第6話 下準備

 復讐を果たすまで道のりは厳しい。


 計画を誰にも悟らせてはならない。

 恋人関係を解消させてはならない。

 猿司に逃げ道を与えてはならない。


 一つでも違えば失敗だが、これは時間との勝負でもある。

 悠長に構えてはいられない。

 だが焦りは禁物だ。

 一つ一つ確実に仕掛けを施していこう。




 大学構内の廊下。

 ここで一芝居うつことにしよう。


「あ、やべ!」


 大量に持っていたプリントを盛大に床にぶちまける。

 その内の数枚がとある女子学生に前に落ちた。


「何やってんの…………ほら」


 女子学生は足元に落ちたプリントを拾い、俺の元まで届けてくれた。

 女子学生の名前は山下凛。俺と同じ二年生だ。

 彼女こそ俺が今日ここで接触したかった人物。


「わり、ありがとう。助かった」


 偶然に見せかけた意図的な出会い。

 プリントを回収し終えた俺は礼を言って立ち去ろうとする。

 もしこのまま反応がなければこちらからアクションするつもりだが


「ねぇ、あんたが高梨?」


 どうやらその必要はなかったようだ。


「そうだけど……」


「じゃあ、七川と付き合ってるんだ?」


「付き合っているが、それがどうかしたのか?」


「別に……アイツと付き合ってる男がどんな奴なのか気になっただけ」


 山下は彩乃とは高校の頃からの付き合いらしい。

 犬猿の仲らしいが。


「七川と付き合ってどう?」


「どうって……良い彼女だなって思ってる」


「ふーん……」


 聞いといて興味なさそうな反応するな。


「俺にはもったいないぐらいだ。だから隣にいれるようにこれからも頑張っていくつもりだ」


「いい彼氏じゃん。でも七川は高梨のこと愚痴ってるよ? そのことに関しては?」


「どんなカップルも付き合っていけば不満も生まれる。特にめずらしい話でもないだろ」


「まぁ、そうだねー。でもさ、七川が裏で何を言ってるか、高梨は一つでも知ってんの? 善人みたいなこと言ってるけど高梨は何も知らないだけじゃん。実際に陰口叩かれてる現場を見ても同じこと言える?」


 知らない方が幸せなこともある。

 その典型例かもしれないな。


「悪いことな言わない、七川とは別れた方がいいよ? 高梨ってクール系のイケメンだし、あんなプライド高い女よりもっといい子と付き合えると思う……なんだったらわたしが付き合ってあげようか」


 本気で言ってるようには思えない。

 揺さぶって俺の反応を楽しみたいのだろう。


「彩乃と別れるつもりはない。あと、これ以上は彼女の悪口を言われたくはないな」


 反撃とばかりに、俺は釘を刺すように言った。


「ごめん、ごめん。二人があまりにもラブラブカップルだから嫉妬しちゃった」


 笑顔を浮かべながら、山下はひらりと躱す。

 言葉の真意はどうであれ、俺にも事を荒立てるつもりはない。

 それはまだとっておいてもらいたいとこだ。


「じゃ、またね高梨。今度はプリントぶちまけんなよ?」


「ああ」


 俺のわきをすり抜けて山下は去っていった。

 この会話の中身も、言葉も真意も、さして意味はない。

 それは過程。

 俺が知りたかったのは、山下がどういう人間なのか。

 咄嗟の判断。

 自然な表情と所作の演技。

 物怖じしない強気な性格。

 少し威圧しても山下の態度は微塵も変化しなかった。

 そればかりか、あっさりと引き下がっていった。


「あれなら放っておいても問題ないか……」




 ◆◇◆◇




 男装は想像以上にうまくいった。

 手を貸してくれた島崎芽衣も絶賛してくれたし、目立たない地味系な男子になれているのは証明できた。

 これで『下準備①』は終わった。

 次は『下準備②』

 私は大学で一緒のグループ——有紗、芽衣、花耶、蓮と学食でいつも通り昼食を取っていた。

 二回席の窓際。そこが私達の定位置になっている。


「旅行の計画はこれでいいね。やばー! ちょー楽しみー!」


 旅行の具体的な日程を入れて想像が働いたのかな。

 目をキラキラさせながらテンションが上がっている様子の芽衣。


「私も楽しみ。温泉とか行くの何年ぶりだろう」


 そんな芽衣を見て、有紗もつられたように笑っている。


「なんだかんだで、五人で旅行に行くのも初めてじゃない?」


「それそれ! アタシもそれ思ってたんだよねー」


 芽衣、だいぶ興奮してる。

 すごい勢いで食いついてきた。


(あ……)


 私はそれを視界に捉えた。

 遠目に階段を登ってきたのを見ただけだけど、目的の人物が来たのだと分かる。

 その人物は友達二人と談笑しながら真っ直ぐこちらに歩いてきた。


「あ、お疲れ様です。先輩方」


 挨拶をしてきたのは早盛だ。

 続くように友達二人……たしか三上圭太と佐々木優だったかな……も「お疲れ様です」と挨拶してきた。


「猿司くんもお疲れ様。三上くんと佐々木くんも」


 真っ先に反応したのはやはり有紗だった。

 早盛達は空いていた隣の席に腰を下ろすと、和気藹々と昼食を取り始める。

 三人とも日替わりメニューのようだ。


 有紗と早盛が付き合いだして、ほぼ毎日のように見る光景。

 有紗もせめて週一と提案していたけど、彼女の性格上あまり強くも言えず、私達も慣れてしまったから、もうこれが当たり前のようになっている。


 煩わしく思ってたけど、今となってはこの状況に非常に助けられていた。

 私はさりげなく、早盛の姿をチェックする。

 髪型、服装、靴、鞄、食事の動作……

 必要な情報を得たあとは今日はもう二度と視界にいれない。いれたくない。


『下準備②』——尾行に必要な情報収集。

 目的は尾行する対象者の特徴の把握にある。

 見た目はもちろん、歩き方や癖を把握することで見失った場合でも早く見つける可能性が高まるからだ。

 歩くときはガニ股か? 猫背か? 縦横の揺れは? 重心は? 踵は擦っているか?

 歩き一つに焦点を合わせても情報はたくさんある。

 特に身長や体格などは体感しておくに限る。

 学食でこうして有紗目当てに隣の席に来てくれるおかげで、遠目でも早盛だと分かるようになった。


 一つの事実として、私はこの大学では有名人だ。

 桜大のミスコンで二年連続優勝した私を知らない人の方が少ないだろう。

 だから目立たない為に芽衣から男装を教わって、動作も男性に近づけた。

 結果、私は目立たない一般男性に変貌した。

 みんなに内緒で男装しながら大学を徘徊したけど、高梨ですら私に気付いていなかったから問題はないはず。


 もちろんこれらは尾行する上で最低限度の準備。

 成功確率は低く、尾行が成功する保証はないし、二、三回で成功するなんて楽観視もしていない。

 私が想定していないような状況にも陥るかも……


(慎重に、でも大胆に、かつ自然に……)

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