5.別荘改築1
それは幻獣共存計画を始動してから数日経った、ある日の事だった。
「幻獣が居るなんて聞いてないぞ! どういう事じゃ!?」
私が別荘の自室で『幻獣研究所』のメンバーと研究所の移設について話し合っていると、窓の外からそんな怒声が聞こえて来た。
何事かと思い窓の外を見れば、裏庭で一人の老人が衛兵に掴みかかる勢いで詰め寄っている姿があった。
ただ事ではない雰囲気を感じた私は、話し合いを中断して裏庭に急ぐ。
裏庭に着くと、怒声を飛ばしていた老人は複数の若者達に抑えられていた。
しかし老人はそれを気にする様子無く暴れて、衛兵に怒声を飛ばしながらを睨みつけていた。
「一体何の騒ぎ?」
「あぁ、カリス様。実は――」
困った様子の衛兵は、私に事の詳細を話してくる。
その話を要約すると、この老人とそれを抑えている若者達は別荘改築の為に下見に来た建築士達らしい。
この衛兵はそれの案内役で、彼等をここまで連れて来たそうだ。
そして別荘の案内をしていたら、裏庭で寝ているハウを見た老人がいきなり怒り始めたのだと言う。
確かに今日は父が集めた建築士達が別荘の下見に来ると聞いていた。
ということは、この老人がそうなのか……?
とりあえず、これ以上衛兵に聞いても事情は掴めそうにないので、私は老人達の方へ振り向いて話を聞くことにした。
「初めまして。私は“カリス・ルーン・ファルタ”。この別荘の主よ。あなたが“アント”さんね?」
「そうだ、ワシがアントじゃ。それで“ファルタ”ということは、お主が依頼主の王女様か? ……なんとも王女らしくない格好じゃな?」
そう言ってアントさんは私の全身をまじまじと見る。
今の私は動きやすい外出用のラフな服装をしている。
勿論それでも、普通の貴族が着るようなお洒落さはあるはずだ。
「何かおかしいかしら?」
「王女と言えば豪華で動き辛そうなドレスを着ているイメージがあったからな。……しかし、今の王女は常識破りと噂で聞いておる。むしろその格好の方が噂通りな気がするわい」
「ア、アントさん! 相手はこの国の王女様ですよ!? そんな口の利き方をしたらどうなるか……!?」
私に対するアントさんの言葉遣いに、アントさんの後ろにいた若者達が血相を変えて怯えている。
しかしアントさんは若者達の言葉に耳を貸す気はないようだ。
「ふん。相手が王女だろうが国王だろうが、依頼人は依頼人じゃ。依頼人は依頼を出した時点でワシとの関係は対等になる。それが依頼人と仕事人の関係じゃ。そうは思わんか王女様?」
「……確かにそうね。仕事の依頼をしたのは私でそれをあなたが受けたのなら、その時点で商談が成立しているから私達の関係は対等よ。……まあ、私はその辺りの言葉遣いは気にしないから安心していいわよ」
「ほぅ、中々話の分かる王女様じゃな。大抵の貴族達はワシの態度や言葉遣いに怒って依頼を破棄するのが常なのじゃが……噂通りじゃの!」
アントさんはそう言って好感の目で私を見る。
私自身、周囲からの評判や噂は勿論耳にしている。
『常識破りの王女』。それが周囲の人達が私に付けた二つ名だ。
それに対して私はその通りだと自覚しているし、別に否定するつもりもない。
……だからシア、私の背後から殺気を込めた目でアントさん達を射抜こうとするのを止めなさい。
アントさんは気にしていないけど、その後ろにいる若者達の表情が完全に青色に豹変してしまっているでしょ……。
「シア、私は気にしてないから止めなさい……」
「はい、カリス様」
シアを落ち着かせたところで、私はようやく話を切り出す。
「それでアントさん、どうして幻獣を見て怒っていたの?」
「……」
私の質問にアントさんは途端に黙ってそっぽを向いてしまう。
仕方がないので私は後ろの若者達に視線を向ける。
すると私の視線に気付いた一人が、バツが悪そうな声で口を割った。
「……あ、あの……アントさんの息子さんが魔王討伐に参加して、その際に……幻獣に襲われて亡くなったんです……。だからそれが原因かと――」
「余計な事を言うんじゃない!」
「す、すみません!!」
成る程。大体理解した。
息子を幻獣に殺され、その憎しみを持ったままハウの事を見てしまったんだ。
世間の認識ではどんな姿や種類であれ“幻獣”は“幻獣”だ。そこに区別はない。
アントさんもその例に漏れない一人ということなんだろう。
「……幻獣は、ワシの息子の命を奪った敵じゃ。勿論、魔王の討伐は命がけの仕事だったと分かっておるし理解もしておるつもりじゃ。……だがな、それでもワシはあの時、息子を止めなかったことを後悔しなかった日は無い……」
「アントさん……」
亡くなった息子の事を思い出してしまったのか、アントさんは顔を伏せてしまう。
これは、相当深刻な問題みたいだ……。
「アントさん……あの子、“ハウ”は確かに幻獣ですが、私と契約した『契約獣』です。人を襲う事は無いので安心してください」
「……王女様、あんたが『専門特権』まで手にして妙に幻獣に肩入れしておるのは知っておるし、あんたの言う事を疑ったりはしておらん。……だがな、これは気持ちの問題じゃ。いくら言葉で説いたところで、すんなりと受け入れられるものじゃないことを承知して欲しい」
「……」
「だからせめて、ワシらの仕事が終わるまで、あの幻獣をワシの目に入らぬ所に置いてくれ。それがワシからの条件じゃ……」
アントさんは今にも消えそうな声でそう言った。
これは、アントさんの言う通り、言葉で解決できるものではなさそうだ……。
「……分かりました。“ハウ”にはそのように言い聞かせておきます」
「すまんな……」
アントさんは一言そう言い残すと、衛兵と若者達と一緒に屋敷の内部の下見に向かって行ってしまう。
私はハウに事の詳細を伝えて、アントさんがいる間は森の中に姿を隠して欲しいとお願いする。
ハウは素直に〈分かった〉と了承してくれた。
そして自室に戻って『幻獣研究所』のメンバーにも先程のやり取りを伝え、ハウとアントさんが接触する事が無いよう細心の注意を払うように言っておいた。
とりあえず、この問題はこれで何とかなりそうだ……。
そして私は途中だった、幻獣研究所の移設についての話し合いを再開するのだった。
「カリス様。何故あのアントという老人の条件を呑んだのですか? 今からでも他の建築士に変更した方がよろしいのではないですか?」
話し合いが終わって二人きりになった途端、シアがそんなことを訊ねてきた。
……シアの言いたいことは分かる。王女である私が、一建築士に過ぎないアントさんの事情に考慮する必要はなかったと言いたいのだろう。
実際、シアの考えは正しい。それが私とアントさんの正しい立場の違いだからだ。
それにアントさんは父が集めてくれた優秀な建築士の一人に過ぎず、他にも候補は沢山いた。
シアの言う通り、ハウの存在に文句を言わない建築士に変更する事もできた。
……でも、集められた建築士達の資料を見てアントさんを選んだのは、私の意思だ。
それを今更、他の人に変更するつもりはない。
「シアは知らないかもしれないけど、アントさんはこの国でも指折りの建築士で、その実力は王族や貴族達がアントさんを指名して依頼を出していることからも疑いようがないわ。……勿論、あんな感じの誰に対しても物怖じしない人だから、一部の貴族達からは煙たがられているみたいだけどね」
実際にアントさんの経歴と人柄は、事前にキッチリと調べた。
経歴に関しては疑う余地は無く優秀で、過去に王族や貴族からの多数の依頼を受けて、屋敷や別荘の建築に携わってきたベテランだ。
人柄に関しても物怖じしない正確なだけで、特に問題などは無かった。
「それを承知でアントさんを選んだのは私の意志よ。それを今更変更するなんてありえないわ。……それでもシアは私の意志に反対するのかしら?」
「カリス様、その言い方はズルいですよ……。分かりました、もうこの件に関して私からは何も言いません。ですが、彼が幻獣に憎しみを抱いているのを十分にご留意ください。あれは将来カリス様の障害になると思います。私はそれが心配なのです」
確かに一番の問題はそこだ。
私の計画の最終目標は、幻獣が私達の社会に混ざって共存出来るようにすることだ。
現状で幻獣に対する世間の認識は厳しいものがあるし、アントさんの様に幻獣の被害を受けて憎しみを持っている人も数多くいる。
そしてその認識や憎しみは、確実に私の計画の大きな障害になる。
でも、そんなことは最初から分かっていた。
だからこれくらいの事で躓くつもりはない!
「私の目指す夢が困難な道なのは覚悟しているし、きっと今回のようなことがこれから何度も起こるでしょうね。……けれどそれを解決できないようじゃ夢の実現なんて、それこそ夢のまた夢よ。だからシア、しっかりと私に付いて来てね! 頼りにしてるんだから」
「カリス様……! はい、このシア、何処までも付いて行きます! 例えそこが天国でも地獄でもお風呂でもトイレでも、それはもうどこまでも!」
「……もしお風呂とトイレに付いて来たら、一週間謹慎よ」
「放置プレイですか? それはそれでご褒美ですね!」
「……はぁ~」
これさえ無ければ完璧なのに……。
私はため息を吐きながら、アントさんの問題とシアの覗き対策について考えるのだった。
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