第2話 協力者

 俺の幼馴染の早盛猿司は、一言で言えば自信家だ。

 勉強はそこそこだが、容姿も身体能力も他人にはないものを持っている。


 そして猿司には彼女がいる。

 名を藍沢有紗。

 白石先輩と同級生で、桜崎大学の中でも屈指の美女。俺は話したことはないが、温和で優しい性格をしているらしい。


 だが、彼女は自分の彼氏が浮気していることを知らない。


 普通なら浮気された者同士で手を組んで、浮気した二人に引導を渡すものだが、俺はあえて第三者の白石先輩を選んだ。


「早盛の奴……ッ」


 憎悪の感情を全身から溢れさせている白石先輩。

 それを見て、やはり誘ったのは間違いじゃなかったと確信した。

 俺と同じように、白石先輩も——猿司を憎んでいる。


「証拠はあるの? 高梨の彼女と早盛が浮気してる」


「写真ならいくつかあります」


 俺はスマホのロックを解除し、彩乃と猿司のSNSのやり取りを写真で撮ったものを見せた。

 初めて浮気を知った日から最近あったやり取りまである。

 なにも彩乃と猿司は毎日浮気しているわけではない。

 だが、それを加味しても


「随分と少ないわね」


「これでも頑張ったんですが……」


「ま、今はいいわ。二人が浮気をしてるって信じることにする」


 白石は俺のスマホから顔を上げ、気持ちを落ち着かせるように一つ息を吐いた。


「ひとまず目的を整理しましょう。復讐って言ったわよね?」


「はい」


「聞くまでもないと思うけど、それは誰に対して?」


「早盛猿司です」


「そう……なら、七川さんはどうするの?」


「もちろん彩乃も対象です。ですが、第一は猿司です。彩乃はどちらかといえば、この復讐を果たすためのツールとしての意味合いの方が高いです」


「ふーん……」


 白石先輩は、しばらく俺を値踏みするように見つめ


「この話が高梨の口から聞けて良かった。他の人だったら一蹴してたわ」


「俺だと信用できますか?」


「少なくとも、赤の他人よりはよっぽどね。この憎悪きもちは、私と高梨の共通点だもの」


「……そうですね」


 あの忌まわしい記憶は今も鮮明に思い出せる。

 それはおそらく白石先輩も同じで、身を焦がす憎悪を忘れるわけがない。

 この共通点は、復讐を成し遂げる上で大事な要素。

 その点で言えば、誰よりも白石先輩は信用できる。


「どうします? 手を組みますか?」


「…………」


 これは賭けだ。

 白石先輩が協力者となるかどうかで、この復讐を果たせる可能性が大きく変わる。

 一見こちらにとって有利な交渉に見えるが、俺自身が白石先輩に目に敵わないのなら意味がない。


 俺が協力者を選ぶように、白石先輩も人を選ぶ。

 想いが強く、復讐したいと願うなら尚更。

 これは誘いと売り込みの両方の意味を持つ。


「いいわ……提案にのる」


「……っ! それじゃ——」


「ただし、条件があるわ」


 俺の言葉を白石先輩が遮る。


「私はやるからには徹底的にやる。たとえこの復讐を果たしたとしても、私はそれで早盛を許す気はないわ。身を破滅させるぐらいの決定的な敗北と屈辱……それを早盛に味あわせる……そのために私は高梨をとことん利用させてもらうわ」


「俺も白石先輩を利用するつもりです。そんなのは条件のうちに入りませんよ」


「そう……ならいいわ。あと、私には変に理屈っぽく言わなくていい。一緒に地獄の底に落ちる人を探してる……そう言えばいいわ。あの子のための復讐なら私も他人事じゃないし……だからこの話を私にしたんでしょ?」


 どうやら、白石先輩にはお見通しだったようだ。


「謝りませんよ?」


「そんなの必要ないわ」


「あともう一つ。この復讐はアイツの為じゃないです。頼まれたわけでもないですし……これは俺の個人的な復讐です」


「私達の——でしょ。地獄にご招待しておいて、除け者なんて酷いわね」


「す、すいません」


「ふふっ、悪いと思うなら、久しぶりに高梨の歌声聞かせてくれない? 一曲だけでいいから」


 悪戯っぽく笑いながら、マイクを渡してくる白石先輩。

 地獄行きの旅に、これほど頼りになる人はいないだろう。




 俺達の復讐。

 その辿りつくべき結果は見えている。

 困難なのは、そこに至るまでの準備と実行。

 あらゆる状況を想定し、シミュレーションすることで、不確定を一つずつ減らしていく必要がある。


「何をするにしても、もっと証拠がないと始まりませんね」


「そうね……この写真だけじゃ全然足りないし……写真はこれで全部なの?」


「これしかありません。彩乃は常にスマホを手放さないですし、これを撮るのにも随分と苦労しました。あと証拠隠滅のためか、早盛とのトーク履歴は全て消しているようです。この写真にあるやり取りも、もう彩乃のスマホには残ってないかと」


「なら、尚更これは貴重な証拠ね。七川さんのスマホごと撮ってるのも得点高いけど……まだ足りないわ」


 写真は確かに貴重な証拠だが、単体ではそれほど効力を成さない。


 その場のノリでやり取りしただけで浮気はしていない。

 機種とアイコンが同じだけの捏造だ。


 そんな風に言われれば、こちらに否定できる材料はないからだ。

 だから、複数の証拠が必要になる。

 写真の効力を上げるためにも、逃げ道を塞ぐためにも。


「証拠集めに確実な方法は探偵に頼むことですが、相場は十万から百万以上なので現実的な話ではないです」


「私達でやるしかないわね……というより、私は自分でやりたいかな」


 白石先輩が俺を流し見る。


「手段なんて選んでる場合じゃないだろって思ってる?」


「まさか。探偵には頼めない。安易に協力者は募れない。なら自分達でやるしかないじゃないですか」


「それなら良かったわ。となると、現実的なのは撮影と尾行あたりかしら。どちらかのアパート……もしくはホテルから出入りする写真……これを撮れれば大きい」


「彩乃と猿司が会うタイミングは俺とのやり取りであらかた推測できます。浮気場所は尾行で突き止めましょう。それで……さっそくお願いなんですが……」


「尾行は私に頼みたいんでしょ?」


「はい……それも猿司に限定してです」


「へぇ……女のことをよく分かってるのね」


 周囲に視線や意識が自分に向けられているかどうか——常日頃から女性は非常に敏感なものだ。

 客観的にも見た目が整ってる彩乃なら尚更。

 これから浮気しようって女が、彼氏の尾行に気付かないはずがない。


「俺がどちらかに尾行してもしバレたら、その時点でこの復讐は詰みです。ですが白石先輩なら言い訳がつきます。あくまで二人が会う前限定ですが」


 気を配るのは猿司と彩乃だけじゃない。

 周りの人間……というよりか、同じ大学に通う学生もだ。

 大学は高校に比べてフィールドが広大な分、人と人の繋がりも把握しづらい。


 もし俺の知らない誰かが猿司と繋がっていて、普段は見ない場所に俺がいるのに気付いたら……?

 その理由を幼馴染の猿司に尋ねたら?

 もしその場所が、彩乃と猿司が浮気していた場所だったら?


 俺が動くのは、非常にリスクが高い。

 だが白石先輩なら、問題は最小限で収まる。

 それに俺と白石先輩は高校でも大学でもほとんど関わったことがない。

 仮に尾行がバレたとしても、俺に繋がる要素はないと言える。


「男の方が詰めが甘いし、尾行するなら早盛の方が良いわね」


 つい最近になって浮気に気付いた俺には耳の痛いところだ。


「そっちの方が無難かと。すみません……尾行は完全にお任せするしか……」


「ただの適材適所よ」


「あと……一つ問題があるんです」


「問題?」


「その……白石先輩は……有名人ですので……」


 主観的にも、客観的にも、白石先輩の美貌は他を圧倒している。

 その証拠に、白石先輩は桜崎大学のミスコンで二年連続優勝という大快挙を成していて、否が応でも有名人だ。

 そんな人物が、人目を忍んで尾行ができるのか……


「ああ、それは問題ないわ。それに、言い訳がつくことを抜きにしても……尾行は私がやった方がいいわ」


「どうしてですか?」


「高梨にはできないことができるからね〜。ま、明日を楽しみにしてて」


 白石先輩が悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 言っている意味は分からないが、この答えは明日には分かるのだろう。

 ひとまず俺がやるべきことは、彩乃と猿司が浮気するタイミングを見極めることだ。

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