2007年コンビニの旅 2

 考えながら歩いていると公園の出口についてしまった。

 大通り、すぐそこにコンビニが見えた。

 そのコンビニの外観を見て、俺は再び固まってしまった。


「エーピー?」


 そこにあったのは「ampm」だった。

 令和四年には存在しないコンビニ。俺が小さい時には至る所にあったコンビニだけど経営統合とかで合併されたんだっけな。

 もしかして、俺。タイムトリップをした? 違う。ならユメが二十歳なわけがない。俺だって二〇〇七年なんて七歳とかだ。意味がわからない。


「ドーラくん、本当にどうしたの? 調子悪いの?」


 夏だってのに汗が止まった。むしろ寒さすら感じる。この状況は一体なんなんだ?

 現実世界と似てるけど全然違う世界に迷い込んでしまったみたいな感覚だった。


「暑いし早く入ろー」


 ユメが自動ドアに吸い込まれていく。

 俺はすがる気持ちで頬をもう一度つねってみた。

 痛かったし頬は伸びなかった。



 自動ドアを抜けて店内に入る。冷房が効いた店内は異様なほど明るい。

 二〇一一年の東日本大震災から節電とかで街の明かりが少なくなったらしい。コンビニや駅なんかの灯りも間引きされて電灯自体が外されている様子をよく見かけた。

 ってのが、俺の知ってる世界の話だけど、この世界は二〇〇七年(仮)らしい。

 だからなのか明かりは全てフルパワーで点いていた。


「眩しいな」


「外が暗いと反動でクラクラしちゃうね」


 ユメは入り口右手の雑誌コーナーの前で立ち止まった。

 棚からファッション誌を手に取るとパラパラとめくっている。

 恐る恐る覗く。

 CanCan9月号。

 表紙の女の子の眉は細い。令和四年じゃこんなメイクいないよっていう化粧と服装。エビちゃんってのがやたら推されている。

 ユメの顔を見る。眉が雑誌の女の子みたいに細くなってる。さっきから細かったっけ?


 まずい。意味がわからん。なんとかして元の世界に帰らないと。……つうか、どの段階からこんなヘンテコな世界に来ちゃったんだろ。

 記憶が曖昧だ。


「あれ? ドーラくんジャンプ読まないの? コンビニに来るといつも立ち読みが長いから、ワタシも雑誌読もうとしたんだけど?」


 そうだ。俺はいつもコンビニに来るとまず雑誌コーナーで少年誌を読むのだ。曜日によって違うけど、今週号のジャンプはまだ読んでなかった。

 ……という記憶がユメに言われて急に湧いてきた。思い出したというのとは少し違う。湧いてきたって感じが不思議でなんだか気味が悪かった。


「今日はいいや」

「珍しいねー」


 ユメはパタンと雑誌を閉じて棚に戻した。


「ワタシ、アイス買おっと。ドーラくんは? まだお酒? コマキたちにも何か買ってってあげよっか。カゴはどこかなー……ってあれ?」


 俺がなにも考えられないでいると、ユメが驚いたような声を出した。


「ど、ドーラくん。なんか変! なんか変だよこの店!」


 それどころじゃないって言おうとしたけど、ユメの声が妙に必死だったので顔を上げた。


「見てよ。なにこの店……」


 なにがだよ、と言いかけて、ユメの視線を追って俺はまた固まった。

 商品棚がどこまでも続いている。……横にも上にも。

 天井は遥か彼方。ぎっしり商品が詰まった棚が天まで伸びている。外から見た時は普通のコンビニだったのに。

 そして、通路はどこまでも伸びている。右も左も四方が商品棚。ぎちぎちに商品が詰まった棚に俺たちは囲まれていた。

 さっき入ってきた自動ドアも、駐車場が見えていたはずの雑誌棚の向こうのガラスも無くなっていた。

 まるで商品棚で作られた迷路かダンジョンみたいだった。


「ど、ど、どうなってんだ?」


 とっさに出口に向かおうと来た道を戻る。けど、なかったはずの商品棚が道を阻んで直進できない状況だった。


「閉じ込められた? ドーラくんなにこれ」


 やっぱりそうだ。夢だ。こんなの夢に決まってる。めちゃくちゃリアルな質感の夢なんだ。だから、コンビニがダンジョンみたいになっちゃってるし、ユメの眉毛は細くなっちゃってるし、二〇〇七年なんだ。


「意味わかんない。夢って誰の? ドーラくんの? だったらワタシはどうなるの? ドーラくんの夢の中の存在だっていうの? そんなわけないじゃない。ワタシはワタシだよ」


 ユメは信じられないと首を振った。

 でも、それしか考えられない。だってこんなの現実なわけないじゃんか。


「でも、それなら、ドーラくんが夢から覚めて、ワタシだけがここに取り残されたらどうしたらいいの……。夢でもいいから一緒にいてよ。もし、これが本当にドーラくんの夢なんだとしたら、ドーラくんが思い通りにできるんじゃないの? できないんだったら夢でも現実でも変わらないじゃない」


 ユメは自分の肩を抱いて震えていった。


「悪かった。ともかく出口を探そう」


 夢だなんだと騒いでユメを動揺させてしまったことを反省する。できるだけ落ち着いた表情と声でユメを宥めた。


 ユメが落ち着くのを待って移動を開始する。

 自動ドアから二、三メートルしか進んでいなかったはずなのに、今見ると通路は一〇メートルほど続いていて、その先は商品の棚が立ち塞がっていて、右にしか曲がれないようになっている。恐る恐るその角を曲がる。


「なにこれ……」


 ユメの震える声。


 曲がった先はどこまでも通路が伸びていた。遥か先、数百メートルほど通路は続いていた。両脇には天まで伸びる商品棚がそびえ、一番向こうの行き止まりにも商品の棚が天高くそびえ立っている。


「コンビニが迷路になっちゃった……」


 どうしよう。途方に暮れる。


「と、とりあえず壁伝いに歩いてみよう」


 子供の頃、チラシの裏とかに迷路を書くのが好きだった。どこまでもどこまでも線を書き足して迷路を大きくするのが好きだった。

 別に自分で解いたり友達に解かせたりするわけじゃなく、ただただ迷路を作るのが好きだったのだ。

 あの時、迷路の必勝法ってのを調べたことがある。それは片手を壁につけて壁伝いに歩いていけばいつか出口に辿り着けるというものだ。

 ただ、これには条件があって出口が一番外側の壁にある場合で、迷路自体が四角形であること、とかが条件だった気がする。


「じゃあその方法で移動してみる?」


「そうしよう」


 この異様なコンビニに出口があるならってことだけど。


「ドーラくん怖いこと言わないでよ」


 まあ出口がなくても当分はここで暮らしていけるだろうけどな。何せここはコンビニだ。視界を遮る壁は全て商品棚だ。スナック菓子が並ぶ棚もパンが並ぶ棚もある。


「太りそうだから、できれば遠慮したいね」

「そうだな」


 不安をかき消すように軽口を叩きながら、俺たちは壁に沿って歩き始めた。

 通路を歩いていくと棚と棚が直角にぶつかり合うように置かれていたりして、左右どちらかに曲がらなきゃいけない角や、交差点みたいになってる場所がいくつもあった。

 歩いていると方向感覚はどんどん麻痺していく。それにどれだけ歩いても景色は変わらない。大量消費社会の縮図みたいに商品で溢れかえっている。

 それでも俺たちは落ち着いて左手側の壁に従って歩いていく。こういう不安な状況で、迷いそうになる場面でも、なにかしらの法則に従うって決めていると幾分か気持ちは楽だった。もし、闇雲に歩く方法をとっていたら不安に負けていたかもしれない。

 それと、店内には有線が流れていて、オレンジレンジやコブクロや安室奈美恵や、千の風になってとか懐かしい曲が流れていて、そのおかげかなぜか恐怖はあまり感じなかった。しかし、いつまで経っても出口は見つからない。どのくらい歩いたのだろうか。


 携帯電話を出して時間を確認する。

 ガラケーの時刻表示は


「「2007年8月13日 0:50」」


 嘘だろ。さっき城址公園で時間を見た時、もう一時になるって思った。

 それが、コンビニについてかなりの時間を歩き回ったのに、まだ〇時台。

 時間が全く経過していない。


「ワタシの携帯も時間は同じだよ」


 ってことは携帯が壊れたわけじゃない。ってことは。もしかして時間が止まってる?

 ありえないだろ。と思ったけど、今の状況がまずありえないのだから時間が止まるくらい有り得るよなぁ。

 やっぱりこんな訳のわからない状況は夢しかない。


 ユメが携帯に気を取られている隙に、もう一度自分の頬をつねってみた。

 しっかりと痛かった。


「くそ。なんなんだよ一体!」


 むかついて商品棚のポテチを掴んで叩きつけた。

 袋が破けてチャリンと金属音がした。みると、中に入っていたのはポテトチップスじゃなくて銀色の鍵だった。


「なにこれ。鍵? 出口のかな?」


 拾ってよく見てみる。持ち手は四角形。鍵山はギザギザ。

 実家の玄関の鍵みたいなありふれたものだった。


「なんでこんなのが入ってたの?」


「わかんない。とりあえず持っておこう」


「他の商品にも何か入ってるかな?」


 ユメのいう通り、商品の中にヒントが隠されているかもしれない。

 二人で無造作にいくつか他のスナック菓子の袋を開けてみた。けれど全て普通にお菓子が入ってた。

 通路に菓子を散乱させて、俺たちは肩を落とした。


「ないな。運が良かったのかな……」


 それとも、夢だから都合よく手に取った袋に入ってたのか。


「ともかく、商品を全部開けるのは無理だし、先に進もう」


 商品棚はなんたって天高くそびえているのだ。

 俺は鍵をポケットにしまって、またさっきのように壁伝いに歩き始めた。


 左に折れて直進して、今度は右に折れて直進。すると目の前の棚の様相が変わった。

 ドリンククーラーの棚になったのだ。扉付きの冷蔵庫。ポカリにコーラにアルコール各種。

 むかついて黒ラベル(500mm)を取って乱暴にタブを開ける。


「この状況でよくお酒なんか飲めるね」


「これぞ、やけ酒だ。ほら、ユメも飲めよ」


「じゃ、氷結もらおうかな」


 二人でドリンククーラーに背をもたれて座り、乾杯する。


「このまま一生このままだったりして」


「えー。困るよー。でも、まぁドーラくんとならいいか」


「いいんかい。俺は嫌だよ」


「食べ物も飲み物をいくらでもあるよ?」


「確かに。でも、トイレはないじゃん」


「探せばあるんじゃない? 大体ドリンクの冷蔵庫の脇の方とかにあるじゃん。トイレ」


「そういや。ドリンククーラーは大体店の壁側にあるよな。バックルームとかから補充できるように」


「そっか。ってかドリンククーラーの中はどうなってんだろ?」


 ユメはドリンククーラーの扉を開けて、缶の並ぶ棚に顔を近づけた。


「……うわぁ。すっっっごい先までぎっしり並んでる」


 面食らったような声を上げるユメ。俺も覗いてみる。

 こりゃ驚いた。ドリンククーラーの奥行きは笑ってしまうくらい果てしなかった。


「マジで一生ここにいても食い物には困らなさそうだな」


 ビールを一口。なんだかいつもより苦く感じた。


「どうする?」


 ユメがこちらを見ている。


「どうしようもないよなぁ。でも、鍵があったんだ。どこかにこの鍵で開く扉があるって考えるのが普通だよな」


「そうだね」


 なら探すより他はないか、と立ち上がり壁伝いにまた歩き始めた。

 ドリンククーラーの道は商品棚に阻まれて右折を余儀なくされた。

 今度は日用品のゾーンになった。爪切りとか。ティッシュとか。

 俺はギャッツビー的なやつ(ウエットティッシュみたいな汗を拭くやつ)を掴んで、包装紙を破いて一枚取り出して顔を拭いた。

 スースーして気持ちいい。


「男の人って居酒屋とかでもおしぼりで顔とかガシガシ拭いてて、ムカつく時あるなー」

「なんだよ急に。女もやればいいじゃん」

「お化粧がぐしゃぐしゃになるからできる訳ないじゃん」

「あー。なるほど」


 こんな状況でも他愛のない話が出てくるんだから、俺たちはバカだな。


「あっ」


 ユメが立ち止まった。


「どした?」


「わかったかも!!」


「なにが?」


「商品棚! 最初は雑誌のコーナーで、歩いてるうちにスナックとかお菓子のコーナーだったじゃん。その隣はカップラーメンとか。で、さらに進んだらドリンククーラーの所に出たじゃん。で、今は日用品」


「それが?」


「すごく複雑な迷路みたいになってるけど、商品の配列って普段のコンビニと同じ感じで配置されてるんだよ」


 商品棚については迷路の壁としてしか認識してなかった。何が置かれてるかまで考えていなかった。

 しかし、言われてみれば、大体のコンビニって同じような配置になってる。マーケティングとかのおかげなんだろうな。

 入り口の自動ドアの脇のガラス面のところは雑誌。その正面の棚は日用品とかで、奥はドリンククーラー。真ん中はスナックとかカップ麺。雑誌棚の間反対の外壁沿いはお惣菜とか。レジ近くは弁当。みたいな。もちろんブランドとか店舗の広さとかによって違うだろうけど、大体は似たようなもんだ。


「そうそう。だから、きっとこれを直進すれば栄養ドリンクとかのコーナーになるよ! で、こっちを曲がっていけば雑誌のコーナーに出るんじゃない?」


 ユメが駆け出した。

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