状況把握3
☆
宿を出た俺が案内されたのは村の北の広場だった。切り立った崖に面した平地で草原になっている。宴会などの場として重宝しているらしい。
そこで、俺を歓迎してくれる宴会が催されるということだ。
どんな宴会なのだろう。固苦しい会ではないと砧は言っていたけど、ちょっと緊張するなぁ。なんて思いながら侍女二人の後をついて歩く。
道すがら、この村や世界のことを色々と二人に聞いてみた。世界のことを知りたいというよりは会話の中で二人がどういう性格なのかを知りたかったからだ。
結果、分かったことは二人は正反対の性格をしているということだ。
コマキは俺の質問に対し丁寧に説明してくれるのだが、話が長い割に的を得ない答えが多くて、それを見ている砧が痺れを切らしてコマキの言葉を遮って大雑把にまとめようとする。けど、その大雑把な感じがコマキは気に入らず、訂正を始めて次第に口喧嘩になる。
というような流れが短い道中に三回もあった。
仲がいいほど喧嘩するとはいうが、この二人はずっとこの調子なのだろうか。漫才を見てるようだが、これが道中ずっと続くと思うと少しばかりうんざりもしてくるぞ。大丈夫かな。この子たちと旅をして。
広場の入り口に着いた。
宴の準備はほぼ完了しているようで、大勢の人々が集まり、料理の匂いが広場の外まで流れてきていた。
広場の入り口には特設のアーチが作られ、横断幕が掲げられている。
【収穫祭&勇者様歓迎会!
”サイ”の村から始まる勇者伝説の
”サイ”ショの1ページを村人みんなで目撃しようっ!!】
その下には立て札で、
「会場はコチラ↑ お楽しみイベントも盛り沢山! みんなで参加してネ!」
という軽薄な文字。
「よっしゃー。真珠飴の屋台行こうぜー!」
パタパタとサンダル履きの子供が数人、はしゃぎながら広場に入って行った。のどかなものだ。
「……なんか思ってたのと違うな」
固い会は嫌だと思っていたが、ここまで軽い感じだとは重わなった。町内会の盆踊りレベルの規模っていうか、収穫祭と抱き合わせで歓迎される勇者って一体……。肩の力が抜けた。
「うちの村長、堅苦しいの嫌いでね。すーぐこんな感じの緩いお祭りイベントにしちゃうんだよね」
「わたしはもっと厳かな儀式にすべきですって抗議したのですけど、つまんなさそうだから嫌じゃって言われちゃいまして……」
コマキが申し訳なさそうに肩を縮こませていた。
村長って先ほど神殿で俺に声をかけたあの白髭の老人のことだろう。あの儀式の時は、とても威厳がある感じがしたけれど。
「あはは。それはコマキが村長に、第一印象が大切なんだからせめて召喚の儀の最中だけは厳かな雰囲気でやってください。って口を酸っぱくして言ったからなんだよねー。村長、最初は柄シャツに短パンで儀式に臨もうとしてたくらいだからさ、慌てて司祭用のローブを着せて、コマキは台本まで用意したのよ」
なんというか、陽キャ系の爺さんみたいだな。仕える方が大変そう。
「てなわけで、この歓迎会は本来の村長のノリで行われるからさ。気楽にしてよ。というわけで。村長~っ。勇者様をお連れしましたーっ」
砧が広場の真ん中で作業をしている老人に声をかける。
「おお勇者様。ご無事のようで何よりですじゃー。気を失った時は焦りましたぞー。死んじゃったらどうしようかと青ざめましたですじゃ。ファッファッファ。ささ、どうぞこちらへこちらへ」
白髭の長老はサングラスにアロハシャツみたいな派手な柄の開襟シャツ。軽いノリで俺たちを迎え入れ、広場の中央のテーブルへと案内した。魔王と戦うために村娘を生贄にして俺を召喚するような世界なんだから、もう少しシリアスな展開になると思っていたのに、この落差はなんなんだ。心の持ちように困る。
「元々、秋の収穫祭を行う時期でしてなー。ちょうど勇者様も召喚するし、一緒にやっちゃえば盛り上がるかなーっと思ったんですじゃ」
「メインイベントはミス・サイの村コンテストだよ。うちもエントリーしてんだ。ドーラは特別審査員になってもらう予定だから、うちに一票入れてくれよ」
「あ、砧ずるい! わたしだってエントリーしてるんですよ! 勇者様はわたしに入れてくれますよね?」
なんだよ。お前らも長老に負けず劣らず、充分お気楽な性格してるじゃねえか。魔王軍に侵略されてる最中にミスコンってさぁ……。
気が抜けつつ席に着き広場を見渡す。
広場にはたくさんのテーブルが並べられ、その上には大量の料理が皿いっぱいに盛られている。山盛りのサラダに脂の乗った焼き魚に、香ばしい揚げ物にいろいろな形のパン。それに広間の中央にはこんがりと焼かれた巨大な骨つき肉塊がまるで岩山のようにデデンと鎮座している。それを見つけた砧がコマキとの口論を止め、目を輝かせた。
「うほーっ。さすが森のヌシ。やったねドーラ! 食べ放題だよ!」
「こんな大きなババンギラは初めて見ました」
二人の言うように、本当にすごい大きさの肉塊だ。この世界にはこんなでかい獣がゴロゴロいるのか。俺、やっていけるかな。
「これは別枠さ。獰猛な野獣でね。人間なんか簡単にバリバリ食べちゃうような怪物なのさ。よくこんな大物を狩れたなぁ」
それを仕留めた狩人ってのはきっと相当な豪傑に違いない。
「他にも村の名物料理もたくさんあるので、楽しみしてくださいね」
コマキの言う通り、見たことのない食材や調理法のものがたくさんあった。記憶をたぐってみるも、ほとんどが知らない料理だ。元々知らない料理なのか、記憶を失っているからわからないのか、それすらわからないのだけど。
テーブルを見渡していると準備を終えた長老がやってきた。
「さて皆様。勇者様がいらっしゃいましたので、歓迎の宴アンド秋の収穫祭、張り切って始めますぞー」
村長の声に合わせ集まった村人からわーっと歓声が上がる。
「では、勇者様から一言。どうぞ」
「え。いきなりっすか!?」
雑に話を振られて、びっくりした。どうしたもんかと思ったが、村人たちが真剣な目で俺を見つめては、言葉を待っている。
仕方なくとりあえず立ち上がる。
「ええ。えっと。コマキさん達からいろいろ聞きまして、自分にどこまでできるかはわかりませんが、頑張って魔王を倒せるように努力したいと思います。あの、よろしくお願いします」
当たり障りのなさそうなことを言ったが、村人たちは歓声を上げてくれた。
「それでは、皆さんグラスを持ってくだされー。では、勇者様の健闘を祈って乾杯!」
こうして宴ははじまった。
コマキがテキパキと料理を運んで来てくれる。それぞれどんな料理なのか丁寧に説明してくれたが長くて正直頭には入らなかった。ともかくどれもとても美味しかった。
酒も入り、気分も良くなり、腹もいっぱいになった頃だった。赤ら顔の長老がこちらの席にやってきた。
「楽しんでますかー! 勇者様をこの村にお呼びできて、わしゃとっても幸せなんですじゃ」
相当酒が入っているらしく、呂律は回っていないし、足元はフラフラしていた。
「ぜひ、頑張って魔王を倒してくださいまし! 勇者様ならできますぞ! あ、そうじゃ。そういえば今日のためにババンギラを仕留めてきました狩人がぜひ勇者様にご挨拶をしたいと申しておりました。こちらに呼んでもよろしいでしょうか?」
酒臭いなーと思いながら頷くと、村長は後ろを向き誰かに手を振った。
すると、離れたテーブルに座っていた少年がこちらにやってきた。
コマキや砧や俺などよりも随分と若い。茶色い髪を短く刈り上げた背の低い少年。あどけなさの残るその顔は少女と言われても信じてしまうほど幼い。しかし、その若さよりも気になったことがあった。少年の左腕は肩から下がなかったのだ。
「勇者様。初めまして。ボク、ガダルといいます。今日の宴のためにババンギラを仕留めました」
少年のニコニコと屈託なく笑う表情からはとても狩りをするような逞しさは感じられない。
「すごいね、君はいくつ? そんな若くして巨大な獣を、その片腕で狩るのかい?」
「年は十二歳です。腕は狩りの途中、ババンギラに喰われました! でも、気にしないでください! ラウルの森の主のボスババンギラを片腕一本の犠牲程度で狩れたので満足しています!」
「ええ!? 嘘!? 喰われたって!? なんでそんな平気な顔してんの」
「狩りをする者はいつだって自分が狩られる覚悟を持たなければなりません。今回ヘマはしましたが、いい勉強になりました! それに、片腕あればボクには十分です! これからも、どんな魔物でも狩ってみせますよ!」
残った右腕を掲げて握り拳を見せ少年狩人はニカっと笑った。
「ババンギラの肉は美味しいし栄養価も高く、干せば保存食になりますので長旅には重宝します。鋭い牙や爪は加工して武器になりますし、厚い毛皮はナメして防具にすれば魔術などの攻撃を防ぐ効果があります。魔王を倒すために旅立つ勇者様に役立てて欲しくて、頑張って倒しました。ぜひ、活用してくださいっ!」
そ、そりゃもう大事に活用させてもらうよ。
この少年の片腕と引き換えなんだもの。
長老の軽さのせいで忘れかけていたが、ここの世界は厳しい世界なんだな。いや、もしくは自分が元いた世界が安穏な場所だったのかな。
「それと、ひとつお願いがあるんです。聞いてくれますか」
ガダルは少女のような笑顔で上目使いに俺を見る。
「実は、ババンギラを倒したことで、もうこの辺りにあいつ以上に強い獣はいないんです。当分は村を襲う魔物も現れないですし、良かったら勇者様のお供として一緒に旅をさせてはくれないでしょうか。片腕だって弓も剣も問題なく扱えます。それに料理の腕も良いですよ。旅先でいろんな獣を仕留めて、それを美味しく料理できる仲間がいたら重宝すると思いません?」
「それはいい! ガタルは若いけど、村一番の狩人なんだよね。旅の道中、頼りになると思うよ」
砧が跳び上がらんばかりに喜んだ。付いて来てくれるなら嬉しいけど子供なんかを連れていっていいのだろうか。
学校とかそういう義務教育的なのはないのかな、この世界だと十二歳って成人扱いなのかな。
そんな野暮なことが頭に浮かんだが、村長も「それはいい。是非連れていってやってください」とか言ってるし、コマキも「近距離での魔物との戦いが不安だったから、ガダルが付いて来てくれると助かるわ」なんて声を弾ませている。ならいいのかな。郷に入っては郷に従えだ。
「じゃ、一緒に行こう。よろしくガダル」
ガダルはキラキラした屈託のない笑顔を浮かべた。
「よろしくお願いします! 勇者様!」
ガダルの手を握ると、彼の手のひらには硬くなった豆がいくつもあり狩人の凄みを感じだ。
こうして俺はコマキ、砧、ガタルの三人を従えて旅立つことに決まった。
旅に必要な物資はすでに村長が用意してくれているらしく、明日の朝にそれらの物資を受け取りに村長の家に行き、村を出てまずは川沿いに半日ほど歩いて、となり村に向かい精霊士のユメという人に会いに行く。ということになった。
そんなこんなで宴会は進み、日はどっぷりと沈んだ。ガダルは荷造りに家に帰り、ミスコンの準備が始まるとコマキと砧が着替えにいなくなった。
俺は宴会場のテーブルに一人だった。たらふく飯を食ったので、トイレに行きたくなった。
そういえば、この広場にはトイレらしき建造物は見当たらないが、皆はどこで用を足しているのだろうか。文明のレベル的に水洗便所はなさそうだが、トイレはどんな様式なのだろう。和式しかなかったら嫌だなぁ。などとこんな時に変なことの記憶が蘇った。自分の元の名前も思い出せないのに、用を足す場所とか様式の種類は思い出すってどうなんだよ。
これぞ人間の記憶の神秘か、などと思っていたが、いよいよ本格的にトイレに行きたくなってきた。
「あのすみません、ちょっとトイレ行きたいんだけど、トイレってどこにあるの?」
通りすがりの宴会のスタッフに尋ねると、急に辺りが水を打ったように静まり返った。
「……え? 何?」
見れば、会場の人々皆が凍りついたような表情で俺を見つめている。
「ト、トイレとは、もしかして……。は、は、排泄を……するということですか?」
異様な静寂の中、スタッフが青ざめた表情で言った。別に中身が男だから構わないけど、女の子めがけてなんという直接的な表現をするんだこいつは。
「えっと、まあそうだけど……」
言葉を濁しながら返答すると、その瞬間、悲鳴にも似た叫び声が会場中から湧き上がった。
「ま、魔族だ!! こいつは勇者なんかじゃない!!魔族だ!!」
「魔族がドーラの体を奪ったんだ!!」
「魔族を村に入れちまった! もうこの村はおしまいだー!」
「自警団は前に出ろー! 魔族が出たぞー!!」
母親は子を抱きあげ悲鳴をあげて逃げ惑い、男たちは近くにある酒の空き瓶や椅子やナイフを持ちあげた。
びっくりしてキョロキョロしてる間に、さっきまでの友好ムードは消え失せ、瞬く間に俺は村人に取り囲まれてしまった。
「なになになに、どうゆうこと!?」
両手を上げハンズアップで敵意がないことを示すが、村人たちは敵意を剥き出しにしている。
「そなたは何者じゃ」
輪の中から、歩み出たのは長老だった。
さっきまでのフランクな表情は消えていた。
「排泄をするのは魔族だけじゃ。我々人間は摂取した食物はすべて血肉となるのじゃ。排泄をするということは即ち、魔族であり我々人間の敵であることの証明なのじゃ」
真剣な表情の村長。
「ええ!? そんなこと急に言われても知らないよ! 別に俺、魔族じゃありませんよ!」
必死に誤解を解こうとするが、村人たちは警戒を解かない。じっと俺を睨みつけたままだ。
「なら、股を見せてみろ! 人間であるなら、股には何もないはずだ!」
「そうだそうだ! 魔族は股におぞましい穴や棒があると聞く! その服を脱げ! 股を見せてみろ! お前の股に何もなければお前を人間と認めよう!」
「服を脱げー!」
「股を見せろー!!」
と、いうことで、物語の冒頭に戻るというわけなのだ。
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