第3話 異常と答え合わせ

 私はカラオケ店で高梨と別れた後、真っ直ぐ自分の家に帰った。


 服がシワになるのも厭わず、ベッドにダイブして枕に顔を埋める。

 思い出すのは、一つ下の後輩とのやり取り。

 さっきから、妙に気分が高揚して仕方ない。


 けど許してほしい。

 なんせ、ようやく巡ってきたチャンスなんだから。


 私は少しだけ顔をずらして、机の上に置かれている写真立てを見る。

 私の親友で……高梨の彼女だった橋本明里とのツーショット写真。

 二人ともまだ制服を着ていて、満面の笑みでピースをしている。


 けど、どうしてだろう。

 年齢が違うだけの同一人物のはずなのに、写真に映る自分の笑顔がすごく輝いて見えた。


 いや、理由なんて本当は分かっている。

 ただこの時ほど、うまく笑えなくなってしまっただけ……


(高梨も一緒なのかな……)


 高梨は自分が異常であると理解しているんだろうか……


 自分の恋人が浮気していたら、普通はどうする?

 まず動揺して……落ち着いた頃に怒りと悲しみに蝕まれて……苦しさから逃れる為に誰かに話を聞いてもらって……その後の行動は人によるだろうが、簡単に人は信じられなくなるはずだ。


 それなのに、高梨はどうだ?

 頭にあるのは早盛への復讐だけで、自分の彼女である七川さんへ向けられるべき感情が綺麗さっぱり消えてしまっている。


 浮気が発覚して時間が経っているから?

 それとも気丈に振る舞っているだけ?


 ううん、あれはそんなんじゃない。

 その確信がある。


 脳裏に思い浮かぶのは、夕日が差し込むとある病室での風景……今にも壊れてしまいそうな顔をした高梨が、ベッドで眠る人物の手を握っている……


(同類、か……言い得て妙ね……)




 ◆◇◆◇




 白石先輩と話した翌日。桜崎大学構内。

 幼馴染への復讐を誓った俺だが、何かを変えるようなことはせず、いつも通りの学生生活を送っている。


 彩乃を詮索するようなこともしない。

 俺はこれまで通り、彩乃のことが好きな彼氏でいる。


 とは言っても、必要な処置はするが……


「おう、翔じゃねーか」


「猿司……お前も授業か?」


 階段を上がりながら声を掛けてきた、豪奢な金髪を生やした男。

 この男こそ、俺の幼馴染であり復讐の対象ターゲット——早盛猿司だ。


「ちっげーよ。バカなお前と一緒にするな」


「一緒の大学に通う時点でそんな大差ないだろう」


「おいおい、本気で言ってのか? だったら随分と差がついたなぁ……ま、元から埋められねー差があったけど」


 侮蔑の表情を浮かべながら猿司が笑う。

 これもいつも通りだ。

 猿司の自尊心を満たすのは中学や高校の頃から俺の役目。

 彼女を寝取られようと、復讐を誓おうと、そこは変えない。


「猿司くん……!」


「お、来た。お疲れ、有紗」


「うん、猿司くんも」


 猿司の背後から、優しげな笑顔を浮かべながら駆け寄ってきたのは藍沢有紗。

 桜崎大学の三年生で……猿司の彼女だ。

 肩あたりまで伸ばした赤茶げた髪。俺や猿司より年齢は一つ上だが、顔はだいぶ幼く、可愛いらしい。身長も平均よりやや小さめなのも相まって、小動物のような印象を受ける。白石先輩が言うには、本人はそのことを気にしているらしいが……



「あっ……ごめんね、話したよね……!」


 猿司と重なって見えなかったのだろう。

 藍沢先輩が申し訳なさそうにしながら俺に頭を下げた。


「あ、いや——」


「有紗が頭を下げる必要ねーって! それより早く行こうぜ、俺もう腹減っちまったし」


「う、うん……」


 猿司が藍沢先輩の手を掴んで歩き出す。

 少し強引なようにも見えるが、あれぐらいが丁度いいのかもしれない。

 話の内容からして、これから二人で何かを食べに行くのだろう。


(それにしても……)


 藍沢先輩がきた時、疑うことを知らないような、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 あの反応からして、猿司が彩乃と関係を持っているのは知らないようだ。


(それなら好都合だ)


 俺は遠ざかっていく二人の背中を見つめる。


 あれは——俺がこれから壊そうとしているモノ。


 今日この出来事は、それを改めて認識するいい機会だったのかもしれない。




 授業が終わった後、俺は構内のベンチに座りながらスマホで連絡を取りあっていた。

 相手は彩乃。


『明日は十六時に駅前集合な』


『オッケー! 遅刻しないでよー?』


『コッチの台詞だ』


 これも何回目だろうか。

 デートをする前、毎回似たようなやり取りをしているはずなのに、懲りずに今回も同じようなことをしている。

 前は、このやり取りも微笑ましく思ってたんだけどな……


「お、高梨発見! 昨日ぶりだね!」


 突然の声。

 スマホから顔を上げて、声のした方を見る。

 そこには一人の男子学生が立っていた……が、昨日ぶりと言われたものの、見覚えのない顔だった。


「えっと……すまないが、誰だ?」


「え、僕のこと忘れちゃったの!? ひどいよ、高梨!」


「す、すまん……けど本当に思い出せないんだ……」


 俺は必死に自分を辿るが、昨日会ったのは白石先輩だけ。

 だがこれは誰も知らないはず——


「せーかーい!」


 当然、男子学生がそんなことを言い


「今、私のこと考えてたでしょ? 高梨にバレないなら、変装は完璧なようね」


 さっきまでの口調とトーンが変化する。

 その声を聞いて、ようやく俺は一つの心当たりを見つけた。


「もしかして……白石先輩……ですか?」


「そうよ。昨日ぶりね、高梨」


「頭がこんがらがりましたよ……それが昨日言ってた、俺には出来ないこと……ですか?」


「びっくりした?」


「完全に予想外でした。まるで別人じゃないですか」


「友達にコスプレが好きな子がいてね、その子に指導してもらったの」


「へぇ……これコスプレの技術なんですね」


「コスプレって、ただアニメのキャラと同じ服を着るだけじゃないの。メイクや所作、体型も大きく関わってて……ほら、今の私、胸全然ないでしょ?」


 白石先輩が胸を張る。

 いつもは主張が激しい胸も、今はそのなりを潜めていた。

 どこから見ても男のそれだ。


「……ぺったんこですね」


「なんか、ちょっと含みのある言い方ね……これは特殊な下着を着ているからこうなってるの。普段はもっとあるから」


 怒っているのだろうか。

 少し早口になっている。


「あと、顔も全然違うでしょ?」


「マジで別人ですね……」


 化粧って怖い……

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