐダメになるぞ? つまり、そうした部分も改築し直す必要があるということじゃ」
「そ、そんな……!?」
私はその場で膝から崩れ落ちるように落胆した。
せっかくコツコツと改修したというのに、それらも全てやり直しだなんて……。
「まあそう落胆しなくても大丈夫じゃよ王女様。元々この依頼を貰った時から、風化度合いから別荘を全面改築することは考えてあったからの。その為にこうして沢山の資料を集めたのじゃからな。……しかしそんなことより、今は真っ先に決めないといけないことがあるぞ?」
「そ、それは……?」
「王者様があの別荘をどういう風な建物にしたいかじゃ。改築を繰り返して人が住めるようになっているとはいえ、あれはまだ王女様の理想通りにはなっておらんのじゃろう?」
……凄い。まるで全てを見透かされているようだ。
アントさんの言う通り、あの別荘は改築を繰り返して人が住めるようにはなった。
……でもまだそれだけだ。私の理想通りにはなっていない。
その現状を、アントさんはたった一日の下見だけで看破したのだ。
「ワシの仕事は建物を作る事じゃが、それは依頼主の理想を超える物にしたいと思っておる。……さて王女様、お主は一体どんな建物を望んでおられるのじゃ? それをワシに聞かせておくれ」
そう言って私を見るアントさんの眼は真剣そのもので、まるで私の事全てを見定めようとでもするかのように鋭く私を貫いていた。
一瞬だけど、その眼に私は気圧されそうになる。
……これが一流の職人の眼、というものなのね……面白いじゃない! 依頼主の理想を超える? だったら私の理想の全てを遠慮なくぶつけさせてもらうわよアントさん!
それから私はアントさんに私の理想を全力でぶつけにぶつけまくった。
私がどれだけ幻獣の事を考えているか。
幻獣との共存の夢を実現する為に何を成そうとしているか。
そして、あの別荘を改築してそこで何をしようとしているのか。
私が出せる最大限の熱量でその全てを、アントさんへ語り尽くす。
「――わ、分かった分かった王女様! もう十分じゃ!」
何故かアントさんは必死の形相で私の語りを止めて来た。
「何故止めるのアントさん? まだまだ私の理想は語り尽くせていないわ!」
「いやもういい、もう十分に伝わったから、それくらいにしてくれぇ!」
「むぅ……」
少し消化不良な気分だけど、そこまで強く言われたらこっちもこれ以上言うことは出来ない。
まだまだ語り足りてないのに……。
「そ、それで、あの別荘を『幻獣研究所』として活用したいということは分かった。しかしそうなると、建物全体の設計から見直す必要があるじゃろう。……まだ大まかな試算じゃが、作業は数ヵ月単位になるじゃろう。それでもよいのか?」
ふむ、数ヵ月か……少し長いわね。
でもアントさんの言う通り、あの別荘を幻獣研究所として機能させるには建物の材質や強度を見直す必要があるのは確かだ。
それに私の計画は元々長期的なものだ。多少初期で時間が掛かっても計画の土台部分をしっかりさせないと、そこを疎かにした所為で後々に影響が出て来ても困る。
「……分かったわ。この際、多少の時間は掛かってもいいからしっかりとした建物に仕上げて頂戴」
「了解じゃ。……そうと決まれば、早速行くかの」
アントさんはそう言って立ち上がると、図面や資料を丸めて纏め始める。
その動作に疑問に思って訊ねると、意外な答えが返って来た。
「行く? 行くって何処に?」
「ん? 決まっておる。あの別荘をもう一度下見に行くんじゃよ。なにせ王女様の理想はワシの予想を遥かに超えた物じゃったからの。それを超える為にはもう一度下見をして、しっかりとイメージを固める必要がある。……まったく、このワシに下見を二度もさせたのはあんたが初めてじゃよ。王女様」
そうして私達はアントさんとその弟子の職人さん達数名を連れて、もう一度別荘の下見をすることになった。
私とアントさんは別荘に到着すると、下見をしながら別荘の改築案を更に詳細に煮詰め尽くしていく。
――そしてそれから数日後、煮詰め尽くした改築案を基に、別荘の改築工事がついに始まった。
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