ユメ 2


「ああ。急にさっき見ていた夢のことを思い出してさ」


 そう。夢だ。妙にリアルな夢。駆け足気味に歩き出してユメと並んで歩く。


 夢ってなんなんだろ。忘れてた夢の内容がふっと思い浮かんだりする時がある。

 今みたいに、直前に見ていた夢を思い出す場合なら別段問題ないんだけど、時々いつだかわからないくらい昔に見た夢を思い出す時があって、それが突拍子のない絵空事みたいな夢だったら、昔に見た夢を思い出したんだなって思えるんだけど、例えば小学生の頃に見たかなり高い木から飛び降りたけど無事に着地できた。みたいな中途半端に現実感のある夢だと、それが夢だったのか、本当の思い出だったのかがわからなくなっちゃったりすることがある。


「それで、さっき見てた夢ってどんなだったの?」


 ユメに訊かれて、答えようとしたけど、さっきまで鮮明に見えた夢のビジュアルが全て消え飛んでいた。

 えっとなぁ……アレ。

 なんだっけ。笑っちゃうくらい思い出せない。今思い出したのにもう忘れたよ。


「ともかく最後が衝撃的でさ。頬をつねったら、みょーんって伸びて夢だって気がついて起きたんだよ」


 起きる寸前のことだけは現実との境が薄いからか覚えていた。


「何それー。漫画みたい」


「夢の中で夢に気づくって時々あるけど、うまく夢をコントロールすることってなかなかできないよな」


 明晰夢っていうんだっけ。夢の中だと気づいた状態の夢。

 なんかどっかのアジアの方にいる部族は夢を全部自分でコントロールできるって聞いたことがある。夢をとても大事にしている部族で、家族で見た夢を報告しあって、次に同じような夢を見たらこうした方がいいとか、そういう話題に時間を割くらしい。

 夢の中での経験を大切にし、夢から学びを得たり、そういうことを大事にしているんだって。

 夢がコントロールできたらいいよな。時々、夢の中で夢だと気づくことはあるけど、俺は夢だって気づくとすぐに目が覚めてしまう。


「ドーラくんは夢を自由に操作できるとしたら何をしたい?」


 夢を自由に見れたらか。小さい頃から何度も考えたことのあることだ。好きなアニメの中に入って冒険したい、とか、好きな子と一緒に遊んでいたい、とか、空を飛びたいとか。けど、そういう空想って子供の頃だけだったな。

 今の歳になって、そんなことを真剣に考えてみる機会なんてない。だから、ちょっと考えてみる。


「うーん。なんだろなぁ。素敵な夕日が海を照らす穏やかな砂浜とかで仕事とか忘れて、ぼーっとしたりとか?」


 どこまでも続く波打ち際。穏やかな青く透き通った海と星の形のした砂でできた浜の狭間を頭にイメージする。

 そうだな、ちょっとSFチックに海には宇宙船とかが突き刺さってて、砂浜の向こうには螺旋状に伸びる塔とかあったら雰囲気出るだろうなぁ。

 と、自分なりには素敵な空間を想像したのだが。


「そういう退廃的なイメージって枯れたおじいちゃんみたいだね。まだ若いのに」


 せっかくなんでもできるのに何もしないなんて生活に疲れた現代人だね、とユメに一蹴された。ぐさっとくる。うるせー。

 そりゃ、現実じゃできないような体験をしたりとかもしたいぞ。


「へえ。それは具体的にはどんな体験がしたいの?」


「えー、なんだろ。突然言われてもなぁ」


 急に言われても出てこない。幼い頃は野球選手になったりとかテロリストを撃退して英雄扱いされたりとか、アニメとか漫画の世界みたいな異世界に召喚されたりとか、夢物語も考えてた時はあったけど、この歳で「夢だからなんでもできるけど何したい?」って言われても、宝くじが当たるとか、めちゃくちゃ可愛い子が俺に一目惚れするとか、その程度の平凡でつまんないことしか思い浮かばない。今更サッカー選手になりたいとか思わないしなぁ。練習とか辛そうだし。海外生活とかも大変そうだし、有名になったら夜道で立ちションもできねーもんなぁ。


 夢の話なのに結局現実にひきづられてしまう。

 大人になると夢物語は考えなくなるんじゃなく、考えられなくなるんだなぁ。


「なんかないのー?」


 なんとか捻り出そうと考えてみる。けど、子供の時に考えたような幼稚な発想しか連想できない。金持ちになって月に行きたいとかも思わないような平凡な人間だしなぁ。

 例えばアニメみたいな異世界っぽいファンタジー世界で勇者様なんて呼ばれてチヤホヤされたりとか?


「子供っぽいなぁ」


 わかってるよ。でも、とっさだったら出てこなかっただけだし。あとはなんだろ。美少女になってみたり?


「欲望丸出しだなぁ」


 ユメはくすくすと笑う。

 その表情を見てる俺は不思議な感覚に囚われた。


 彼女の笑顔から放たれる感情の色がなんだか変な郷愁を抱かせるのだ。

 昔から知ってる子だからってことじゃない。彼女の口角の上がり方とか声の弾んだ感じとか、そういう表情を見て感じたのではなくて、うまく言えないけどもっと奥の芯の部分でだ。

 例えば、俺が俺じゃなくても、ユメがユメじゃなくても、俺が木でユメが虫でも、ユメが空で俺が船だったとしても、互いに気づく。みたいな感覚。

 ……を一瞬感じたような気がしたのだが、すぐそういう感覚は消えた。

 今のはなんだったんだろ。


 なんだか、今日は変だ。何がって言われてもうまくいえないのだけど、例えば、普段はしない早起きをして仕事とかしてると、いつまで経ってもどうも頭に靄がかかってるような、眠くはないのに体が覚醒してない感覚というか、そういう体がこの世界に順応できていないような、そんな感覚があった。


 今日、というよりさっきコマキの部屋でうたた寝をしてからだ。


「まだ寝ぼけてるんじゃないの?」


 隣のユメはクスクスと笑っていた。


「じゃあユメはどうなんだよ。夢をコントロールできるなら何がしたい?」


「ワタシ? そうだなぁ」


 ユメは笑顔を消して少し考えた。少しだけ真剣な表情を見せたユメだったけど、またクスクスと笑った。


「ヒミツにしときます」


「なんだよ。どうせ大したこと思いつかなかっただけだろ」


「そういうことにしとく」


 ユメは笑みを携えたまま答えてくれなかった。

 まったく、昔からユメはこういうところがあるな。自分だけで何かを感じとって、でもそれを誰にも共有しないでニヤニヤしているってこと。昔からだ。

 ……なぜかユメのことをとても深く知っているような気がする。兄弟のコマキや砧よりも、ユメとの方が深く理解しているような気がするのだ。

 

「でも、最近、夢の中で夢だって気づいて覚めちゃった夢はワタシもあるなぁ」


 ユメが顔を上げた。


「どんな夢?」


「えっと、最初はどんな場面だったかなぁ。……そうそう。朝食のシーンから始まるんだ。質素な家にワタシは両親と三人で暮らしてたの。ジャングルみたいな鬱蒼とした森の中を拓いて作った町でね、その世界には魔物とかがウヨウヨしていて、結界師とかって言ったかなぁ。魔法使いみたいな人が魔物が入ってこないように町に結界を張っていたの。だから平和に暮らせていたんだけど、少し前に魔界から魔王が攻めてきて、魔物とか凶暴になって、世界は魔王軍との戦いの最中。っていう時代背景だったな」


 ユメは昔から夢の話をするのが好きだった。

 幼い頃からユメは俺と二人きりになると決まって自分の見た夢を語ってきた。

 それはライオンの背中に乗って空を飛んだけど捕まる場所がなさすぎて景色を見る余裕なんかなかったっていう夢や、お菓子の国に迷い込んだ夢で楽しかったけど、その国で入った温泉が甘ったるくてベタベタしてて全然気持ち良くなかったとか、なんだか妙にリアルなヘンテコな話が多かった。


「今回も、ずいぶんと込み入った世界みたいだな」


「そうかなぁ、ワタシ的にはそこそこあるタイプの夢だったよ。そうだ。夢の中でワタシ、ドーラくんだった」


「どういうこと?」


「ワタシは髪の長い女の子なの。けど、夢の中のワタシはその髪の長い姿の女の子をドーラくんだと思ってるの」


「それって、つまり……。どゆこと?」


 言ってる意味がよくわからなかった。ユメは夢の中で俺になっていて、でもその俺の姿は少女だったってこと?

 じゃあ、それ俺じゃないじゃん。


「なんでだろね。でも、夢の中のワタシはドーラって呼ばれてたんだよね」

「ヘンテコな夢だ」

「夢だからね、そういう時もあるでしょ」


 そう言われてしまうと、身も蓋もない。

 俺は黙ってユメの話を聞くことにした。


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