脱出
☆
やばい。どうしよう。
村人たちは、いつ飛びかかってくるか分からない。服を脱がされ股を見られては魔族扱いでタコ殴りだ。殺されるかもしれない。
神殿で目覚めた時に下半身は確認済みだ。しっかりと女性特有の物がついている。
女神の加護で怪我がしにくい、とかコマキが言っていたけど、この大人数にボコボコにされたら敵わない。
それにいくら中身が男だとはいえ、こんな目の血走った奴らに服を脱がされ股を見られるというのはめちゃくちゃ嫌だ。人としてのプライド的に嫌だ。
にじり寄ってくる村人たちを牽制しながら後退りをする。
いつの間にか、広場の隅に追いやられてしまった。切り立った崖のすぐそばだ。遥か下には川が流れているようだが、暗くて何も見えない。川の流れがここまで聞こえるということは激しい流れの川なのだろう。
武器を持った村人がじわじわと輪を狭めてくる。
絶体絶命だ。必死に自分は魔族じゃないと説明するのだが、村人たちは全然話を聞いてくれない。
勝手に不安とか恐怖でいっぱいになりやがって。こうなったら話が通じる状態じゃない。
「みんな、どうしたの?」
「何かあった?」
一進一退で村人たちと睨み合っていると、その輪をかき分け、コマキと砧が現れた。ミスコン用にそれぞれドレスを着ている。
結構露出が多くて、なかなか似合っているが、どんな服なのか説明しているどころじゃない。
「こいつは勇者なんかじゃなかった! 魔族だったんだ!」
村人の一人が叫ぶ。
「排泄をしたいって言い出したんだ! 魔族がドーラの体を奪ってこの村を滅ぼしに来たんだ!」
「脱がせ!」「股を見せろ!」
くそう。緊迫した状況なのに、脱がせとか股を見せろってワードが飛び交うのがなんていうか間抜けだ!
「そ、そうなの……?」
「ドーラ! ウチらを騙したの!?」
二人に困惑の表情が現れる。
「違うって! 俺は魔族じゃない!」
「あいつは記憶がないとか言っていたぞ! 記憶がないなら自分が魔族じゃないなんてどうして言えるんだ!」
こういう時に限って、そういう重箱の隅をついてくるようなモブがいるんだよ。ちくしょう。
「記憶はないけど、でも自分が魔族だったかどうかくらいはわかるよ! 俺は人間だったよ! こっちの人間は毎日普通に排泄するんだよ!」
「嘘だ! 脱がせ!」
「股を見せろ!」
血走った目の村人たちはまったく聞く耳を持ってくれない。
コマキも目を伏せてしまっている。
もうダメか、観念するか一か八かで川に飛び込むか。女神の加護とやらがあるならワンチャン生き延びることができるかもしれない。
でも、そこも見えない暗闇の谷にダイブするのは怖すぎる。足がすくむ。万事休すか……。
その時だ。
「わたし、勇者様を信じます!」
コマキが顔を上げた。キュッと唇を噛み、大きな瞳をめいいっぱい見開いて、覚悟をきめた表情だった。
「コマキ、意見があったね。うちもだよ。本当に魔族なんだってんなら、排泄をしたいなんて誰にでも気づかれちゃうようなヘマ言わないだろ」
なんと、砧もコマキに同意してくれた。二人ともなんて心の清らかな奴たちなんだ。信じてくれて嬉しい。
「でも、もし魔族だったら、うちらでぶっ倒すからね」
「ああ。もしそうなら好きなようにしてくれ」
「みんなも落ち着いてください!」
「そうだよ! 一旦冷静になって考えてみてよ。ドーラが魔族なわけないだろう」
二人が味方に着いて皆を説得してくれれば、村人の興奮も治るだろう。
そう思ったのだが……。
「魔族の味方になるなら、お前らも魔族だ!」
「そうだ! 脱がせ! 股を見せろ!」
「脱がせ1」
「股を見せろ!」
村人たちは冷静になるどころか、むしろヒートアップしているようにさえ見える。
目が血走ってるどころか、右目と左目が逆の方に向いていたり、よだれを垂らして「脱がせ!脱がせ!」と連呼していたり、
よくよく見てみると正気とは思えない面構えの連中がちらほらいた。
「……何かおかしい」
「これはまさか……洗脳魔法!?」
コマキが驚愕したような声を出すと、どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。
「ふふふ、よく気が付いたな。褒めてやろう」
村人の間から妙に細長い人間が現れた。黒いフードを被った黒尽くめの男。身長は村人たちより頭三つ分くらいは優に大きいが、体は異常に細く、ゆらゆらと揺れる様が妙に不愉快だ。
「魔族ね!? いつの間に!?」
「あんた、魔法で村の人たちを操っているんだね」
「そうだ。魔力の弱い人間を操ることなど、我輩にかかれば造作もないことだ」
フードの中から頬のこけた男の顔が覗く。ぎょろっとした瞳に高いワシ鼻。なぜかどこかで見たことのある顔のような気がした。
「それにしても、部下の報告は正しかったのだな。女神め、こんな辺境の地で勇者を召喚していたとはな」
「そんな……、魔力が漏れないように結界は貼っていたのに」
「魔力は感知できなかったが、上空から我が配下の魔鴉が、横断幕を見たのだ。勇者の歓迎会をやると書かれた横断幕をな!」
「……あのバカ村長」
「さあ、勇者を渡せ。そうすれば村人の命は助けてやろう」
「コマキ、嘘だよ。どうせ皆殺しにするつもりよ」
「わかってるわ。魔族の好きにはさせません!
コマキが両手を突き出し叫ぶと、コマキの足元に光る魔法陣が現れ閃光が四方に向かって走った。
閃光は村人たちを包み込むと一瞬で真っ白な石像に変えてしまった。
「何!? ほう……なるほど。貴様が結界師だったのか。思い切ったことをやる。石化魔法で村の人間全てを結界化させたか。こうなってしまえば俺は村人に危害を加えることはできぬ」
唇の端を歪め魔族の男はほくそ笑んだ。なぜか楽しそうだ。
「俺に気づかれずに魔法の構成を編むとはなかなか腕の立つ結界師のようだな。……だが、そこまでだ。お前たちが絶体絶命なことには変わりない。村人の心配がなくなったところで、俺に勝つことができるか?」
「……ドーラ。合図をしたら崖から飛び降りて」
コマキと魔族が睨み合う後ろで砧が囁いた。
「が、崖から? 死んじゃうよ」
小声で返す。
「大丈夫。コマキは結界師だしうちは魔法使い。落下の衝撃を抑える魔法がある。この暗闇だ。逃げ切れる」
「でも村の人々はどうなっちゃうんだ」
「コマキの結界は一週間は持つよ。その間に対策を練って戻ってこよう。だから合図したら崖に飛び込んで」
マジかよ。こんな暗闇の中、底の見えない何百メートルあるかわからない谷に飛び込めって?
冗談じゃないよ。けど、飛ばなきゃこの魔族に殺されるんだ。やばい。怖いけど、飛ぶしかないのか。
「……コマキ、目眩し。いけるね」
コマキは魔族に気づかれぬよう、僅かに頷いてみせた。
「……よし、行くよ。いちにのさんっ!」
俺が覚悟を決める暇もなく、砧は合図を出してしまった。
「閃光花火!」
「行くよドーラ!」
コマキの放った光が辺りを覆い尽くす中、三人揃って崖から思いっきり飛んだ。
「くそー、う、うわーーーーー!!!!」
暗闇の中、ひたすらに落ちていく。
死ぬ。こんなのぜったい死ぬ。
「
横から魔法を唱える砧の声が聞こえた。体の表面がきらりと光り、薄くて硬い膜が貼られたような気がした。
これが落下の衝撃を抑える魔法か。
でも、魔法とかをかけてもらってても、崖から飛び降りているっていう状況に心臓が悲鳴を上げている。
風が強くて息もできない。
死ぬ。
こんな時、走馬灯を見るらしいが、俺はこんな時に、思い出したくない自分の記憶を思い出していた。
(そういえば、俺、泳げないんだった)
永遠にも思える自由落下の後、水面に叩きつけられ、濁流に飲み込まれ俺はもがきながら意識を失った。
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