第21話 第1日目の終業

ゆっこちゃんは元のゆっこちゃんに戻ったかと思ったけど、なんか少しまだへんだ。


「あ、2人とも、ヤッホー、あたし変わったー?」


出し抜けにそれなので、すごくゆっこちゃんらしくもあるけど、ずっとそればかりを繰り返すのでなんだか心配。まさかこれもAIによる仕業なのだろうか。


ボクらが既視感を使い果たしているとそこへ祭山田さんがやってきて、「そうよそのとおりよ」と教えてくた。


「このコはまだAI催眠から脱していないわ。おそらくは彼女の変身願望をついたのね……。AIはどんな人間の心の隙も見逃さないのよ。だからうちの工場の従業員もヘッドハンティング名目で引き抜いていったりもするわ。ここの弱体化が狙いね」


「ゆっこちゃんを元に戻してください」


「ええ、いいわ」


祭山田さんはゆっこちゃんの目の前に立つと、『人間メトロノーム』という一見すると宴会芸風の動きをしてゆっこちゃんをとき放ってくれた。この動きができるようになるまでに祭山田さんは10年かかったんだそうだ。


ゆっこちゃんはブルブルっと首を小刻みに振って、お目めがぱっちりとなってこっちの世界に帰ってきた。焦点もしっかりボクらに合っている。


今度こそもとのゆっこちゃんに戻った。


「なに、ここ?工場!?なんで?あたしがここに?」


ひととおり何かの国のアリスになったあとで、いろいろ思い出してもらってみると、お昼過ぎくらいにAIノラを道ばたで見つけて、あとについていきながら、そのしっぽを見ていたらこうなったらしい。


たしかにこのごろ街ではAIノラをよく見かける。AIノラはとても自立心がつよい。AIだから。


たまに『家AI』になってなついたという話も聞くけど、その家はだいたいしばらくして空き家になるという都市伝説のようなうわさも耳にする。


ゆっこちゃんにこの工場のことやボクらがここにいる経緯などを話していうるうちにゆっこちゃんも落ち着いてきたようだ。


猿元さんにかけあって、ゆっこちゃんもこの工場に採用してもらえた。


「今日はもうこれくらいでいいわ」


祭山田さんはすっかり集中力が切れちゃったみたいだ。


「ありがとうございましたー」とボクらは声を揃えて、おじぎした。とても勉強になった。


「いい?」と祭山田さんは照れくさそうに長い前髪をいじったあとで、「よく覚えておいて、人の数だけ価値観があって人の数だけひとがいるの」とお言葉をくれた。


「ハーイ」


返事だけは一人前だなと誰かが言うと思った。


猿元さんがシメに雑炊食べるみたいな顔でそれに加言した。


「人間が人間らしい創造物を求めだしているんだろうね……。それもほとんど飢我的にね」


ボクらはおなかがすいていた。


他の作業員さんたちが「おつかれ」の意味でパラパラとした拍手をくれた。祭山田さんは結局最後まで前髪を上げなかった。


── いい?あたしたちは圧倒的に供給する側なのよ。


彼女の横顔にそんな無言のメッセージを見た。


こうして第1日目は終わった。


『おうちに帰るまでが供給です』


ケイイチがふざけてそう言った。


ここの終業のチャイムは学校のといっしょで、それを聞いたとき、改めてこの工場の広さに気づいた。


社会科見学のおみやげは、もちろん揚げパンランドセルだった。

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