もの言わぬ君に捧ぐ
ますく
第1話 発覚
片や、読者モデルを務めるような有名人の先輩。
片や、少し歌が上手いだけの一般高校生の俺。
片思いする分にはいい。
だが、付き合うには、俺はあまりにも不釣り合い。
「好き」
たった二文字。
ありふれたこの二文字が、ずっと口から出てくれなかった。
だからあの時……俺は歌にこの思いを乗せた。
高校の文化祭。軽音部のパフォーマンス。
たくさんの観客がいる前で、俺は……精一杯の心を込めて、ただ先輩の為に歌った。
綺麗事だけじゃない……嫉妬や後悔……醜い自分自身を曝け出した飾らない言葉で。
そして……ステージの上で、俺は確かに見た。
観客席に座る先輩が、涙を流している姿を。
学校の行事には不思議な魔法が掛けられているらしい。
例に漏れず魔法に掛かった俺は、玉砕覚悟で先輩に——橋本明里に告白をした。
アプリを使って、わざわざ「心を込めて歌うから来てほしい」なんて送ったんだ。もう言い逃れなんて出来ない。
いや、しちゃいけない気がした。
「橋本先輩……俺、先輩のことが——」
「待って、高梨」
一世一代の告白を遮られる。
「高梨……私ね……ずっと前から高梨のことが好きだったの。だから……私と付き合ってくれないかな?」
予想外の出来事に身体ごと思考が固まった。
口調はいつも通り。
でも橋本先輩は耳まで顔を真っ赤にさせて俯いていて、いつもの自信に満ちた雰囲気は完全に消えていた。
「た、高梨……?」
俺が固まって答えを言わなかったせいか、橋本先輩が不安そうにこちらを見上げてくる。
「あっ……えっと……俺は……」
「うん」
「……俺もずっと橋本先輩が好きだったから……よろこんで」
なんて、キョドリながら言ってしまった。
本当はもっとカッコつけたかったところだが、今は幸せすぎて、正直それどころじゃない。
身体が熱くて、心臓が爆発しそうだ。
ただ、一つだけ疑問に思った。
どうして橋本先輩が自分から告白してくれたのか。あの状況ならわざわざ橋本先輩から告白しなくても良かったはずなのに。
後から聞いてみれば
……高梨は沢山の勇気を振り絞って、あの歌を歌ってくれたんでしょ? なら、次に勇気を出すべきなのは私じゃん。私は高梨とは対等でいたいし。
また随分と男前なことを言う。
恋人同士になった俺と橋本先輩も、決して順風満帆だったわけじゃない。
些細なことですれ違って、周りを巻き込んだ大喧嘩だってした。
それでも、お互い別れることはなくて……やっぱり好きなんだと、改めて実感するばかり。
でも——もう過去のことだ。
◆◇◆◇
少しずつ肌寒くなってきた中秋の頃。
一人暮らしをしているアパートの一室。
リビングにある机の上に無造作に置かれたスマホを見て、俺は思わず目を見開いた。
なんとなく、そんな気はしていた。
いや、確信はあった。
俺——高梨翔の彼女、七川彩乃が自分のスマホを手放さなくなったあたりから。
『アヤノー、もう終わったかー? 明日は俺とヤんだから、体力余しとけよー」
(浮気……か)
そうとしか思えないメッセージが彩乃のスマホのロック画面に表示されていた。
見たのは偶々。
だがメッセージの送り主には見覚えがある。
早盛猿司。
俺の幼馴染で、同じ桜崎大学の同級生だ。
(またお前か……)
頭が急速に冷え切っていく。
彼女が浮気をしている。
そんな最悪な状況にも関わらず、俺はそこまでショックを感じていなかった。無感情と言っていい。
むしろ、妙に思考が回っている。
俺は彩乃のスマホのロック画面を写真に撮り、彩乃のスマホを元の位置に正確に戻す。
程なくして、風呂から上がった彩乃が部屋に戻ってきた。
「風呂、お先でした」
「おう」
「翔も早くお風呂いってきたら?」
「そうする」
「ごゆっくり〜」
着替えを持って風呂に向かう。
彩乃は俺を見送ると、スマホを手に取って、なにやら嬉しそうに誰かに返信していた。
彩乃の浮気が発覚してから数週間。
俺はとあるカラオケ店の室内にいた。
と言っても、別に遊びに来たというわけではない。
プライベート空間を確保できる最適な場所の一つ。
ここを選んだ理由はそれだけだ。
(彩乃と一緒に来たとき以来か……)
流れている音量をゼロにして、俺は大人しくソファに座ってその時が来るのを待った。
待つこと約二十分。
目の前の扉がゆっくり開かれた。
そこに姿を見せたのは——
「時間ぴったり」
桜崎大学三年、白石遥香。
同じ高校出身で俺の一つ上の先輩にあたる。才色兼備で男女共に人気が高い。
肩甲骨あたりまで伸ばした綺麗な黒髪と『美しい』いう言葉でさえ陳腐に思わせる程の美貌。それだけでなく、立ち方、歩き方といった所作一つ一つが彼女の持つ気品や華を限界まで引き出している。『桜大の女神』は決して過ぎたあだ名ではないのだと、改めて思い知った。
「お疲れ様です。白石先輩。来てくださりありがとうございます」
「びっくりしたわよ。まさか高梨から連絡を貰うなんてね。しかも内密に会って欲しいなんて」
「とりあえず座ってください……数分で終わるような話ではないので。ここの料金も俺が払います」
「そう? じゃ、遠慮なく」
白石先輩は堂々と座ると、タブレットを掴んで手慣れた操作で注文を済ませた。
「忙しい中きたんだから、これぐらい許してね?」
「もちろんです」
しばらくすると注文した飲み物が届き、白石先輩が一口だけ口に含んだ。
「それで、話って何?」
「彩乃に浮気されました」
「…………は?」
時間にして数秒。
白石先輩は俺の言葉に理解が追いつかないのか、その場で固まっていた。
そして、落ち着いた頃に。
「浮気相手は早盛猿司……俺の幼馴染です」
「——ッ!?」
猿司の名前を聞いた途端、白石先輩の表情が一瞬で変わった。
顔が固くなり、眼光に鋭さが増す。
何かを考えているのか——細長い腕と脚を組んで静かに押し黙っている。
「……それで?」
「俺と一緒に……復讐しませんか?」
「早盛の彼女の有紗とじゃなくて……第三者の私と……? それまたどうして?」
「理由は言わなくても分かるでしょう? 俺と白石先輩は……同類なんですから」
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