ユメ1
☆
コマキは話し終えると、「追いつけて良かったぁ」と少年のような邪気のない笑顔を見せた。
「なんだよ、続きが気になるじゃねえか」
「続きも何も夢なんですから、続きなんてないですよ」
「時代背景はSFっぽいと思ったのに、完全にオールドホラーじゃん」
「でも、最終的にはコメディみたいな?」
「こんなの映画だったら駄作もいいとこですけどね」
「天国でも地獄でもない場所か。まるで俺たちがいるこの世界みたいだな」
「たしか煉獄っていうんですよ。地球時代のナントカって宗教に出てくる天国でも地獄でもない場所を」
「あれ? でも、成仏とかってワードはまた別の宗教の用語じゃなかった?」
「ドーラさん詳しいですね。そうです。成仏ってのはブッキョーという宗教の用語です」
「自分、ブッキョーですから……」
砧が声を太くして演技がかった声で言った。
「それ、ケン・タカクラでしょ。砧さんは黙っててください。それにしても、夢って見てる最中は不思議に思わないけど、覚めて冷静になると全然辻褄があってなかったりすることに気付いたりしますよね」
「それより……俺は重大なことに気がついたぞ」
「砧さんが? 僕の話を聞いてですか?」
「そうだ。お前らの夢の話、共通点がある。これを紐解けばこの世界から脱出する方法が見つかるかもしれないぞ」
どちらかというと肉体労働が得意分野の砧がこういうことを言うのは珍しい。期待はできないが、何かのきっかけになるかもしれないと期待して耳を傾ける。
「お前たちの話には、どちらもトイレが出てくる」
聴いた俺が馬鹿だった。なんだそりゃ。トイレがなんだってんだよ。
「ドーラさん。一応最後まで聞いてみましょう。状況突破のヒントはくだらない話から生まれたりするものですよ」
むむ。なるほど。言われてみれば確かにそうだ。
「わかったよ。話の腰を折ってすまん。続けてくれ」
砧の言ってることを整理してみよう。
コマキの話では自空車のラジオからウォシュレットの話題が出た。俺の夢はトイレに行きたいと言い出したことで、村人に囲まれることになった。
確かに砧の言う通り、どちらの夢にもトイレが出てくる。
……だからどーしたって言いたくなるんだけどな。それが『この世界から脱出する方法』に、どう繋がるのかは不明だった。
「ふふふ。わからんかドーラ」
不敵に笑い、俺たちの視線を惹きつけてから砧は言った。
「お前たち、トイレに行きたいのではないか?」
「やっぱお前に聞いた俺が馬鹿だった。何言ってんだよ。ここに来てから一回もトイレに行きたいと思ったことがない。もちろん何も食べていないってのもあるけど」
「違う違う。頭で思ってるってことじゃなくてだ。なんだろうな。体も心もトイレに行きたいとは思っていないんだろうけど、なんかそうじゃない魂の部分でトイレに行きたがってるんじゃないかってことなのだ」
何を馬鹿なことを言ってるんだ。と突っ込んでやろうとしたのだが。
「……なるほど。なんとなく、わかるような気がします」
三人の中で一番、理論派のコマキが頷いたから驚いた。嘘だろ? 何が?
「この世界に来てからの我々は動物としておかしいのです。何も摂取せず何も排泄しません。寝て夢を見るってのは人間らしい気はしますけど、生命活動を維持するっていう生物の大前提の行動が全く必要とされていない。食欲も性欲もなくなっちゃってます。ドーラさんが『女!女っ!』って言わなくなるなんて、おかしいですもん。頭も体も変になってる。けど、そんな状況でも魂というか根っこの部分で、エネルギーの摂取と老廃物の排泄っていう行為をしていないことに対して違和感があって、それを訴えるためにそうした行為が夢に出てくるんじゃないか……って話ですよね砧さん?」
「うむ。その通りだ」
腕を組んだまま頷く砧。
待て待て。俺は別にそんなにオンナ、オンナ言ってねえと思うんだけどな。
と、口を挟もうと思ったけど話が脱線するからやめた。ってか、コマキは美形だし放っておいても女が寄ってくるから、自分からガンガン攻めていかないと女が寄りつかない悲しい男の気持ちがわかんないってだけなんだけどな。
まあそんなことは置いておいて本題に戻ろう。確かに生き物は何かを食べたり何かを排泄して生きていくものだ。ここに来てからそれらを行わず平気な顔で生きているということは、明らかに異常な事態だ。俺たちの体に何かが起こっているというよりはこの世界がおかしいということなのだろうが。
「そうですね。この世界自体が異常です。ずっと夕暮れだし、いくら歩いても螺旋の塔は近づかないし、寝て起きると波打ち際に戻ってる」
「そうだな。俺たちの姿形が気がつかないうちに少女になったり……老人になったりするしな」
「俺はまだ老人になったことはないな」
「いやいや砧。今、お前爺さんになってるぞ」
「え。マジで? うわ、本当だ! ヨボヨボじゃん!」
砧が自分の体を見渡して、そのシワシワの手の甲を見て仰け反った。
「うが! 腰が痛い! 膝も痛い! 体が重い! 何これ、爺さんになったらこんなに辛いのかよ!?」
「どうして、変身するんでしょうね。意味がわからないですよね」
なんて首をかしげるコマキも今はモヒカンのムキムキ青年になっていた。
「へ? うわっちゃあ。びっくりしたぁ。すごい筋肉! 黒光りしててキモっ! ホント、驚くからやめてほしいですよ。この謎の変身現象」
「俺も、今この体だけど、全然エロい気持ちにならないからな。普通、女の子になってたら全裸になって隅々まで堪能したいと思うんだけどな」
自分の胸を鷲掴みしてみる。柔らかい脂肪の塊だ。走ったりしたら揺れて面倒そうだ。……そのくらいの感想しかなかった。
「ほら。やっぱり女オンナって言ってるじゃないですか」
「ちげえよ!」
「じゃが、ドーラの気持ちはワシにもわかるぞ。美少女に変身、なんて男のロマンなんじゃけどの」
「急に爺さんみたいな口調になるなよ」
「え、なっとるか? 口も喉も舌も思うように回らんもんで、こんな喋り方になってしまうのじゃな」
「悲しい限りだな。で、コマキの話に戻るけど、俺も常々何か小さいことでもやってみなきゃとは思っていたが、この現状を打破するためには、何かこの世界の理みたいなものを壊すような行動ををとった方がいいってことだろ?」
「はい。現状を少しでも変えるという意味では、チャレンジしてみる価値は……まぁゼロじゃないでしょうね」
ということはつまり。
「うんこしてみるってことだよな」
「はい」
真面目な顔でマッチョボディのコマキは頷いた。なんだか間抜けな展開になってきたな。
「ふむ。よぉし。誰かトイレに行きたいような奴はいないかのぉ?」
「いや、だから全然そんな気にならないんだって。砧がしろよ」
「ワシも全然したくないの。じゃが、検尿とかって別に尿意がなくてもコップ渡されてトイレに行くと、不思議と出たりするもんじゃろ。パンツ抜いてしゃがめば、なんとか出たりするんじゃないかの?」
「なるほどな。よし、コマキ。頑張って試してみろよ」
「僕は嫌ですよ。みんなに見られながらするなんて! 遮蔽物もないですし、宇宙船に戻るのは流石に面倒ですし。砧さん。僕たち気にしないんで、ちょっとそこでやってみてくださいよ」
「いやじゃ。お前らの前でケツ見せるのなんて嫌じゃ」
「酔うとすぐ全裸になるクセに、今更なんだってんだよ」
「そうですよ! いつも真っ裸で寝ちゃうじゃないですか」
「それはそれ、これはこれじゃ。酔って脱ぐのと素面で人の前でクソをするのじゃ全然違うわ。ここは公平にじゃんけんで決めんか?」
仕方ない。砧の言う通り後腐れない公平な手段で選ぼう。
少女の姿の俺と、老人の姿の砧と、ゴリゴリマッチョのモヒカン姿のコマキで、拳を突き出し、じゃんけんの体制に入る。
……結果、俺が負けてしまった。
「なんだよ、こういう時っていつも俺が負ける気がするぞ」
「プラシーボ、プラシーボ。この前の賞味期限切れのアンドロメダ饅頭、食わされたのはワシじゃったんだから」
「わかったよ。とりあえず、お前ら向こう行っててくれよ。ちょっと海の方でチャレンジしてみるから」
「ふん、ワシらだって、いくらオナゴの体になっとるからって、ドーラがクソしてるところなんか見たくないわ。じゃ、コマキ。行こう」
「はい。何か異常があったら大声出してください」
「うんこが金色だったりしたらってことか?」
「……砧さん行きましょ」
なんだよ、ツッコんでくれてもいいじゃんかよ。
二人は陸地へ向かい、俺は海の方へ歩き始めた。
波打ち際へと進む。海は夕日に滲んでオレンジになっている。透き通る波は穏やかだ。
ここで自分の姿をもう一度説明するが、ニットワンピにストッキングを履いた年頃の乙女姿である。波打ち際まで来て気づいたが、ストッキングって面倒じゃない?
靴を脱いだだけでは海には入れない。ニーハイみたいな長い靴下じゃダメなの? なんでわざわざ履くスタイルなの?
人生で一度も考えたことのないことを愚痴りながら脱ぐ。薄いし伸びるし脱ぎにくい。太もものあたりが伝線していることに気づく。こんなに破けやすいし蒸れるものを履かなきゃいけないなんて女性は大変だな。
ようやく脱ぎ終え、くしゃくしゃになったストッキングを浜辺にポイッと投げ捨てる。どうせ、すぐに変身しちゃうだろうし、汗ばんでるし、もう履くことはないだろう。少女の脱いだストッキングってマニアに高く売れそうだな。なんて思ったが、ここにはマニアどころか俺たち以外誰もいないし。俺らは性欲とか変態性すらゼロになっちゃっているし。つまらん。
素足になると心地よい。開放感が全然違う。
白くて細い足。爪には水色のマニキュアが塗ってあった。
ストッキングで見えないのに、こんなマニキュア塗るんだから、女ってのはすげえな。尊敬しちゃうよ。俺、足の爪なんかは靴下を履く時に引っ掛かって邪魔だって思った時に、ちぎるくらいで爪切りで綺麗に切ることなんて滅多にないってのに。
波打ち際まで歩き足を海につける。水温はちょうどいい。気持ちがいい。全然トイレに行きたいという気持ちは湧き上がらないが、パンツを脱いでしゃがめば、どうにかなるかもしれない。
振り向いて二人がどこら辺にいるのか確認するが、二人の姿は見当たらなかった。また、見失ってしまったか。まあ見られているよりよっぽど良いか。
波がギリギリ到達しなさそうな波打ち際に足で穴を掘り、その上にしゃがみ込んだ。少女の姿になってこんな場所でお尻を丸出しにしてしゃがみ込むなんて、普通に生きてたら体験しないことだ。まったく、ヘンテコな世界だよ。
さて、一応は頑張ってみなければ、と気張ってみるがダメ。ぜんぜん何か出るような予感もない。
しばし、しゃがみ込んだまま便意なり尿意なりを期待してみるが、時間だけが過ぎていく、
ま、そんなもんだよな。と諦めて立ちあがろうとした時だ。
顔を上げると、見慣れぬ少女が目の前に立っていた。
「うわ、びっくりした! 砧? それともコマキか?」
この世界はすぐに姿形が変わるので、急に変身されるとどっちだかわからなくなる。喋り始めれば、砧はガサツだしコマキは敬語だし、すぐに判別できるけど、こうやって黙って立っていられるとわからない。
「ようやく会えた。ワタシはユメ」
少女は落ち着いた声で答えた。
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