第5話 眠り姫
映画はかなり面白かった。
真っ直ぐな主人公と余命を宣告された彼女が織りなす感動的なストーリー。
真実の愛とは……永遠の愛とは……明確な答えはないが、それでも主人公とヒロインは自分達の愛を最後まで貫いていた。
スタッフロールが流れると、俺と彩乃は劇場内をすぐ立ち去った。
俺も彩乃も本来なら最後まで観るのだが、猿司と藍沢先輩のこともあるので断念する。
「うー、泣いたー」
隣を見れば、彩乃の目元が僅かに赤くなっている。
「トイレに行くか?」
「うん、そうする。すぐ戻ってくるから」
彩乃が小走りでトイレに駆け込む。
その様子を見送った後、俺は壁に寄りかかってポケットからスマホを取り出す。
時刻は十八時になる少し前。
少し早いが腹も減ってきたので予定通り夕食を取ろう。
俺が頭の中で今後のことをシュミレーションしてしばらくすると、彩乃がトイレから帰ってきた。
「お待たせ。行こ」
「おう」
夕食後。
外はすっかり暗くなっていた。
適当に駄弁りながら、俺は彩乃をアパートに送り届ける。
「ねぇ、翔」
「なんだ?」
「もしよかったらさ……今日、あたしの家に泊まらない?」
そろそろ解散、という空気の中。
彩乃が唐突に提案してきた。
男脳で勝手に妄想が広がっていくが、彩乃の顔を見るに見当違いでもなさそうだ。
「すまない。明日は朝早くから予定があるんだ」
「そっか……」
残念そうに彩乃が顔を伏せる。
女性に恥をかかせてしまうことになるが仕方ない。
「そんな顔するな」
俺が手を取ると、彩乃は驚いたようにこちらを向いた。
そのタイミングを逃さず、俺は彩乃の唇を奪う。
その瞬間、ビクッ、と彩乃の肩が驚いたように跳び上がった。
「お詫び……にもならないが、これで満足してくれると助かる」
「ますます我慢できなくなるんだけど……」
名残り惜しそうな視線で射抜かれる。
どうやら選択を間違えたらしい。
「でもいい。許してあげる」
と思ったが、意外にも寛容な言葉が返ってくる。
「ただし! もう一回キスしてくれたらね!」
彩乃はそう言うと、目を閉じて受け入れの態勢をとった。
可愛いらしい条件だ。
俺は片手で彩乃の腰を引き寄せ、もう片方の手で顔を支えて、再びキスを落とす。
少し長めの小鳥がついばむようなキス。
しばらくして唇を離せば、彩乃は照れ臭さそうに微笑んだ。
そして次の瞬間には彩乃は満足そうに「また学校でね」と言って自分の部屋へと向かっていった。
実を言うと、明日の早朝に予定はない。
なんなら暇だ。
本当に予定があるのは今日。彩乃とのデートの後だ。
俺は電車とバスを乗り継いで、とある病院に向かう。
エレベーターで上階へ行き、廊下を歩いて目的地の病室へ。
扉を三回ノックして開けると、どうやら先客がいたようだ。
「あら、高梨くん。今日も来てくれたの?」
どことなく誰かを連想させる先客の女性は、俺を確認すると優しく微笑んでくれた。
「これぐらいしかできませんから……どうですか、容体は」
「見ての通りよ。まったく、いつまで寝てるつもりなのかしらね」
先客の女性はそう言うと、ベッドに寝ている人物を見やる。
綺麗な黒髪が広がり腕にはいくつかの管が繋がっているものの、相変わらず綺麗な寝顔で眠っている。
「その花は?」
以前には無かったはずの、瓶に入った綺麗な一輪の花。
「綺麗でしょう? 実は一時間くらい前に遥香ちゃんが来てくれてね。その時に持ってきてくれたのよ」
遥香ちゃん……白石先輩のことか。
どうやら俺が彩乃とデートしている最中にここに訪ねてきたようだ。
「すみません、手ぶらで」
「いいのよ、いいのよ。気にしないで。こうして来てくれるだけで嬉しいんだから」
白石先輩が持ってきた花は勿忘草。
花言葉は『私を忘れないで』『真実の愛』
この病室の眠り姫が好きだと言っていた花だ。
「それじゃ、俺はそろそろ。あまり長居するのも良くないので」
「ええ。ありがとね」
俺は一礼して、病室を後にする。
そして何気なく、名前のプレートを見た。
(もう一年以上か……)
プレートには変わらず
——橋本明里
の名前が刻まれている。
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