第7話 生き残った工場

“はじめに言葉ありき”と聖書にあるように、面接はことばで始まった。事務的な猿元さんの言葉だ。


「ええと、2人とも小学4年生ということで……、履歴書に書ける内容はまだ少ないだろうから今回はいいとして……」とテーブルの上の採用マニュアル書をぺらぺらめくって、そこで顔を上げ、「では、君たちが今までに何か感情を込めて壊した物があったら挙げてみてほしいんだけど」と、きた。参考までにきくのだそうだ。


「壊した……  ものですか……?」


──工場って  つくる  ところなのに……。


横のケイイチがボクにだけわかる口の動かしかたで「お・化・け」と、くれた。


やはりこの工場は『背筋が凍るなにか』を大量につくっているんだ。


真実が肌に近づくとこんなにも足が震えるものなのか。


たとえば、きもだめしで、おどかす側でひとりで待っているときもけっこう怖いのといっしょで、お化けの生産者側的な恐怖を先取りして感じているかのようだ。


それはケイイチの横顔を見ても同じみたいだった。


そんな強ばった表情のボクらを見て、猿元さんにメガネの下のところがほっぺにあたるくらいにさせて「アハハハハ、子供たちから、ここがお化け工場と呼ばれているのは知っているよ」と、ソファの背もたれに大きく背中をつけながら言った。


ならばボクらは尋ねるしかなかった。


「ほ、ほんとうにお化けをつくっているんですか?」


前のめりなボクら。もしもここが自分の家だったら緊張でおちんちんを握ってしまっている展開だ。


「うーむ」と腕組みに移行した猿元さん。そして……「実はそうなんだ……」が、きた!


──きたーっ。


この事実は誰と誰と誰に話して、誰と誰と誰には秘密にするかということが瞬時に脳内を駆けめぐった。


──だがしかし、そのあとに猿元さんはつづけて言った。


「……と、言って喜ばしてあげたいところだが、アハハハハ、もちろん違うんだ。お化けなんてつくってないよ」


なーんだ、とボクらは一般的な小学4年生がするがっかりのしかたでがっかりした。


今度は猿元さんが前のめりになって言った。


「でも、ある意味ではこの工場はお化け工場なのかもしれない……」


さらにつづける。


「まあ、『生き残った』という意味でのお化けだな。知ってのとおり世の中のシゴトというシゴトはことごとくAIに持って行かれていて、もちろん、あらゆる生産工場もその大波を免れえず、AI管理での完全無人工場が主流となってしまった。その厳しい状況の中でも我が工場だけは完全自動化・無人化とは無縁で生き残ったという点でお化けなのだ。そういうことができない分野だからなのだが……」


「人がすべてやっているんですか?」という質問は2人で譲り合った結果ボクがした。


『しおり』には大事なことはメモしましょうとあった。


頭にたたき込める量も範囲もAIの影響で年々減っていた。


「そうですよ。すべてひとが行っています。だからこの工場は現代の生産神話と言われているのです」


ことここにいたって猿元さんは急に神との合一ごういつみたくなって、丁寧な口調になった。


「へえ、そうなんですかぁ」


どっちにしろお化けはつくっていないということが、ボクらのこの工場に対する神話性をやや損ねてはいた。


『幽霊の  正体みたり  かれぴっぴ』


ここに、お化けは何かのつゆと消えた。


でもたしかに、この頃はAIに押される形でサラリーマンは『去るリーマン』と言われ絶滅寸前となってしまったわけで、だから、学校でも授業では『余暇の使い方』をたくさん学ぶし、社会科見学のときも、人間がいかに働く必要がないかを確認する目的で行うことが多かった。


生き残った工場……。人にしかできない……。


なんだかお化けよりもよくわからないものの存在がここにはあるみたいだ。


部屋の隅のウォーターサーバーの水がドクンッとクラゲみたいな気泡を生んだ。


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