2007年コンビニの旅 3

 慌てて追いかける。ユメは商品棚の交差点を左に曲がる。棚に置かれているのはまだ日用品。ユメは構わず進む。途中で左折を余儀なくされて、その後の交差点を今度は右折。さっきまで壁伝いに時計回りって決めていたのに関係なくずんずん進んでいく。

 俺はユメが駆け出したその地点まで戻れるように頭で道を覚えるのに必死だった。

 と、ユメが立ちどまった。


「ほら! 雑誌のコーナーになった!」


 顔を上げると、確かに目の前、右も左も全て雑誌が陳列されてコーナーになっていた。一番最初にこのコンビニが迷路になってると気づいて慌てた雑誌コーナーの一角だ。雑誌置き場は大体ガラス面に向かって配置されるものだけど、雑誌の棚も天高くそびえているのでガラスは見えない。


「配置に関してわかったけど、それがなんなの?」


「ワタシ、このコンビニならよく来るから商品の配置は覚えてる。それを頼りに歩いていけば、出口にたどり着けるんじゃないかと思って」


 なるほど。

 迷路みたいに道はうねり右へ左へ無理やり曲げられてしまうから方向感覚が麻痺するけど、この棚の商品を手がかりにすれば、出口に近づけるかもしれないってことか。


「ここのコンビニって、入り口の近くって何が置いてあったか覚えてる?」


「えっと……雑誌とかのコーナーは大体出口付近だから、結構出口に近いところにいるとは思うんだけど……、あとは他はコピー機とかATMがあったような」


「よし、コピー機とかだな。さっき、迷い始めの頃、コピー機だらけの一角があった気がする。壁伝いに歩くって作戦だったからそっちには行かなかったけど」


「それならそっち方面に行こう!」


 光明が見えた。二人で雑誌コーナーを抜けるべく歩き出す。


「あ、ドーラくん。こっちの曲がり角は違う。スナックコーナーになってる」


「さっきはそっちに曲がったんだな。よし、じゃあ反対の方に進もう。こっちはまだ雑誌コーナーが続いてる」


 方向感覚は麻痺していたが、棚を目印に歩いているとコンビニの中のどの辺りに自分達がいるのかが、なんとなくわかってくる。


「あれ。またドリンククーラーが見えたぞ」

「じゃあこっちの道は間違いってことじゃない? 一旦戻ろう」

「そこの角の先って見たっけ?」

「あ。見てない。見てみるね」


 ユメが角を確認して歓声をあげた。


「ドーラくん! あった! コピー機だらけだ!」

「でかした!」


 ユメの元へ駆ける。

 曲がり角を覗くと、そこは異様な光景が広がっていた。

 コピー機が何十台と並んでいる。横にも縦にも。積み上げられたコピー機の山。よく下の機械が潰れないな。


「予想通り。出口に近づいてるはずだよ。えっと、コピー機の脇にはゴミ箱とカップラーメンとか作る用のお湯のポットが置かれてて」

「ユメ、こっちにある! ゴミ箱の山!」


 コピー機をぐるっと回り込むように歩くと大量のゴミ箱と給湯ポットが置かれた簡易的な台が見えた。

 二人の気持ちも高揚する。ようやくこの迷路コンビニから抜け出せるかもしれない。

 はやる気持ちを抑えつつ、先をいそぐ。

 その時だ。突然、背後のコピー機の山が一斉に作動した。

 けたたましい作動音。

 驚き振り向くと、ガタガタと音を立ててプリントが排出されていた。

 一斉に天高く重ねられたコピー機からわらわらとA4サイズくらいの紙が出てきてまるで滝のように降り注いできた。


「うわ、なんだあれ!?」

「何か書かれてる」


 ユメが恐る恐る近寄って、地面に落ちて重なっていくプリントを一枚拾い上げた。

 そこには大きな文字でこう書かれていた。


「そこから出たければ なすべきことをなせ。

           煉獄螺旋の導くままに」


 手書きの文字。太いマジックか何かで書き殴ったような乱暴な文字。


「なんだこれ。なすべきこと? 煉獄螺旋?」


 わからないことだらけだ。


「俺らに向けてのメッセージ?」

「だ、誰から?」

「わかんねえ。気味が悪いな」

「ともかくあっちのゴミ箱エリアに行こう」


 コピー機からは謎のメッセージが書かれた紙が延々と噴出してくる。紙で溺れちゃうよ。

 逃げるようにその場から離れ、ゴミ箱や給湯ポットのエリアに向かう。

 後ろからはコピー機から無限に湧き出る紙がじわじわ迫ってきてる。


「ドーラくん! 出口! あった!」


 ユメの指差す方自動ドアが見えた。やったぜ!

 急いで向かう。これでようやく脱出できる、と安堵しかけたのだが。


「あ、開かない!?」


 自動ドアは俺たちが目の前にたっても反応しなかった。


「嘘だろ」


 ドアとドアの隙間に指をねじ込んで無理やり開けようとしたが、微動だにしない。がっちり接着されているみたいに数ミリのあそびもない感じでびったり閉じている。


「ドーラくん。鍵は?」


「そうか!」


 俺はポケットから鍵を取り出した。

 自動ドアを注意深くみると、足元に鍵穴があった。けど。


「全然鍵の形が違う。入らないぞ」


 鍵穴と手持ちの鍵のサイズがまったく合っていなかった。


「ドーラくん、見て!」


 ユメが自動ドアの上を指差した。

 顔を上げると、自動ドアの上部のセンサーのさらに上の壁に文字が浮かび上がっていた。


「そこから出たければ なすべきことをなせ。

           煉獄螺旋の導くままに」


 コピー機から排出された紙に書かれたものと同じ文言が、白い壁からスーッと浮き出てきた。


「なんなのこれ。何をすればいいのよ!」


 ユメが悲鳴じみた声を上げる。

 なすべきこと。俺たちは何かこのコンビニでやらなきゃいけないことでもあるというのか?

 こんなヘンテコな現実離れした場所で何をしなきゃいけないんだよ!


 はっとした。

 そうだ。状況に圧倒されて忘れていた。

 これは夢なんじゃないかってずっと思ってたじゃないか。

 頬をつねるんだ。俺は自分の頬に手を伸ばした。


「……痛っ」


 痛かった。なんだよ畜生。これは夢じゃないってのかよ!


「ドーラくん、何してんの?」

「いや、なんでもない」

「ねえ、ワタシ一つ思いついたんだけど、バカバカしいかもだけど聞いてくれる?」

「ああ。この状況がバカバカしすぎるんだ。どんなことだって聞くよ」

「ワタシたち、お酒飲んだり、スナック菓子を開けたりしたよね?」

「それが?」

「もしかしてなんだけど、お会計しないと出られないとか? ……ごめん。違うよね」


 とユメは申し訳なさそうに黙った。


「いや、それ。そうかもしれない! レジってどこだ?」


「レジは自動ドアの正面に合ったはずだけど」


 振り向く。はるか向こうにレジカウンターの端っこが見えた。正確に言うと、ホットスナックコーナーの肉まんとかが入ってるスチーマーが天高くそびえているのが見えたのだ。


「行こう! 馬鹿馬鹿しいけど、コンビニでなすべきことって買い物くらいしか思いつかん」


 俺たちはスチーマーの方へ急いだ。

 百メートルほどあっただろうか。一縷の望み。藁にもすがる思い。両脇の商品棚はガムとかアメとかのレジ前の棚にありそうな商品に変わっていた。

 そして、角を曲がった瞬間。

 そこにレジが現れた。レジは2台。今まで馬鹿みたいに積み重なってたり左右に無限に等しいくらいの数が並んでいた他の場所とは打って変わって、どこにでもある普通のコンビニのようにレジは並んでいた。

 ユメと顔を見合わせながらレジの前に立つ。すると、奥から金髪のいかにも深夜バイトって感じの大学生らしき若い男が面倒臭そうに出てきた。


「……しゃいませー」


 気だるく男はこちらをみる。普通のお兄ちゃんが出てきたことに驚いていると、店員は不審そうに俺を見たまま言った。


「あの……。カゴ、カウンターに上げてもらっていいすか?」


 いつの間にか、俺の手にはカゴが握られていて、そこにはスナック菓子とビールと氷結とギャッツビー的なやつ(ウエットティッシュみたいな)が詰め込まれていた。

 びっくりした。俺は手ぶらだったはずなんだけど。


「……ドーラくん。とりあえずお会計しましょ」


 固まっている俺の脇をこづいてユメが囁いた。


「あ、ああ」


 俺はカゴをレジの上に置いた。

 店員はつまらなそうにバーコードを読み取って合計金額を言った。

 俺は財布を取り出して支払いをした。


「ありがとうございました」気だるく店員は言ってまたバックルームに帰っていった。

 ユメと顔を見合わせる。


「お会計は済んだね」

「うん。これで出られるのかな?」


 出口に向かって視線を移す。


「あ……あれ?」


 ユメとまた顔を見合わせた。

 景色が一変していた。

 ただの普通のコンビニだった。

 商品棚は高くない。通路も果てしなく長かったりしない。要するに、いつもの見慣れたありきたりなコンビニだった。

 さっきまでの無限に続く迷路のような姿は影も形もなかった。


「ど、ドーラくん。これどういうこと?」

「俺に聞くな」

「怖。とりあえず出よ」

「お、おう」


 俺たちは恐る恐る出口の自動ドアに向かう。

 ドアの上部に浮かび上がっていた文字はもうなかった。

 自動ドアの前に立つと、ドアは当たり前のように静かに開いた。

 俺たちは目配せして、頷き合ってそそくさとコンビニを出た。


「よかったー」



 自動ドアを抜けると、久方ぶりの外気の心地よさが全身を包んだ。

 どっと疲れが肩にのしかかった。

 迷路コンビニから抜け出せたらか気が抜けたのか体がだるかった。

 右手に持つコンビニ袋がやたら重く感じて、俺はその重さに負け、ふらふらと入り口横の駐車場の車止めに腰を下ろした。

 疲れた。いやーマジで疲れた。

 見れば東の空は白んでいた。時間が止まったかのように思えた店内だったが、外に出ればしっかりと朝方になっていたようだ。

 ため息をついて、そして胸いっぱいに空気を吸う。

 明け方の風は涼しくて心地が良かった。都会の汚れた空気なんてうまいわけがないのに、達成感のおかげが安堵して気が抜けたからか、とても新鮮で爽やかに感じた。

 少し目を閉じる。新聞配達のバイクのエンジン音が通り過ぎていった。


「なんだよなんだよー。こんなとこで寝るなよー」


 声をかけられて、ビクッとして我にかえった。

 ほんの一瞬、意識が飛んでいた。

 瞬間的に、自分がどこにいるのかわからないような奇妙な感覚に陥ったが、すぐに脳は覚醒した。

 振り向くとそこに立っていたのは予想外の男だった。

 丸坊主の四角い顔、三角の目に五角の鼻、ロクでもねぇのはその性分。七分袖のモザイク柄シャツに数字の八を横にしたみたいな黄色いメガネをかけた男。そう、兄の砧だった。スマホをいじりながら現れた砧はマスクを外してポケットにねじ込みながら俺の横に立った。

 俺の足元にはビールの缶。開けたばかりなのか半分以上残っていた。

 俺が飲んでたんだっけ。少し記憶が混乱してた。


「あ、わたしも飲んじゃお。ちょーだい」


 小柄でくりくりとした大きな瞳の金色の髪をふわりとさせたショートカットの女もパタパタと駆けてきて、俺の手元の袋をごそごそと漁り、買った記憶の無い宝焼酎のお茶割りの缶(350mm)を取り出してタブを開けた。


「砧? コマキ? な、なんでお前らいんの?」


 心外そうな顔で顔を見合わせる兄妹。


「なんでってどういう意味だよ」


 どういう意味もクソも無いだろ。お前たちは面倒だって言ってついてこなかったじゃないか。

 それに、ユメはどうした。

 まだ店の中にいるのか。確認しようと振り返って驚いた。


 コンビニの看板は緑と白と青。ファミリーマートだった。ここampmじゃなかったか。


「うわ。エーピーとか懐っ! 俺、エーピーのジャージャー麺めちゃくちゃ好きだったぞ」

「えー。わたし知らないー。食べたことない~」

「コマキはまだ小さかったもんな。俺、塾の帰りとかよくエーピーで友達と駄弁りながら買い食いしてたからなー」


 砧とコマキはのほほんとした顔でマジでどうでもいい話をしている。

 俺だけ目を白黒させて不可解な状況に焦っていた。


「……ユメはどこ行った」


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