煉獄螺旋 〜2007年コンビニの旅〜

煉獄螺旋 〜2007年コンビニの旅〜 

 ☆


「その瞬間。夢から覚めたの」


 ユメの話が終わった。

 毎度のことながらヘンテコな夢だ。


「生贄になるは嫌だな」


「感想はそれだけ?」


「うーん。そだな」


「夢の中だと全然嫌がってなかったけど、冷静に考えたら生贄になるのは嫌だよね。ってか今思うと、なんかラノベとかでありそうな設定だね」


 そっか。ユメは本を読むもんな。それでこういう現実離れした夢を見るのかもな。

 俺、全然活字無理だから羨ましいよ。


「その影響かな。最近のアニメの流行りで異世界に転生みたいなのが多いんだよね」


「そもそも転生って何?」


「現代人が現代の知識とか持ったまま異世界の美少女とか赤ちゃんとか名も無い村人の中に入って、現代知識を持ったままで無双するってのが大雑把なイメージかな」


「なにそれ。最近のラノベって尖ってんな。元の人格はどうなっちゃうの?」


「ちょうど死んじゃったりした瞬間に入ってくる感じじゃないかな。意識を乗っ取るとかだとちょっとエグいもんね」


「確かに」


「でも、ちょっと特殊なジャンルだよね。まあ日本の経済的にも未来に夢を見れるような状態じゃないしファンタジーの世界に逃げてチート能力使って努力なしでチヤホヤされたいっていうのは仕方ないのかもね。現代っ子の夢だよね」


「俺も努力しないで金持ちになりたいわ」


 そんな話をしながら夜道を歩く。

 コンビニまでの道は大通りをいく道と、城址公園を抜けていく近道の二つがある。

 俺はだいたい城址公園を抜けていくルートを使うのだが、コマキに聞いたら痴漢とか出るかも知れないから夜は通らないと言っていた。確かに夜は暗くて男の俺でも怖い時がある(お化け的な意味で)

 考えてみたら女の子はお化け以外にも痴漢とか変質者とかって怖い存在があるんだから、酒飲んでフラフラでも平気で夜道を出歩ける男より生きづらいよな。というか、男だからって酔ってフラフラ歩けるくらい日本は治安がいいんだよな。警察に感謝だ。


「たまには城址公園から行く?」

「えー暗くてヤダ」


 思ったより嫌がられた。

 嫌がられるならあえて通る必要もないか。


「あ、でも一人じゃなかなか通ることないし、ドーラくんがいれば通り魔とかが来ても盾になってくれるだろうし、公園から行こうか。そっちのが早いもんね」


 調子のいいやつだ。

 俺たちは城址公園の木々が鬱蒼としげる道を通り抜けることにした。木々の合間から夏の虫の音が響いている。


「やっぱ、夜は暗くて怖いね」


 心なしかユメが俺のそばに寄ってきた。確かに薄暗くて不気味なムードだ。

 でも、これだけ虫が鳴いてるってことは、虫からしたら交尾の相手を探して叫びまくってる状況なわけじゃん。

 人間からすると暗ければ怖いってなるけど、虫にとっちゃ命懸けの嫁さん募集大合唱大会な訳だから、そういうのって面白いよな。人間はビビってビクビクしてて、虫は興奮してビクビクしてたりしてな。どう?


「また変な話にして。虫の繁殖なんてどうでもいいよ」


 是非もなし。それもそうだ。


「それより、知ってる? この公園で人が死んでるんだってー」


 ユメが俺を怖がらせようとしてるのか、そんなことを言い出した。

 けど、俺はユメがその話を知っていることは大方予想していた。


「ああ、それね。嘘だよ」

「ちょっとー。聞いてよ。有名なんだから」


 ユメがムキになったので俺は苦笑した。

 実は、そのホラ話は俺と砧とコマキの三人ででっちあげた嘘なのだ。


 砧が「これより『噂話広め合戦』を開催する!」と言い始めたのは、確か砧が高校生で俺が中学生でコマキがまだ小学生の頃だった。

 三人がそれぞれ別の学校に通ってるタイミングだから、それぞれの学校ごとに違う噂話を流したら面白いんじゃないか、と砧が言い出したのだ。

 この城址公園で誰か死んだらしい。という前提条件は同じにして、誰がなぜ公園で死んだのかは、それぞれが自分勝手に妄想を膨らませた噂話を学校に流す。

 そして、数ヶ月後に誰の噂話が一般的に認められているのかを勝負したのだった。

 こういうヘンテコなことを考えるのが砧だった。


 砧は「いじめに耐えかねた女子高生が首を吊った」という噂を流した。

 俺は「通り魔に滅多刺しにされてOLが殺された」という噂を流した

 コマキは「身長3メートルの女のお化けに子供が殺された」という噂を流した。


 今思えば、どうかしてる三兄妹だよな。

 俺が親だったら嫌だよこんな遊びしてる子供達。

 それぞれがクラスの友達とか、塾のクラスメイトとか、部活の仲間とか、手当たり次第にこの話題を蒔いた。

 ……で、話題を蒔いたのはいいんだけど、その後、何か他に夢中になる遊びができちゃったのか、三兄妹揃ってアホだから忘れてしまったのか、結果がどうなったのか確認しなかった。

 ユメはコマキと小さい頃から遊んでいたし、覚えているならコマキの作ったお化けの話かな。こんなところであの時の悪戯の答えが聞けるなんて思いもしかなった。


「どんな話なの」


「サラリーマンが焼身自殺したんだって」


 ……全然俺らの話と関係なかった。


「なにそれ。知らんわ。ほんとの話?」


「わかんないけど、有名だよ。掲示板でも話題になってたもん」


 掲示板って2ちゃんとかのことかな。いや、今は4ちゃんとかって名前が変わったんだっけ。あれ。5ちゃんだっけ?

 インターネットの匿名の掲示板。俺もまとめサイトとかは暇つぶしに見るけど、地元の公園の話題とかは知らなかった。


「最近も話題になってたよ」


 そう言ってユメはポケットに手を入れて携帯電話を取り出した。

 パカッと開いて両手で持ってポチポチとボタンを押したり、携帯電話をちょっと掲げて手を振ったりして、


「あれー電波弱いなー」とか言っていた。


 俺はその様子を見て心底驚いた。


「え。ユメさ。それユメのケータイ?」


「そうだけど?」


 ユメはキョトンとした顔でこちらを見る。


「マジで? ユメ、ガラケーなの? スマホじゃないの?」


 俺が驚いたのは、ユメが持っているのが折り畳み式の携帯電話だったからだ。ピンクの四角い端末。懐かしい。

 けど、今時の女子大生でガラケーを使ってる奴なんか日本に一人もいないと思ってたよ。


「は? ガラケー? スマホ? わかんないけどワタシのドコモだよ」


「ガラケーってラインとかできないんじゃないの? 友達とかと連絡どうしてんの?」


「フツーにメールとかするけど? ってかガラケーってなに?」


 ガラケーって言葉を知らない?

 嘘だろ。いや、待てよ一周回って既にガラケー自体を知らない世代なのか?

 さすがにそんなことないだろ。つーか、みんながラインでグループとか作ってる中で一人だけメールとか面倒くさすぎるだろ。


「スマホにした方がいいと思うぞ」


「スマホって?」


 なんだこいつはって思った。頑固なガラケー至上主義者なのか?

 スマホなど存在自体を私は認めない! みたいな面倒臭い子なのか?

 そんな子だったけなぁ。大学で悪い宗教団体に捕まったのかなぁ。マルチとか自己啓発系とか。


「スマホくらいわかるだろ。スマートフォン」


 馬鹿馬鹿しいけど、ポケットからスマホを取り出してユメに見せようとした。

 ズボンのポケットに手を入れると、なんだかいつもと違う感触があった。

 取り出すと、なんと俺のポケットにはガラケーが入っていた。見覚えがあった。俺が小さい頃、親が使っていた機種だ。

 auのワンセグ搭載の機種で、これでポケモンのアニメを見た記憶がある。


 ……どゆこと?


「よくわかんないけど……ほら、見て。掲示板で噂になってるよ」


 ユメは自分の携帯でさっき話していたこの公園で人が死んだ件について話をしようとしているんだけど、俺はそれどころじゃなかった。

 ユメの話も上の空で手に収まっている携帯を開いてみた。

 待ち受け画面が表示される。


「2007年8月13日 0:45」


 画面の真ん中に表示された時計は明らかにおかしな時間を示していた。


「切り株のところに焼身自殺したときの焦げた跡が残ってるって、ほら書いてあるよ」


 俺が動揺してるのに気づいていないユメは話を続けている。


「ちょっと待って、その話タンマ。ユメ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「何を?」


「今って何年だっけ?」


「はい? 西暦? 平成?」


 どっちでもよかったけど、平成ってワードが出た段階で、俺の嫌な予感は的中してる気がした。


「西暦なら二〇〇七年。平成で言ったら十九年。……で?」


 ガツンと頭を殴られたような気がした。


「もう急になによー。怖い話が嫌いならそう言ってよー」


 ちょっと不機嫌そうにユメは携帯を閉じた。

 待て待て。こんなことあり得ないだろ。今は令和四年だろ?

 どういうことだ?

 頭がパニックになる。夢でも見てるのかよ。


 ハッとする。


 もしかして。

 まさか、と思いながら自らの頬に手を伸ばす。

 親指と人差し指で、頬の肉をつまんでみる。そして力を入れてつねってみる。

 みょーーんっとまるで焼き餅のように頬は伸びた。

 驚いて手を離すと、パチンッと伸びた頬は勢いよく元に戻った。

 そして、まったく痛くない。


「夢……だ?」


「はい?」


 ユメが振り向いた。


「呼んだ?」


「あ、いや……そうじゃなくて」


 ユメに見えるようにもう一度頬をつねってみた。

 さっきみたいには伸びないし、ちゃんと痛い。


「なにしてん?」


「今さ! ほっぺたが伸びたんだよ!」


「はぁ? ドーラくんなに言ってんの? 寝言は寝て言ってよ」


 ユメは明らかに面倒臭そうな顔をした。

 嘘だろ。今のなんだったんだ。気のせい?

 いや、確かに伸びたよな。みょーーんって。

 俺は何度も頬をつねった。

 けど、ちゃんと痛いし、全然伸びない。


「とりあえず歩こうよドーラくん。怖い話は終わりにするから。ってか、真剣な顔でほっぺつねりまくってるドーラくんのがホラーなんですけど」


 ユメがちょっと引いた表情になってる。


「早く行こ」


 急かされ俺は渋々歩き始めた。

 けど、不安で仕方なかった。いったいぜんたいこの状況はなんだ?

 スマホじゃなくてガラケーがポケットに入ってたのも今が二〇〇七年だってのも全部「夢でしたー」って言われれば説明は簡単だ。

 つーかそれしかないじゃん。


 で、確かめたら頬は伸びた。確かに伸びたんだ。じゃあ夢だよ。確定だよ。

 なのに覚めない。

 夢じゃないのか?

 さっきの頬が伸びたのは……気のせいだってのか?

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