2.こういう大学生たぶんいっぱいいる

 戸川と竹山が出会ったのは今から二十年ほど前の、二〇一二年のことだった。

 大学も出身も違う二人の出会いは、いわゆる合同コンパ。

 戸川の通う大学から男女二人ずつ、竹山の通う大学から男女二人ずつが集まるタイプのコンパだ。

 戸川の友人が主催をやっており、当時恋人と別れたばかりだった戸川は気を遣われ、その場に呼ばれる運びとなった。

 そして、他大学側の男として二十年来の友人になる竹山睦月が参戦していた。

 あとで聞いたところによると、竹山も半ば数合わせのような形で呼ばれていたらしく、何度振り返っても奇跡のような出会いだった。


 ”なんだあの無駄に整った顔をしてる死んだ目をした男は”

 それが戸川から竹山に対する第一印象だった。

 どう見ても合コンを楽しみにきた眼光には思えず、別れてから一か月で恋人を作る気にもなれなかった戸川は、第一印象の時点から彼に似たようなものを感じていた。

 そしてそのシンパシーが決定的になったのは、合コン内のとある会話だった。 

「そういえばみなさんって、『おおかみこどもの雨と雪』見ます?」

 他大学の女性、ミナミが厚焼き玉子に醤油を垂らしながら何気なく言い放った。

 『おおかみこどもの雨と雪』とは、翌月七月に公開予定のアニメ映画であり、『時をかける少女』や『サマーウォーズ』を生み出してきた名監督、細田守氏の新作ということで、日本中の期待が寄せられていた映画であった。

「みるみる! サマーウォーズすごい好きだったんだよね」

「俺サマーウォーズ好きすぎて八回観た」

「見過ぎですよそれは」

「あたしは時かけも好き!」

「お、俺も俺も。え、じゃあ一緒に観に行っちゃう?」

 などの大学生らしい会話が繰り広げられている間、竹山は少し口を歪ませながらビールをちびちびと飲んでいた。

 そして戸川も同じようにカシオレをちびちびと飲んでいた。

 一瞬、視線が交差する。


(今回から細田監督自ら脚本も書くらしいが、それが吉と出るか凶と出るかだよな)

(前作の脚本家だった奥寺佐渡子さんも引き続いて連名で脚本を務めるらしいからそんなに心配することはないんじゃないか?)

(まあ、な。でも、広告を見た感じケモミミのショタがわちゃわちゃ動いていて、めちゃくちゃ””性癖””って感じだったぞ。あれが一般ウケするとは思えないし、一般ウケしてほしくもない)

(なんだケモナーか)

(違いやい!)


 くくっ、と思わず戸川は噴き出した。

 合コンメンバーの視線が一瞬にして集まる。

 それもそうだ。今の会話はあくまで戸川の脳内で行われていたものであり、はたから見れば突然笑い出したやつでしかなかった。

 それでも、戸川は竹山のもの言いたげな視線からそんな会話を妄想してしまっていた。

「どうしたの、戸川くん」

「いや、そう、俺もサマウォ好きでさ、ちょっと思い出し笑いしちゃったごめんごめん」

「なんだ、戸川もサマウォ好きだったのか」

「ああ。嫌いな人のほうが少ないんじゃない? ちなみに竹山くんは?」

 戸川は自分の妄想上の会話の真偽を確認するため、竹山に会話を振った。

 これが二人の最初の会話であった。

「……ああ、好きだぜ!」

「あー、やっぱり? じゃあ『おおかみこどもの雨と雪』も楽しみ?」

「…………脚本が……いや、えと、楽しみだな。映画好きなんだよね」

 戸川は”脚本が”という言葉を聞き逃さなかった。

 やっぱり。

 俺とこいつは似た者同士同じタイプのスタンドだ。

「へー! 睦月くん映画好きなんだ!」

 戸川は一瞬(睦月くん?)と思ったが、竹山の本名が竹山睦月だったことを思い出す。

「ん、ああ、まあ、うん」

 えらく歯切れの悪い返答だった。

 そして戸川にだけは、その歯切れの悪さが理解できていた。

 彼は恐れているのだ。

 この後必ず来る、絶対に聞かれたくない質問心臓を止めかねない一撃を。

 しかし現実は無常で、すぐにその質問は放たれた。


「一番好きな映画ってなにー?」


「……………………」

 二秒ほど、沈黙があった。

「えっと、インセプ……じゃない、一番好きな映画はそうだな、なんだかんだ『ハウルの動く城』かな!」

 あ、置きに行った。




「二次会行く人ー!」

「すまん俺用事あるから帰るわ」

 特に用事があったわけではなかったが、やっぱり最後まで乗れなかったので戸川は一次会で帰ることにした。

「俺も」

 すると、竹山も手をあげて「またいつか」と言った。

「え~。じゃあまあいいや、残った俺たちで楽しみましょ!」

 団体が居なくなった後、戸川は意を決して竹山に話しかけた。

「『おおかみこどもの雨と雪』、確かに細田監督初の脚本だけど、奥寺佐渡子さんもちゃんと携わっているみたいだから大丈夫じゃない?」

 竹山は一瞬目を丸くして、口元を綻ばせた。

「でもあんなケモナーショタの”性癖”みたいな作品、般ウケするとは思えないし、一般ウケしてほしくもないな」

「なんだケモナーか」

「違いやい!」

 戸川と竹山は顔を見合わせて、ぎゃははと笑った。

 駅までの数百メートル、二人は並んで歩く。

「竹山が食らってたあの質問、マジで質悪かったよな」

「あー、一番好きな映画ってやつ?」

「そうそう。お前、『インセプション』って言いかけただろ」

「バレたか」

 『インセプション』は、レオナルドディカプリオが主演を務めるSFアクション映画であり、かなり話題になった作品ではあった。

 ではあったが、あの場でそう回答しても「知らない」と言われる可能性も十分高い映画だった。

「俺、インセプションの監督が好きなんだよね」

「あー、クリストファーノーラン?」

「そうそう。『ダークナイト』とか観たか?」

「もちろんだぜ。でも、俺ノーラン作品で一番好きなのは『メメント』なんだよな」

「うっわー! 俺も好き。めちゃくちゃ好き。マジか。大学の知り合いにそこまで観てるやつなかなかいねえんだよなあ。ネットの掲示板とかではよく見るんだけど」

「本当か? 結構平凡な趣味だと思ってるんだけど。ほら、映画研究会的なとこ行けば普通に観てるやついっぱいいるだろ」

「……あんな、映画よりも映画を観ている自分が好きそうなしゃらくせえ団体に?」

「待て待て待て! いろいろ危ない発言なんだけどなにより”しゃらくせえ”ってリアルで言うやつ初めて見たわ」

 戸川がそう突っ込むと竹山はスマホを操作してSNSの画面を開いた。

「これ、その映画研究会のSNSアカウント」

 画像には、DVDのパッケージとコーヒーの入ったマグカップが写っており、「この映画と同じ時代に生まれてよかった」という文章が添えられていた。

「しゃ、しゃらくせえ!!」

「だろ?」

「なんなんだよそのコーヒーカップは」

 二人は再び顔を見合わせて、笑った。

 駅に着く。

「俺こっちだわ」

 戸川が右を指さすと、竹山は反対側を指さした。

「今日は基本的に最悪の一日だったけど、戸川に会えたことだけはよかったかもしれねえ」

「なんだなんだ、最終回か? まあ、俺も同意見」

「そうだ、せっかくだし連絡先交換しないか?」

「……俺まだスマホじゃないけどいいか」

「うっそ、マジか。スマホ悪くないぞ」

「まじかー、お前がそう言うなら近いうちに変えようかな。あっ、近いうちで思い出した」

「変な思い出し方だなあ」

「今度、『アベンジャーズ』って映画が公開されるんだけど」

 それは後に一時代を築く、アメコミヒーローが一本の映画に集結するお祭り映画である。

「何作か予習が必要なんだけど、一緒に観に行かねえか?」

 戸川がそう提案すると、竹山は笑って言った。

「もちろん全部予習済みだよ。いいね、行こう」


 それをきっかけに二人はちょくちょく出かけることとなり。

 いつしか暇さえあれば連絡を取り合い、映画や漫画をお勧めし合うように。

 そして、大学を卒業する頃にこんな約束を交わすようにまでなった。


「なあ、もうすぐ社会人だけどさ。もし俺が社会の闇に飲まれて、こんな風にエンタメに触れることができなくなっちゃったらさ」

 戸川が言うと、竹山は大きく頷いた。

「ああ、そん時は俺がお前のことを殺すよ。エンタメを楽しめなくなった人生に意味なんてないもんな。その代わり俺がエンタメを楽しむことができなくなってたらその時は、一思いに殺してくれ」


 そんな社会人一年目。彼らは待望のクリストファーノーラン監督の新作、『インターステラー』を一緒に観に行った。

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