ユメ 3

 ☆



 よく晴れた気持ちのいい朝だった。夢の中なのにね。よく寝たって思ったの。「あれ。ここどこだっけ」って一瞬自分がどこにいるのかわからなくなるくらい、ぐっすり眠っていたんだと思う。


「ドーラ、朝よ」


 お母さんの呼ぶ声でワタシは自分がドーラくんになってることに気がついたんだけど、どうみても姿は女の子だった。だから、妙だなぁとは思ったんだけど、夢だからあんまり気にしないで食卓へ向かった。夢だってこの時には気づいていたんだね。でも、すぐにこれが夢だってことは忘れちゃった。


 小さな家だった。山小屋みたいな丸太を積んで作ったログハウスみたいな。

 それぞれの個室があるような立派な家じゃなくて、1DKくらいの小さな平家の家でカーテンでベッドを囲んでそこだけプライベートゾーンになってる感じの狭い家。

 ワタシ専用のゾーンはベッドの上と横のタンスくらい。ベッドをぐるっと覆うようにかけられたカーテンの向こうに居間があって、お母さんが台所に立っていて、お父さんが食卓に座っていた。

 カーテンを開けるとお父さんが優しく微笑んだ。


「よく眠れたかい」

「ええ。とってもよく眠れた」

「おはよう。朝食の準備できてるわよ」


 食卓につくと、お母さんが朝食のスープを持ってきた。

 お芋と葉野菜のスープ。それとパン。


 ワタシが一番慣れ親しんだ朝食だった。今日はなんとベーコンも入ってて、「嬉しい」と素直に口に出た。

 そんなワタシの顔を見て、お母さんがとても嬉しそうに笑った。


 だけど、大好きなスープを目の前にしているのにワタシは食欲がなかった。いや、食欲がなかったわけじゃなくて食欲を感じることのできないほどの不思議な高揚感に包まれていたの。

 遠足の日の朝みたいな高揚感。ウキウキワクワクしてて食事も喉を通らないって感じかな。


 けど、これが最後の家族団欒だから、できるだけいつもと同じように落ち着いた雰囲気にしたいなって気持ちはあって、だから必要以上に気を使っていつも通りにスプーンですくって口に運んだ。けど、ワタシの両親にはバレバレだった。


「お前は昔から楽しみなことができると食事も上の空だったなぁ」


 テーブルの向こうに座るお父さんが懐かしそうに目を細めた。


「素直で優しくてあなたみたいな娘がいて、母さんは幸せ者だよ」


 お父さんの隣に座ったお母さんも優しい顔でワタシを見つめていた。

 食卓にはワタシの分だけのスープ。両親はワタシの姿を目に焼き付けようとしているのか、さっきからワタシの一挙手一投足に昔からこうだったとか、最近こうなったとか言って懐かしそうにしていた。

 なんだか小っ恥ずかしかった。けど、幸せだったなぁって思う気持ちも強くて。お父さんとお母さんの子だったから、ここまで頑張ってこれたんだって思って、うるっとした。こうやって三人で朝を迎えるのがこれで最後だなんて、なんだか不思議だった。


 窓の外から花火の音が聞こえた。

 町の北の広場から打ち上げられた音花火は五穀豊穣アルマイツ疫病退散デボラルトなどを神様に祈念をして町の繁栄を願う祭が今年も滞りなく開催されたという合図の花火。

 音の数は六つ。例年なら一日だけのお祭りだけど、今年はそれに加え『冥尾渦メビウスの門』が開く大事な年だった。

 国家の繁栄を願う輪螺祝祭スパニヴァルの年。この年だけは祭りは一週間に渡って行われるって決まってるの。

 花火の音が六つだったのは、今日がその六日目ということ。

 そして、今日がこの祭りで一番大事な儀式が行われる日だったの。


「今日は誰とまわることにしたんだ?」

「砧とコマキだよ」


 ワタシは小さい頃から一緒に育ってきた幼馴染の二人を最後に取っておいた。


「そうか、あの子たちとは生まれた時から一緒だったからなぁ」


「うん。だから、最後はあの二人と過ごそうと思って」


「いいと思うわ。目一杯楽しんでいらっしゃい」


 服を着替えて髪をとかして出かける準備をして部屋を出る。


「じゃあ行ってきます。夕焼け空になったらすぐ帰ってくるから」


「はしゃいで怪我なんかしたら司祭様に怒られるぞ」


「はーい。気をつけまーす」素直に返事をした。最後までお父さんは心配性なんだから、とくすぐったくなった。


 家を出ると、すぐ隣の家の前で、少女が二人立ち話をしていた。コマキと砧だ。

 小柄でくりくりとした大きな瞳の金色の髪をふわりとさせたショートカットの少女がコマキ。

 長身で切長の瞳の黒髪ポニーテールの少女が砧。


「ごめん。まった?」

「全然大丈夫だよ」

「うちもちょうど出てきたところだよ」


 背が高い砧と小柄なコマキと、その間に中背のワタシが挟まると、なんだかとても収まりがいい。

 17年間この三人でいるときはなんだかパズルがバシッとハマってるような完璧感があった。

 でも、それも今日が最後だってみんなわかってた。


「じゃ、ぶらぶら行こうか」


 砧を先頭にワタシたちは歩き出した。

 静かな朝。空は晴れ渡っていた。

 近所の路地裏は静かだけど、大通りに出ればまだ朝だっていうのに大勢の人が通りを埋め尽くしているだろう。


「普段からは考えられない人の数だよなー」


 砧が言った。


「七日間ずっとだもんね。この町にいるとわからないけど、人間って沢山いるのね。前回の輪螺祝祭スパニヴァルもこんなに人がいたかしらね」


「前回って七年前? あの時はまだ魔王とかいなかったし、ここまで人も多くなかったかもね」


 平和な時より脅威が迫っている時の方が祭りに人が集まるのはおかしかった。


「どっちにしろ祭りがなければこんなに人が来る町じゃないもんなー」


 砧が言うようにワタシたちの暮らすサイの町はアルバンズ王国の中でも小規模の町だった。

 二千人ほどが暮らす円形の町。中央に大聖堂があり町をぐるっと一周するように大通りが走り、そこから王都へ続く街道が伸びている。

 結界師のレベルが高いのと周りの魔物のレベルが低いことが功をそうして、城砦のような外壁を作らなくても魔物がやってくることはなく、普段はのどかで静かな町だった。


 それが輪螺祝祭スパニヴァルとなると一変する。

 国中から人々が集まり、その人々を狙って魔物が来襲する。

 祭りの中だと気がつかないが、冷静に考えると結構危ない状況ではあるのだ。


「大丈夫よ。人々が安心してお祭りを楽しむためにわたし達、結界師がいるのよ」


 コマキが胸を張る。

 彼女はこの町の結界師として活動している。彼女たちが日夜、町に結界を張って魔物が近寄れないようにしている。コマキはなかなか腕のいい結界師として王都にも名が知られているらしい。本人の弁なので話を盛ってるかもしれないとワタシは密かに疑っていたけど。

 とはいえ、高位の魔族や獣魔が攻めてきたら町の結界師だけでは手に負えない。そこで、国中の至る所から観光客が集まるこの祝祭の期間は腕のある結界師が王都から応援にやってきて、どんな魔物でも入れない万全の結界を張るの。


「コマキも手伝いに行ったんだっけ」


「うん。わたしは一番最初にね。地元の結界師が結界基盤を構築して、その後、王都の結界師が基盤を補強する強力な結界を張るっていう流れなの」


「王都の結界師と喋ったりはできたの?」


「ちょっとだけね。結界のパターンとか土地の属性とかの情報を引き継ぐためにミーティングするんだけど、書類渡して少し質問されるくらいだったよ」


王都防衛結界組ジャニョーズのメンバーとか見た?」


「ううん。その補佐の結界師とのミーティングだったから、有名人には会えなかったよ」


 祭りの期間は毎日、日暮れ前になると結界師が術を使い町の結界を強化するんだけど、王都の結界師はアイドル的人気のある組もあってファンとかも多くてグッズとかも出てる。それを見にこの祭りにくる結界師ファンも多くて、人が集まるから結界を張るのに、結界を張るのを見に来る人がいるという本末転倒っぷりが批判もされる。けど、お祭りだからいいかってなんとなくうやむやになっているって感じの状況。とか言いつつ、ワタシも一昨日、王都のイケメン結界師を見に行ったんだけどね。


「いいなー。わたし逆に当番でちゃんと見られてないー。サインもらおうとしてブロマイド持ってきたのにー」


「ったく、二人ともミーハーなんだから」


「砧は興味ないんだもんなー。損してるよ」


「だってー。王都の結界師って、なんかみんなナヨナヨしてない? ウチはもっとゴリっと筋肉ついてる男子の方が好みだなぁ」


「えー。腹筋バッキバキがいいの? 虫みたいで嫌じゃない?」


「嫌じゃない。それがカッコいいんじゃん」


 見解の相違というやつ。

 まあこういう話は毎度のことで、それより最後の日だっていうのに普段と同じようにおしゃべりしていられるのがとても嬉しかった。


 大通りが見えてきた。やっぱりすごい人だった。

 大通りと言っても大型の馬車がすれ違う時はちょっと徐行しなきゃいけないくらいの幅の道なのだけど、その大通りが通行止めになって所狭しと屋台が路上に並ぶ。由緒正しい魔法屋からインチクくさい魔道具屋、各地の名産品を売る広場や、お菓子やおもちゃを売る屋台など、雑多なバザーが展開される。

 町の中央、大通りの環の真ん中には大聖堂があって、祭りの期間中は毎日さまざまな儀式が行われている。


「あー。ドーラ! 来てたんだ!」


 人混みの中から声をかけられた。茶色い髪を短く刈り上げた背の低い少年。あどけなさの残るその顔は少女と言われても信じてしまうほど幼い。彼の名をワタシは知っていた。ガダルだ。彼は腕の良い狩人だ。


「お、英雄の登場だね。ババンギラを狩ったそうじゃないか。すごいね、明日の宴会で出るんだろ? 楽しみだな」


 砧の言葉にガダルは照れたようにはにかんで両手を顔の前で振った。


「英雄なんて滅相もない。今年の祭りの主役はなんたってドーラだもん。ドーラの門出のためにボク頑張っただけだよ」


 キラキラした笑顔。ガダルは心の底からワタシのことを祝福してくれているのがその笑顔でわかった。

 そして、彼の言うとおり今回の祝祭のメインイベントで重要な役割をワタシが担っている。

 選ばれた時は嬉しくて誇らしくて、飛び跳ねるくらいに喜んだけど、今日という日が近づいてくると、本当にワタシでも大丈夫かなって不安な気持ちが大きくなってきた。

 けれど、今日のために今まで頑張ってきたんだから、立派に大役を果たそうと心に決めていた。でも主役だなんて改めて言われると困ってしまう。だって…。


「ワタシなんかただの生贄だよ」


 そう、ワタシはこの祭りのメインイベントである、神に捧げられる生贄に選ばれていたの。

 健康で汚れのない若者。それが条件。国を上げて七年に一度行われる輪螺祝祭スパニヴァルのために選ばれた生贄。


 ワタシは今夜、生贄となり十七年に渡る生涯を終える。

 言い伝えでは、生贄となった者の魂はその体から離れて遥か彼方の異なる世界へと旅立つ。

 そして、空っぽになった生贄の体に、遥か彼方の異なる世界からこの世界に祝福をもたらすために召喚される清き魂が入り込む。

『転生の儀』と呼ばれる輪螺祝祭スパニヴァルのメインイベントだ。


 生贄の魂が旅立つ異世界とはどういうところなのか。

 誰も知らない。だから、少し不安に思うけど、でも女神様のお導きがあるから怖くない。


「生贄がこの町から選ばれるなんて、この百年なかったんだよ。ボクも嬉しいよ! 国で一番の栄誉だよ!」


 そう。七年に一度の輪螺祝祭スパニヴァルの生贄に選ばれることは、この国で一番名誉なことだった。


 この町では誰もが幼い頃から輪螺祝祭スパニヴァルの伝説を聞いて育つ。

 生贄に選ばれた者は煉獄螺旋の導きの下、数多の世界を駆ける。

 生贄に選ばれた者の体は煉獄螺旋の導きの下、世界に祝福を与える何者かの依り代となる。


 過去の輪螺祝祭スパニヴァルは例外なく全て素晴らしい転移者が生贄の体に転生して世界を良き方向に導いてきた。

 魔王が世界を侵略し始めた今こそ、輪螺祝祭スパニヴァルによって異世界から勇者を召喚し世界の混沌を解決しようと国をあげて準備してきたのだった。

 ワタシが死に、代わりにこの世界には勇者が現れる。生贄選定の儀にて、女神様の予言も直に聞いた。安心して死ねる。 


「ありがとう。ガダルみたいな腕の良い狩人が町にいるから、ワタシも安心して儀式に望めるわ」


 微笑んでお礼を言うとガダルは頬を赤くした。

 ガダルは近所の子で小さい頃から知っている。

 狩人の父親の跡を継いで狩りの腕を磨き、まだ12歳になったばかりだけど、村一番の狩人になっていた。

 今夜の儀式と明日の宴会のために村の南の森で巨大な獣を狩ってきたという情報はここ数日、町で一番の話題だった。


「じゃあまた儀式の時にね」


「うん。ドーラ。また後で」


 ガダルは両手を振って人混みの中に消えていった。


「ガダルにとっちゃ、ドーラは優しくて憧れのお姉さんだったわけね」


 ガダルの後ろ姿を見つめながら砧が言った。

 それから三人で屋台を見ながら大通りをぐるっと一周した。可愛いネックレスとか美味しい饅頭とか、ヘンテコな木彫りの人形とかを見たり買ったりしながら歩いた。

 終始くだらない話をして笑った。

 お昼になり歩くのも疲れてどこかで休憩しようとなった。

 大通りから町の中心に向かっては人が溢れかえっていたけど、大通りから少し外れたら地元の人しか行かないような広場や公園もあって、ワタシたちは小さな頃から遊んでいた近所の広場に戻ってきた。

 ベンチに座ってお祭りで買ったお菓子を頬張りながらまた他愛のない話をした。


「こんなに楽しいのに今日で終わりなんだねー」


「祭りは明日までだよ」


 そんなことを言うつもりじゃなかったのにポロッと言葉が出た。


「あ、違うの。そういう意味じゃなくて」


 慌てて否定する。ワタシは心から生贄に選ばれたことを誇りに思っていたし、ワタシのちっぽけな命が世界のために役立つなら喜んで身を捧げるつもりだった。

 この世界では魔物に襲われたりタチの悪い疫病にかかることも多くて平均寿命が三〇歳かそこらなの。

 だから、健康で満たされた気持ちのまま国のために逝けるのなら、それはとても幸せなことだってワタシは心の底から思っていた。


「わかってる。ドーラの気持ちは。ワタシだって生贄に選ばれたかったもん」


 隣のコマキが甘菓子を頬張る手を止めて呟いた。

 町の若者のほとんどは生贄候補に応募していた。書類選考、面接、魔力テスト、体力テスト。いろんな方法で適任を選ぶために何ヶ月もかけて選定作業が行われる。

 生贄に選ばれた者の家族には一生生活に困らないほどの財産が贈与されるし、生贄になることは皆の憧れの的なのだ。

 国中から応募がある中で、ワタシが選ばれたことは驚きだった。

 まさかとは思ったけど、飛び上がるくらいに幸せだった。


 だから、今更、生贄に選ばれたことを後悔するようなことを言ってはいけない。

 家族を養うためになんとしても生贄に選ばれたいと努力している子が国中にいるのだ。


 そんなことはわかっている。寂しいなんて口が裂けても言っちゃいけないことだ。

 それはわかってるけど、こんなに仲の良い二人と今日で別れなきゃいけないのはやっぱり……寂しい。

 お母さんやお父さん。お世話になった学校の先生やワタシが生贄に選ばれたと知らない旧友たちにも、もう一度会いたい。

 けど、皆に会う時間はない。

 仕方がないことだ。ワタシが生贄に選ばれたこと自体を知らない友達も多い。生贄に選ばれたことは身の安全を守るために本当は口外してはいけないのだ。

 明日になればワタシが生贄になったと国中に氏名が公表される。それで初めて知る人もいるだろう。


「ドーラの体に転生する奴がどんな奴でも、うちはドーラことを支えていくつもりだよ」


 砧が言うとコマキも頷いた。

 二人はワタシの体に転生する勇者様の侍女に選ばれていた。

 二人が自ら立候補してくれたという。

 身の回りの世話や魔王を倒す旅に同行するのが役目だ。

 呑気に生贄になって死んじゃうワタシよりもきっと大変なことがこの先待っている。


「大丈夫だって。今まで輪螺祝祭スパニヴァルでこの世界に転生した人はみんな人格者だもの。きっといい人がドーラの体に転生してくるはずよ」


「そうならいいけどさ」


 砧はそっけなくいう。


「あーあ。わたしずっとこうして三人でいられると思ってたよ」


 コマキが少し俯いて言った。


「それって誰も結婚できないってこと?」


 砧が突っかかる。


「もう。そういうことじゃないし」


 コマキが面倒臭そうに首を振る。


「永遠なんてないんだよ。昨日は過ぎ去ってもう無い。未来なんてどうなるかわからない。うちらには今しかない。生きてるなら今を大切にしなきゃ。うちはドーラと過ごした日々を忘れない。今日を忘れない。けど、ドーラがいなくなったって楽しく生きるよ。……でも、ドーラのことは絶対に忘れない。友達だから。それがうちにとって一番のことだと思ってる」


 砧は口調も荒いし愛想がよくないので誤解されがちだけど、とても優しい子なの。


「わ、わたしだってドーラのこと絶対忘れない。忘れるわけない。ずっと一緒だったんだもん」


 コマキの目がみるみるうちに赤くなっていく。


「ごめん……。最後だから楽しく笑って過ごしたかったのに……」


 謝るコマキの瞳から大粒の涙が溢れる。


「二人ともありがとう。ワタシは平気。二人と今まで過ごせて幸せだった。明日からこの体は異世界から転生してくる誰かのものになるけど、仲良くしてあげてね」


 悲しいわけじゃない。寂しさはあるけど、生贄に選ばれて誇らしい気持ちの方が強いはずなのに、それでも涙が溢れた。こんなに悲しくなる必要なんてないんだ。ワタシは世界の平和のために身を捧げるのだ。ワタシがもし今、生贄になることを拒んで逃げ出したら世界が大変なことになる。魔王を倒し世界に平和をもたらす勇者がワタシの体に転生するかもしれないのに、それを拒否することになってしまう。そんなことはできない。それにこれは夢なんだから。


「そうだな。夢だもんな」


 砧が言った。


「起きたら忘れるもんね」


 コマキが鼻を啜りながら言った。


「でも、夢で感じた気持ちは嘘じゃない」


 砧が言うとコマキは頷いた。


「そうだね。夢に気づかされることあるもんね」


 ハッとした。そうだ。これは夢だった。

 気がついた瞬間、ぐにゃりと辺りがマーブル状に溶けはじめた。

 視界が歪んでコマキも砧もドロドロとした液体のようになってしまった。


「夢は覚める。覚めて初めて夢と気づく」

「覚めなければ夢じゃないの?」

「覚めない夢があるなら悪夢だよ」


 声は空間に広がっていて誰の声かわからない。


「でも、夢で感じた気持ちは嘘じゃない」

「そう。夢の中で知ったことは嘘じゃない」


 視界は極彩色いっぱいで目が回る。

 夢なら覚めなきゃ。夢と知って夢の中にいるのは怖い!


「「そうね。ドーラ。夢なら覚めた方がいい」」


 声が重なり立体的に頭に響いた。


 その瞬間、夢から覚めたの。

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