煉獄螺旋 〜漂流〜

煉獄螺旋 〜漂流〜


 ☆



 どのくらい気を失っていたのだろうか。

 波の音で目を覚ました。重たいまぶたを開く。


 夕暮れの静かな浜辺だった。目の前にチラチラと波間が見える。

 俺は波打ち際にうつ伏せになって倒れていた。

 これはなんだ。そうか、気を失っていたのだな。

 でも……。……あれ、ここどこだっけ?


 一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

 ぼんやりとした頭で頬についた白い砂を払い、重たい体を何とか起こす。

 ひとつ伸びをしてから、ぐるりと辺りを見渡した。

 広くて大きな砂浜の向こう、陸地を見れば遥か遠く地平線の彼方に巨大で不気味な螺旋状の塔が見えた。ぐるぐると渦巻きながらどこまでも遥か彼方の天空に伸びている。それ以外に人工的な建造物らしき物は何もなく、大地はどこまでも砂地が続いているだけの不毛な有様だった。草の一本、椰子の木の一本も生えていなかった。

 なんで俺はここにいるんだっけ。そんな疑問が頭を掠めたが、それはほんの一瞬で、すぐに俺は状況を思い出した。

 そうだ。俺は元いた世界から何かの弾みで、とんでもない場所に放り込まれたのだった。


 仰向けになり、天を仰ぐ。

 何もする気がせず、しばらくぼーっとしていると、黒髪をポニーテールにした切長の瞳の少女がやってきた。


「なんだ。ドーラ、起きてたのか」


「ああ。……てか、お前、砧だよな?」


「おう。今はこんな格好だよ」


 苦々しく笑って砧は肩をすくめてみせた。

 切長の瞳だけは元の姿を連想させるが、全身を一瞥すれば砧の元の姿とはスレンダーな体型の少女だ。


「よかった。夢の中かと思った」


 思わず呟くと、砧はチラリとこちらを見た。


夢を見ていたのか」


 黒いポニーテールが微風に撫でられ揺れていた。


「どんな夢だった?」


 問われて見ていた夢を思い出す。なんだか長い夢だった。


「気が付いたら知らない世界に召喚されてて、俺はそこでは女の子になっていて、勇者だなんだと煽てられたと思ったら、服を脱げとか、股を見せろとか言われて逃げるって夢だ。夢じゃないみたいにリアルだった」


 あのまま夢から覚めずにいたら、俺はどうなっていたのだろう。

 俺は仲間と魔王を倒す旅を続けていたのだろうか。

 ふと、そんなことが頭をよぎった。


「相変わらず奇妙な夢だな。欲求不満か?」


「全然」


 肩をすくめて見せると砧は唇の端を歪めて笑った。


「そうだろうな。というか、お前も今、女になってるぜ」


「え?」


 体を見ると、砧の言うように俺の体はいつの間にか少女の姿に変わっていた。

 黒髪が腰まで伸びた少女。スタイルはなかなか良い。ニットワンピというのだろうか。体のラインが出る服を着ていてなんかエロい。けど、俺のセンスではない。


「夢でも現実でも女になっちゃってるのか」


「二人揃ってな。わけわからんな」


「まったくだ」


 腰に手を当て呆れる少女の姿の砧。その砧は淡い色のローブを着ていた。中世ファンタジーの魔法使いのキャラのような出立だ。まるで、今しがた見ていた夢の中に出てきた少女のようだった。


「今の砧の姿、夢の中の砧とそっくりだ。性格は現実の砧とは全然違ったけどさ」


「俺もこの前の夢にはドーラたちが出てきたよ。ドーラは俺の弟だった。一緒に公園に遊びに行ってた」


「お前の弟か。なんか嫌だな」


 砧は俺の隣にドスンと胡座をかいた。いや、正確にはストンなのだが、本来の砧の姿ならドスンだ。だからドスンでいいのだ。


「まったく、わけのわからねえ世界だぜ。ここに来て何日経った? 何も食ってねーのに、全然腹も減らねえし、クソも出ねえ」

 

 あまり考えたくない問題だった。


「最低でも百六十八時間は経っているはずだ。ここに時間という概念があればな」


 冗談で言ったわけじゃない。本当にこの場所は時間というものが存在しない世界かもしれないのだ。


「ここに着いてから、俺たちはずっとあれを目指して歩き続けた」


 砧が遠い陸地の向こうに顔を向ける。視線の先は地平線の彼方向こうにそびえる螺旋の塔だ。

 不気味な塔はキラキラと夕陽を浴びて怪しく輝いている。この世界で唯一の人工物のように見えるもの。

 あそこに行けば、何かがあると信じて俺たちは何もない世界を歩いた。


「歩き疲れて、くたくたになると、そこらに寝転がって仮眠をとった。起きたらまた螺旋の塔に向かって歩く。それを何回も何回も何回も繰り返した。で、振り返ってみろ。俺らの宇宙船ガダル号が突き刺さってる海が目の前にある。まだ砂浜にいる。どういうことだ。全然進んでねえってことだ。ワケがわからん!」


 砧は大手を広げて叫ぶと、大の字になって倒れ込んだ。

 俺もぶっ倒れたい気分だった。

 歩いても歩いても、俺たちはこの砂浜から出られないのだ。

 俺たちは人知を超えた謎の世界に来ている。

 帰れる術はなさそうだ。


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 ……全ては地球の暦で約一週間前に遡る。


 

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