漂流2

俺たちはタオズ皇女の命を受け、極秘裏にエウロパに向かっていた。貨物線に偽装したガダル号でワープのため位相差空間を航行中、ケレルロイド軍の強襲にあったのだ。

 情報が漏れていたのか、スパイがいたのかはわからない。だが、どちらにせよゲートの中での戦闘行為なんて馬鹿げてる。重大な条約違反だし何より勝ちも負けもなく戦闘に関わった全員の命の保証がない。ケレルロイド軍のあの部隊は自らの命をも投げ出したカミカゼアタックを行ったのだ。それほど、俺たちは奴らにとって邪魔な存在だったのだろう。それはいい。俺たちは予期せぬ敵の出現にも冷静に立ち回った。鮮やかにケレルロイド軍の戦闘艇を撃破した。そこまではよかった。


 だが、問題はこの後起きる。

 それを予測しなかったのは俺らの怠慢だし、済んだことは言っても仕方ない。

 勝利の喜びを満喫していた操舵手の砧がはしゃぎ過ぎてコントロールを誤って、片翼を次元の揺らぎにぶつけてしまってたのだ。

 船はバランスを崩して時空のねじれに巻き込まれてしまった。

 その結果、船ごと俺たちはこんな訳のわからない人知の及ばぬ場所に飛ばされてしまったというわけである。大変な事態である。とりあえず砧はボコボコにしたが、そんなことよりも、この奇妙な状況を打破すべく頭を巡らせなければいけないのだ。

 

「それにしても、一体ここはどこなんだろうな」


 それが一番の問題だった。


「いくら歩いても辿り着かない塔。いくら歩いてもすぐ後ろにある波打ち際。気がつくと変身してる体。減らない腹。どうなってんだよ、ここは」


 砧がジタバタと喚いて再び大の字に寝転がった。そう、お手上げだった。ガダル号は動かない。半翼がもげている。あれじゃ片腕の狩人だ。

 食べ物も飲み物もないし、けど体調は良好で腹も減らない。そうなると、何もすることがないのだ。

 だから、とりあえず向こうに見える螺旋の塔に向かって歩いているのだが、この有様だ。


「でも、なぜか辛いとか思わないな」


「そうなんだよ。なんでだろ。帰りたいのに、ここにずっといてもいい気がしてしまう」


「気持ちが凪いでる感じでな。眠くはならないけど眠ることはできるから気分転換はできるしな」


「飯もなく、娯楽もなく、命を脅かす天敵もなく、病気にも何にもならない。ずっと夕暮れだし、そうなったらもう、寝るしかねえんだよなぁ」


「まったくだ。そんで、夢だけはよく見る」


「ああ。何もない世界で色とりどりの夢だけは見る」


「妙にリアルでさ。嫌な夢だったりもするんだよな。何だってできるし、何にだってなれるんだけどよ」


 勇者になって魔王を倒す旅に出たり、巨大ロボットを操縦して悪の科学者と戦ったり。巨大企業の不正を暴く新聞記者になったり、王子様と恋をする村娘になったり。


「むしろ、こっちが夢で、夢の中の方が現実なんじゃないかって時があるくらいリアルだよな」


「ああ。不思議だ。俺はそんなに夢は見ない方だったんだが。ここに来てから異常にリアルな夢を見る。一体ここはどこなんだ」


 波の音を聞きながら、こうして会話は堂々めぐる。不思議な場所だった。


 位相差空間の歪みに触れた俺たちのガダル号はコントロールを失い、この海に墜落した。

 船は大破したが、奇跡的に無傷だった俺たちは、泳いで浜辺へと向かった。


 夕焼けみたいに空が黄昏ていて、寄せては返す波は穏やかで、砂浜は暖かかった。空気もあった。奇跡的に俺たち人間が生活できる環境のようだった。

 波打ち際が地平線の向こうまでまっすぐ進んでいて、白い波のラインが遠く地平線の果てで世界を陸と海とに分けていた。

 首をひねり反対側を見ても同じ光景が広がっていた。水平線の彼方まで高い空が広がっていて、夕暮れに染まっている。

 海には俺たちが乗ってきた宇宙船が逆立ちしている。破損箇所が大きく修復は不可能だ。

 海に背を向け砂浜の向こうの陸地を見れば、砂地の中に微妙に砂の色が濃いところがあって、それが道のようになっているのがわかった。道はゆらゆらと蛇行しながら地平線の向こうまで続いていた。

 道の先には螺旋状に伸びる巨大な塔が立っていた。塔の先が霞んで見えないほどに巨大な塔だった。螺旋の塔は夕陽を浴びてキラキラと輝いていた。


 やばいところに来てしまった。一瞬でそれに気づくほど、ここは異様だった。


 なんとか、予備バッテリーで宇宙船のコンピュータを動かしたが、どの銀河フィラメントのネットワークにもまったく繋がらなかった。

 位置情報システムが破損したのかと調べたが、システムも通信装置も故障していなかった。


 考えられる可能性は二つだった。


 ひとつは超空洞ボイドの中にある未知の離れ星に飛ばされたという可能性だ。


 人類が宇宙に出て数世紀。位相差空間を利用したワープ技術を駆使し人類は様々な惑星をテラフォーミングしてきた。また、その過程で人類よりも遥かに発達した科学力を持つ異星人との接触を果たし科学技術を劇的に進歩させた。結果、遥か彼方の銀河フィラメント内部の異星人とも交流できるようになった。

 人類は様々な種類の異星人と接触したが、そのほとんどは穏やかで建設的で争いを好まず慈悲深かった。

 異星人たちは科学技術的にも精神的にも地球人よりも遥かに成熟していた。更にいえば人類よりも資源豊かで文化的で裕福だった。地球人たちを宇宙に上がったばかりの未熟な種族として、まるで子犬か巣立ったばかりの小鳥のような存在として寵愛の対象として見ていた。

 異星人と遭遇して戦争になるかと怯えていた人類は拍子抜けしつつ愕然とした。それほどまでに圧倒的な力の差があったのだ。

 異星人たちに「私たちもこんな時代があったわね」なんて懐かしい目で見られているのだ。

 だから、地球人が果てしない銀河のどこかで遭難しても、異星人からもたらされた技術で開発した通信装置を使えば(そして多額のレスキュー代を払えれば)異星人が救助に来てくれることがほとんどだった。よちよち歩きのカルガモの親子が道路を横断するのを車を止めて手助けするように。

 けれど、いくら通信装置を操作しても、どの銀河フィラメントの異星人達にも通信は繋がらなかった。


 というわけで、ここは我々地球人よりも技術の進歩した異星人たちですら到達していない遥か彼方の超空洞ボイド内の未知の惑星である可能性がある。

 異星人達が到達していない場所から自力で帰ることは今の地球人の技術力では不可能だ。そもそも船は破損しているし、もし修理できたとしても未知の超空洞なら地球圏からの距離は一〇〇億光年はくだらないだろう。船が壊れていようがいまいが帰れない。万事休すなのだ。俺たちはここでのたれ死ぬのを待つ運命なのだ。


 半ば諦めかけたのだが、いくら時間が経っても腹も減らなければ餓死するような気配もない。さらに気がつくと自分の体が少女になったりハゲ親父になったり、猿になったりと変化している。寝て起きれば元の姿に戻るが、時間が経つとまた変わる。意味がわからない。

 そうなると、我々は未知の超空洞の星に飛ばされたのではないのかもしれない。


 もうひとつの可能性。ここは未知の惑星などではなく、常識の通用しない異世界である可能性が高いということだ。というか、ほぼ確定的だ。


 位相差空間を使ってワープをするという技術は地球人が開発したものだ。異星人たちからすれば、とても危険でリスクの高いワープの方法で、こんな恐ろしいワープの方法を使う異星人はいないという。位相差空間の中は不安定で、次元の門が開いてしまうことも多く、事故が起きると異世界へ続くねじれに巻き込まれてしまうからだ。


 俺たちは位相差空間の中で戦闘を行なったことにより、偶発的に発生したゲートをくぐってしまったのだ。もう二度と元の世界に戻ることなどできない。ミンチになった豚肉を、元の生きた形に戻すことができないのと同じだ。

 俺たちはミンチになったまま、生も死もないこの以上な世界で、永久に歩き続けなければいけないのかもしれない。絶望的な状況だった。

 ため息をついて、寄せては返す波を砧と二人で見つめた。


「あ。お二人とも起きてたんですね」


 声をかけられ振り向く。

 波打ち際から金色の髪をふんわりとショート丈にした青年がやってきた。コマキだ。平坦な場所で視界を遮るものは一切ないというのに、コマキがいないことに気が付かなかった。

 ちょっとした駆け足でやってきたコマキ。


「あれ。どこ行ってたんだ?」


「寝ちゃってましたー。気がついたら二人とも、いなくて走って追いかけましたよ」


 呑気にコマキは笑った。

 ここに来てからそれなりの時が経つが、時々突然誰かを見失うことがある。こんなに何も遮蔽物もないだだっ広い空間だというのに、ふと砧の姿が見えなくなったり、砧もコマキも同時にいなくなったり。そんなことがしょっちゅうあった。

 でも、すぐにまた現れる。互いにぼーっとしてただけで、ずっと近くにいたのではないか、と勘違いしてしまう程度の時間で、再び姿を現すから不安にはならないのだが、それを含めて不思議だった。


「なんか夢、見たか?」


 寝転んでいた砧が身を起こして尋ねる。ここに来て随分と時間が経っていたが、変わり映えのしない日々だった。唯一、面白いことがあるとするならば、皆、夢だけはよく見るようになったということだ。妙に記憶に残る現実感のあるヘンテコな夢を毎回見る。勇者として魔王を倒せと言われる夢だったり、大きな穴をひたすら掘ることを強制される囚人になっている夢だったり、空を飛ぶ竜になってのんびり世界を旅する夢だったり。

 俺もコマキも砧もそれぞれ、ヘンテコな夢を見た。変わり映えのない日々には、夢の話をするくらいしか楽しみがなかった。


「ああ。そういえば、今回は自分らしくない感じの夢を見ましたねー」


 コマキはよっこいしょと俺の横に腰を下ろした。コマキは戸籍状は俺たちより年上なのだが、ウラシマ効果という宇宙を亜光速で移動した際に起きる時間ズレのせいで、見た目も中身も俺たちより若かった。ちょっと羨ましいような気もしたが、同級生が自分より老けていってしまうのは少し寂しいような気もする。本人は気にしていないみたいだったが。


「毎度、夢の細部まで覚えているのは何なんでしょうね。この星。星かどうかもわかんないですけど、ここに来てから刺激が何にもないから、夢をやたら覚えているんでしょうかね。ともかく、今日の夢の舞台は地球でした。うん、多分あれは多分地球だったんだと思います。暗くて雨がずっと降ってて雷が鳴ってて。古い映画であったでしょう。アンドロイドが人類に叛逆するみたいなSF映画。あのくらいの大気汚染が進んでた時代の地球って感じでした」


「コマキ、暇さえあれば地球時代の古い映画を見てたもんな」


 人類がまだ地球にへばりついていた頃の時代を総称して「地球時代」という。

 コンプラとかポリコレとかっていう面倒な制約が出来た地球時代後期の作品は総じてクソだが、その前の自由な発想で作られた時代の映画は技術レベルは低くとも、現代の娯楽よりも、むしろエキサイティングで色とりどりで面白い作品が多かった。今でも当時のフィルムがダビングされては愛好家たちの間で楽しまれている。


「その影響ですかね。本当にそういう映画の中の世界みたいでしたよ。夢の中の僕は汚染物質まみれの土砂降りの雨の中、自空車クルマを飛ばしてました。


 コマキがゆっくりと話し始めた。

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