第一章:幻獣共存計画始動

4.家族対談

 ハウとの話し合いを終えた私は、ハウと別れて再び王都に戻って来た。

 王城に入って自室に戻る頃には、空はオレンジ色に染まってすっかり夕暮れ時になっていた。

 

 ……もう夕食の時間だ。


 私は朝と同じ、王族専用の食堂で夕食を済ませる。

 ただし朝と違って、そこに父と母の姿が無かった。

 それもそうだ。父と母は今頃、魔王討伐の祝賀会に出席しているはずだ。

 当然そこでは食事も用意されているから、わざわざここに来て食事をとる必要が無い。


 夕食の後は自室に戻って、シアと一緒に計画の資料を纏める作業をする。

 資料自体はある程度作っていたので、纏め作業にはあまり時間は掛からなかった。

 作業が終わってチラリと時計を確認すれば、丁度祝賀会が終わる時間になっていた。


「丁度いい時間ね。そろそろ行きましょうか」

「かしこまりました」


 私はシアに纏めた資料を持たせると、父の執務室に足を運ぶ。

 時間通りに祝賀会が終わっていれば、今頃父達はこの執務室に戻っているはずだ。


 コンコン――。


「父上、私です」


 扉を軽くノックして声を掛けると、中から父の返事が返って来る。

 

「入りなさい」

 

 私は扉を開けて執務室に入る。

 そこには私の到着を待っていた父と母、そして弟のルー君の姿があった。

 私は父と母の対面になるように、ルー君が座るソファーに腰かける。


「祝賀会お疲れ様でした父上、母上」

「なに、これも王族としての務めだ。……とはいえ、授与式も含めれば一日中公務だったからな、流石に肩が凝ったわい……」

「お母さんも腰にきたわ~……」

 

 二人はそう言って肩や腰を動かして疲れをほぐそうとする。久しぶりの公務で相当疲れが出たようだ……。

 祝賀会はこの国に仕えている貴族達が集まって、世界の脅威が去ったことを祝う華やかなパーティーのことだ。……ただし、それは表向きの話である。

 実際は共通の脅威であった魔王がいなくなったことで、今後活発化する貴族社会で生き残る為、そして爵位を上げる為の目に見えない貴族達の牽制が飛び交う戦場だ。

 王族が祝賀会に出席するのはもちろん魔王討伐を祝うためでもあるが、同時に貴族達が活発になり過ぎない様に見張ったり、抑制したりする為でもある。

 

 本来だったら王族で魔王討伐貢献者でもある私も、その祝賀会に出席しなくてはいけないはずだった。

 でも私は、自分で言うのもなんだけど、全く王族らしくない。

 王族の公務も積極的にせず、自分のしたい事を優先して好きに動いているような人間だ。

 ……傍から自分がどういう目で見られているかくらいは分かっている。


 だけど、父と母はそんな私の夢の実現を応援してくれていて、そこが私の居るべき場所ではないと理解してくれている。

 だから今回の祝賀会に出席しなかったことについて、何かを言ってきたりはしない。

 ……本当に、父と母には感謝してもしきれない。


「父上と母上は殆ど、次々挨拶に来る貴族当主達の相手をしてましたからね。疲れて当然ですよ」

「うむ。その間、他の貴族達の相手をルーカスに任せてしまったな」

「今はどの貴族達も浮かれているから大変だったでしょルーカスちゃん?」

「いえ、僕はまだ若いですから大丈夫です。それに、貴族の相手くらいで簡単に根を上げていては、父上が安心して王位を譲れないでしょう?」

「ふふ、それもそうだな」


 ルー君は私の弟だけど、私は既に王位継承権を手放したので、今はルー君が王位継承権を持っている。

 さっきも言ったけど、私は王族らしく振舞えない。

 もし私が国王になったら、この国はすぐに瓦解するだろう。自分の事だからそれくらいは簡単に想像がつく。

 だから私は王位継承権を早々に手放した。

 ルー君は私と違って真面目でしっかりしているので、国王になったら安心して国を任せられる。

 今はまだ次期国王として勉強中だけど、既にその才能は開花し始めてきている。


「ルー君も頑張ったね。お疲れ様」


 私はルー君を労って頭を撫でてあげる。せめてこういう所ではお姉さんらしく振舞わないとね。


「……ありがとうございます姉上」

 

 ルー君は照れくさそうにしていたけど、嫌がっている様子はない。

 本当に可愛い弟だ。


「……それはそうとカリス。お前の計画について話があるとの事だったが、シアが持っている資料がそうなのか?」


 父に言われて、我に返ったようにここに来た目的を思い出す。

 ルー君を撫でる手を止めて、シアに資料を配るように言う。

 

「この資料には、私の計画の詳細が記されています。父上達にも協力して頂くことになると思いますので、一度目を通して欲しいのです」

 

 三人は言われて資料に目を通していく。

 資料には私の夢、『幻獣共存計画』の詳細が記されている。

 幻獣とは何か? 幻獣との共存の為には何をすればいいか? その実現には何が必要か? そしてそれが実現するとどうなるか?

 それらの事細かな情報を全てこの資料に詰め込んだ。


 幻獣との共存は、私の昔からの夢だ。

 この計画を実行する為に、わざわざ魔王討伐に参加して功績を上げて『専門特権』を手に入れたのだから。

 ……でも、いくら『専門特権』があったとしても、世間から害獣として広く認知されている幻獣の認識を変えるには私一人だけでは力不足だ。

 必ず周囲からの手助けが必要になる。特に、家族からの手助けは何よりも重要だ!

 父達は私の夢について知っているし、応援もしてくれているから手助けはしてくれるだろう。

 でも私がやりたい事、これからする事を事前に知っているか知っていないかでは、どうしてもその対応の早さに大きな違いが出てしまう。

 だからこの場で家族に私の考えと計画の内容を、しっかりと共有しないといけない!

 

「父上達も知っての通り、幻獣に対する世間の認識は厳しいと言わざるを得ません。そして私の夢は、その認識を根底から覆そうとするものです」

「……そうだな。とても困難な道のりになるだろうな……」

「でも、カリスちゃんは諦める気は無いのでしょう?」

「ええ、勿論!」


 私は即答する。たとえ困難だと分かっていても、この夢を諦めるなんて選択肢は私には存在しない!


「だったら僕達は姉上の夢を全力で支えますよ!」

「うむ。それが家族というものだ!」

「私達は何があってもカリスちゃんの味方よ!」


 家族からの言葉が、とても暖かい。

 王族として生まれてながら王族として相応しくない行動ばかりしている私を、見捨てることなくこうして支えようとしてくれている。

 それが、一体どれだけ有り難い事か……。


「ありがとうございます……!」

 

 私は家族から受け取った暖かさに、小さく感謝の言葉を漏らすのだった。




 それから私達は資料の内容について踏み込んだ話し合いを始めた。

 私の計画はとても困難なものだ。実現するには資金にしても人員にしても、非常に多くの物が必要になる。

 それをどこから集めてどのように運用するか。これが大事になるだろう。

 出来るなら自分の力だけで解決するのが望ましいのだけど、頼れるところはしっかりと頼ることにしよう。

 自分の矜持で近道を塞いでしまうのは実に勿体ない事だ。

 

「ここにある幻獣の捕獲と保護についてだが、捕まえた幻獣は一体何処で管理するつもりなのだ?」

「私の別荘を使うつもりです。あの別荘には元々『人除けの結界』が張ってあるのでそれを改良して『隔離結界』にしてしまえば、中の幻獣が外に逃げる事と外からの外敵を防ぐことが出来るはずです」

「ふむ。……では王国魔法騎士団に結界の改良が出来るか聞いてみるとしよう」

「お願いします!」

「姉上、捕獲する幻獣の数によっては敷地の整備も必要になると思いますが、その手配はどうするつもりですか?」

「それについては実際に幻獣を捕まえてから検討するつもりよ。……でも、近い内にあの別荘を新しい『幻獣研究所』の施設にしようと思っているから、別荘の改装だけでも早めに進めたいわね」

「そうね~。せっかく改装するなら優秀な建築士を手配した方がいいんじゃない。ねぇあなた?」

「そうだな。それはこちらで優秀な者を何人か集めておこう。……だが、最終的に別荘をどうしたいかを決めるのはカリスだ。妥協せずに選ぶのだぞ?」

「はい、分かっています!」


 と、こんな感じで話し合いはトントン拍子に進んでいった。

 この時の私は、幻獣共存計画がこのまま順調に進む予感を犇々ひしひしと感じていた。

 

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