第7話 尾行と新たな協力者
(そろそろかな……)
自分の男装姿を手鏡で確認して、桜大の正門前で一つ息を吐く。
先日、高梨から連絡がきた。
早盛と七川さんが会う可能性が高い……と。
スマホを取り出して時間を確認すると、そろそろ四限が終わる時間になろうとしていた。
すると、スマホが鳴る。
「もしもし、タカシさん?」
『お疲れ様です、ハルトさん。今授業が終わりました。正門から行きますね』
「分かりました」
電話の相手はタカシこと、高梨だ。
会話の内容ではなく、必要な情報だけ汲み取る。『授業が終わった』『正門から来る』
この場合、正門から現れるのは高梨じゃなく早盛のことを意味している。
私と高梨は直接会う以外、外でのやり取りにいくつかに制限を設けている。
自分、他人を問わず本名を言わない。
お互いに敬語を使う。
文字でのやり取りは行わない。
通話は五分以内に済ませる。
一見制限が多いように思えるけど、要は情報交換にスマホを可能な限り介さないということ。
さっきのようにリアルタイムな情報が必要なときは別だけど。
(来た……)
ほどなくして、校舎から早盛が出てきた。
(へぇー、今日は一人なんだ……)
いつもは周りにお仲間を侍らせているのに、早盛は一人で現れた。
気まぐれか、偶然か。
それとも誰か一緒にいられると不都合があるのか……
早盛が向かったのは桜大の最寄駅。
既に形成されている列の一つに早盛が並び、その手前の列に私が並ぶ。
さすがに見える範囲に七川さんの姿はない。
乗る車両は分けてるのか、そもそも乗る時間から違うのかは不明だけど。
やがて時間通りに電車が来て、私と早盛は一緒の車両に乗った。
幸いにも電車はそこまで混んでいない。
桜大の最寄駅から一駅……二駅……三駅……
(さすが近くの駅じゃ降りないか……)
早盛と七川さんが一人暮らししているのは桜大近くのアパート。
とは言っても、浮気に自分の部屋を使うとは考えられない。
周りに学生の目が多いし、あまりにもリスクが高い。
もし部屋に連れ込んで堂々とおっぱじめてくれたなら、私達も楽だったんだけど。
(わざわざこんな駅にねぇ……)
電車を降り、地下鉄に乗り換えて更に数駅。
エスカレーターを使って地上に出ると、そこで早盛はこちらが危惧していた行動をとる。
(最悪ね……)
早盛がロータリーに停まっているタクシーに乗る。
私は勘付かれないように適当に歩きながら、タクシーを観察した。
(南口から直進……その先の信号も直進……)
そこで、早盛が乗ったタクシーは視界から消えた。
(まぁ、初回にしては上々ね)
私はスマホを取り出して電話をかける。
「もしもしタカシさん? 今、——駅にいるんですけど、どこにいるんですか?」
『了解です。お疲れ様でした』
高梨からの労いの言葉と同時に電話が切れる。
『——駅』はそのまま。『どこにいるんですか』で失敗したことを伝える。
情報は渡したから今回はこれで終わり。
予め決めていたこととは言え、この会話方法は少し面倒に思える。
暗号なんて大そうなものじゃないけど、念には念を入れて……ということで行なっている。
(まぁ、バレる可能性は徹底的に潰した方がいいわね……)
◆◇◆◇
その後も白石先輩は数回の尾行を行なってくれた。
だが、証拠の入手には至ってない。
猿司と彩乃は毎日浮気しているわけでもないし、こちらも普段通りに過ごさなくてはならない。
白石先輩は大学で藍沢先輩と普段から一緒にいるから特にだ。
友達関係、バイト、課題。
白石先輩一人で手が回らないのは明らか。
その対策として、白石先輩が信用できると判断した人物に協力してもらうことにした。
その人物とは——
「やっほー、高梨くーん! アタシが遥香が言ってた島崎芽衣ね! よろしく!」
商業施設の立体駐車場に停めた俺の車の後部座席に、二人の先輩が乗り込んでくる。
一人は白石先輩。
もう一人は豪奢な金髪を腰まで伸ばした、少しギャル感が強い先輩だった。
「高梨翔です。島崎先輩が協力者ってことでいいんですよね?」
「そうよ。尾行にも何回か協力してもらったわ。ちなみに男装の手ほどきをしてくれたのも芽衣よ」
「尾行は成果なしだけどね! ごめん!」
「いえ、協力していただいているだけでありがたいです」
どうやら島崎先輩は距離感が近い人らしい。
俺は先輩二人から尾行の進捗状況を聞いた。
「日によって行く駅が違う?」
「そうなの。でもまったくってわけじゃないよ? アタシが思うに、予め複数の駅に目星を付けてあって、そこをランダムに選んでるって感じかなー。規則性を持たせると特定されやすいし」
彩乃やつ、意外と考えてるな。
「毎回じゃないけど、タクシーを使ってるのも最悪だね。さすがに車での尾行は事故る可能性が高いからできないし、その駅で降りても使ってるラブホは隣駅の可能性だってあるし……もう、最悪!」
うがあっ、と島崎先輩が隣に座る白石先輩の膝上に突っ伏す。
拒否することなく膝上にある島崎先輩の頭を撫でながら、白石先輩が説明を引き継ぐ。
「でも行動範囲はだいぶ絞れたわ。私も芽衣も尾行には慣れてきたし、次で決めたいと思うの」
強気の発言。
当然、根拠のないものではないだろう。
「実は十月ラストの土日に、私が普段いるグループのみんなで温泉旅行に行くことになってるの。当然……有紗も一緒よ」
「ストレスフリーの陽動作戦ってことですか?」
「そういうこと。話が早くて助かるわ」
例えば、有紗先輩が旅行に行き、同日に俺が実家に帰るとする。
猿司からすれば嬉しい限りだろう。
なんせ気に掛けるべき人物が二人同時に消えてくるのだ。
彩乃も多少は罪悪感から解放されて、猿司と密会する可能性が高まる。
ストレスフリーとなれば警戒は緩み、行動は大胆になる。
このタイミングで尾行調査に入れば、成功確率も格段に上がるはずだ。
「早盛と七川が確実に密会するわけじゃない……ってのが、なんとも言えないけどねー」
島崎先輩の懸念はもっともだが……
「猿司と彩乃は会いますよ」
「言い切るじゃん。どうしてそう思うの?」
「俺は猿司と彩乃がどういう奴なのかよく知ってます。この貴重な機会を二人が逃すはずがないんです」
「ふーん。高梨くんだから分かるってやつか」
「あまり信用できませんか?」
「アタシに判断はできないかなー。でも……」
島崎先輩は白石先輩を一瞥する。
「遥香が疑ってないなら、アタシが疑う理由もないっしょ!」
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