現状把握
☆
目が覚めた時、最初に感じたのはひんやりとした空気と湿気とカビ臭さだった。
(あれ、ここどこだっけ?)
まぶたを開くと石造りの神殿だった。薄暗くて、だだっ広い広間の中心にピラミッド状に石が積み上げられた結構な高さの祭壇があり、その頂上に豪華な装飾を施された石棺が置かれていて、俺はその中に横たわっていた。
なんだここは。
それこそ、飲み過ぎて記憶を失った日の朝みたいに、自分がどこにいるのか全然分からなかった。
不思議に思いながらも、ともかく身を起こそうと目を擦って、あることに気がついた。
体が異様に軽かった。
ふと自分の手を見る。白くて綺麗な指。指毛の一本もない細くて美しい指。
不思議に思い頭を起こし自分の体を見る。
おいおい嘘だろ?
自分の胸元に違和感としか言いようのない膨らみが二つあった。
……これ、おっぱいじゃん。
触ってみる。心地よい柔らかさ。白い布をワンピースのようにして纏っているが、その下から覗く腕は細いし、綺麗な脚にはすね毛の一本も生えていない。髪も長い。頭を振ると艶やかな黒髪が揺れ、自分の頭から甘い匂いがした。思わず股間に手をやる。慣れ親しんだ『
なにこれ。俺、女になってる?
しかも若くてスタイルの良さそうな良い匂いの少女っ!
飲み過ぎて記憶がない日の朝とは違う。
さすがに俺とて「ああそうだ昨日色々あって女の子になっちゃってたんだー。いやいや忘れてたよ。それはさておき、今日も一日頑張るか」とはならない。なるもんか。
「なんじゃこりゃ」思わず口に出た。その声も高くて綺麗でびっくりした。
恐る恐る身を起こす。
するとそれまで目に入らなかった祭壇の下方から、ざわめきが沸き起こった。
石棺の淵に手をつき見下ろすと祭壇を囲むように老若男女、大勢の人が集まりこちらを見上げていた。
人々の格好は皆一様に独特の刺繍の入った見たことのない民族衣装だった。
体を起こした俺は群衆に見つめられまま、しばし固まっていた。
「なんじゃこりゃ」再び、思わず口に出た。
フリーズしている俺を見上げる群衆の中から一人の老人が歩み出た。宝石がついた杖を持った白髭の老人。全身を包む白いローブの袖や襟元には螺旋模様の刺繍が施されていた。
「儀式は成功じゃ。勇者様を異界から召喚することに成功したのじゃ!」
司祭とかなのかな。威厳のある老人の声に合わせて、群衆は歓喜の声を上げた。
「勇者様バンザイ!」「我らに力を!」
「この世界を救ってください!」
「魔王を倒してくれ!」
人々の熱気はすごかった。ちょっと怖いくらいに。
「みなのもの、静粛に!」
老人が一喝すると群衆は素直に押し黙った。皆が静まると老人は咳払いを一つ、頭を下げた。
「勇者様、突然のことで混乱もされていらっしゃるでしょうが、どうか取り乱さずにわしの話を聞いてくださいますでしょうか」
勇者様と呼ばれた俺は、頷くしか選択肢はなく唖然としたまま首を縦に振った。
「ありがとうございます。わしの名はガンズ。アルバンズ王国サイの村の長でございます。この世界は現在、大魔王ゲロイド率いる魔族による侵略を受けております。世界の国々が協力して立ち向かっておるのですが、魔王軍の力は強く、日に日に領土を奪われている状況でございます。そこで各国の賢者の知恵を合わせ、女神を呼び出しその力を借り、この度、大魔王に対抗できる勇者様を異界より召喚したという次第でございます! ようこそ勇者様!」
……なるほど、分からん。
「突然のことで心苦しくはございますが、我々のために力を貸していただきたいのです。詳しい説明は侍女の者からさせていただきます」
長老の両脇から二人の少女が歩み出た。
小柄でくりくりとした大きな瞳の金色の髪をふわりとさせたショートカットの少女と、長身で切長の瞳の黒髪ポニーテールの少女だった。小柄な方は可愛いらしく、背の高いほうは美人という印象だった。
「二人は勇者様の旅のお供をし身の回りの世話をいたします侍女のコマキと砧ですじゃ」
「コマキと申します」「砧です」
小柄の少女がコマキ、長身の少女が砧と名乗った。
「勇者様も突然のことで混乱されていると思います。静かなお部屋をご用意しておりますので、そちらで一度落ち着いて頂き、侍女の二人より色々とご説明をさせていただければと思います。ともかくこの世界に来ていただき誠にありがとうございます。サイの村の一同、勇者様のために出来うる限りのご協力はさせて頂きます。何卒よろしくお願いいたします」
老人が頭を下げると、群衆も長に倣って頭を下げた。
俺は混乱する頭で考えた。
これは本当に現実なのだろうか。
勇者と呼ばれているけれど、俺には特別な力なんかない……はずだ。
というか、俺は誰だっけ?
なぜ、ここで目覚めたのかも分からないが、これまでの記憶もない。自分の体が少女になっていることに驚いたということは元々は男だったのだろうか。
目覚める前はどんな世界でどういう生活をしていたのか。全然思い出せない。
分からないことだらけなのだ。記憶喪失というやつか。これは困ったぞ。
幸いにして老人は腰も低いし人の良さそうな柔和な眼差しだ。危害を加えられそうな気配はひとまず無いし、老人の言うとおりに行動して様子を見るしかあるまい。
「わ、わかりました。ひとまずそちらに行きます」
ともかく、祭壇から降りなければ始まらない。
立ち上がり、石棺を乗り越えようとした時だった。思ったより体が軽くて、石棺の淵につまづいた。そりゃそうだ。細くて軽い少女の体なのだ。いつもより動作が機敏になっていた。
やべ!っと思ったのも束の間、俺はつんのめる形で高い祭壇から転げ落ちた。
群衆の悲鳴のような声が聞こえたが、ゴロゴロと石段を転げ落ちて頭をぶつけた俺の意識はそこで途絶えた。
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