煉獄螺旋 〜おもひで〜

煉獄螺旋 〜おもひで〜 

 時々さ。

 自分がどこにいるのかわからなくなる時ってないですか?


 例えば、お酒を飲みすぎて記憶を無くした日の朝とか、ベッドの位置を変えた次の日の朝とか、旅先のホテルで迎える朝とかに、目が覚めて一瞬「あれ、ここはどこだっけなぁ」ってなること、時々あるでしょう。


 大体が寝ぼけてるだけで「そうだ、免許合宿に来てたんだった」とか「昨日出会った女と勢いでホテルに来てたんだった」とか、すぐに思い出してしまうんだけど、あれって実はじゃないらしいんだ。



 これは昔、友人に聞いた話なんだけどさ。


 朝、目が覚めてなんだかいつもと違う場所にいるような感覚になったりするのって、寝ぼけてるわけじゃなくて、本当に昨日とは全然違う世界に来ちゃってんだってさ。

 つまり、並行世界とかパラレルワールドって呼ばれている場所に、寝てる間に移動しちゃってるってこと。信じられる? 


 俺だって信じられなかったけど、そんな俺に友人はこう言った。


「並行世界を繋げる次元のゲートはこの世界のどこにでもあるわ。単に貴方が門の存在に気がついていないだけよ」


 真面目な顔で返されてさ、困っちゃったよ。

 

 その友人が言うにはさ、次元の門はそこらじゅうにあって気がつかないうちに門を通って並行世界に行ってしまう人も多いんだって。ただ、自分が並行世界に移動してしまったことに気がつく人は稀なんだってさ。それは何故かっていうと……ってか、突然こんな話をされてもポカンとしちゃうよな。でも、我慢して聞いてほしい。この話は結構大事なことなんだ。


 で、並行世界に来たことに気づく人が少ない理由だけど、なぜかというとそれは脳の性質のせいらしい。人間の脳ってのは次元の門を通り抜けると、自ら記憶を書き換えてしまうって性質があるんだって。並行世界ってのは、あらゆる事象が元の世界と一緒だけど、些細な部分とかは微妙に違ってる世界で、その微妙に違う部分が気になりすぎちゃうと脳の処理が追いつかなくなってフリーズしたりバグったりしちゃうから、それを防ぐために無意識下で記憶を改竄するんだってさ。

 だけど脳がその書き換えをしてる最中には元の世界の記憶が残ってることがあるから、「あれ、ここどこだっけ?」って当の本人は呑気に寝ぼけてるみたいにふわふわしながら疑問に思うんだってさ。


 人間は昔から次元の門を渡り歩いて生きてきたから、そういう本能的な自衛機能が備わってるんだって。


 以上、並行世界についての話。終わり。


 こんなトンデモ話を俺に嫌というほど聞かせてきたのは大学時代の友人だった。

 彼女は並行世界とか、そこへ続くゲートについてばかり話す、ヘンテコな子だった。


「大体の人は門が見えないし門の存在に気がつかない。ワタシのように世界を注意深く観察すれば自ずといろんな門が見えてくるから、面白そうな所を選んで並行世界の旅行を楽しめるんだけどね」


 そんなことを嘯いて彼女はニヤリと笑ってた。今思い出してもヘンテコな子だ。

 何言ってんだろこいつは。って、俺は若干引きながら受け流していた。

 全然真剣に聞かなかったから正直内容はほとんど覚えてない。いやホント。これでも全然覚えていない方なんだ。


 俺は記憶力がいい方じゃない。まず、彼女の名前だって思い出せないもんな。

 顔立ちは、ぼんやりとなんとなくは覚えてるけど。えっと、派手さはないけど整っていたな。

 肩にかかるくらいの長さの黒髪、眉毛を隠すように真っ直ぐに切り揃えられた前髪。服装は量産型女子。というかなんというか、まあどこにでもいるような女子大生だった。並行世界とか門とかって電波的なことを言うような雰囲気は見た目からは全く感じられなかった。本当にどこにでもいそうな女の子だったんだ。

 そして、そんな彼女はなぜだかわかんないけど、ことあるごとに俺のそばにやってきて並行世界について話をしたがった。

 もしかしたら俺のことが好きだったのかもしれない。けど、ヘンテコな話ばかりしてくるから、ちょっと距離を置きたかったし、俺は半信半疑……というか、マユツバ話と聞き流していた。呆れ顔を隠しながら適当に相槌を打っていた。

 けど、彼女は俺が興味を示していないことなんかお構いなしに話を続けた。どういう神経してたんだろね。


「これだけは覚えておいてほしいんだけど、本当に近づいてはならない危険な門が時々あるの。それは並行世界ではなく異世界に続く門よ。絶対に異世界に続く門には近づかないで」


「並行世界と異世界って何が違うんだよ」


「全然違うわ」


「わかんねえよ。それに近づくなって言ったって、門ってのが俺には見えねえんだから気をつけようがないじゃん」


「なら、せめて螺旋階段には近づかないで。貴方と螺旋は相性が悪いわ」


「なんだよそれ。意味わかんね」


 そんな会話をふと思い出した。古い学生時代の思い出だ。


 今や多くのことを忘れてしまったけれど、こうしてふとした瞬間に思い出す事もある。

 そして、今更ながら彼女の言う通り、螺旋階段には近づかなければよかったと後悔していた。

 けれど、この後に及んで過去のことを思い出したところで、もう遅い。

 取り返しのつかないところまで俺は追い込まれていたのだから。


 さて、思い出話はやめて、現在の状況を説明しよう。


 崖っぷちに立つ黒髪の少女。彼女は男たちに取り囲まれていた。

 少女を取り囲む男たちの目は血走っている。

 男たちの手にはナイフや火のついた松明や、割れて鋭利になった空き瓶などなど。

 男らは少女を睨みつけ、口々にこう叫んでいる。


「服を脱げ!!」


「裸になれ!!」


「股を見せろ!!」


 口泡を飛ばしては少女に向かって叫んでいた。大変緊迫した場面だ。

 もし、俺が屈強な男であったならば少女の前に立ちはだかって、このハレンチ極まりない群衆どもを叩きのめすのだが、それは無理な話だった。

 なぜなら、取り囲まれている少女というのが何を隠そう……俺だからだ。

 混乱したかな。俺も混乱している。 


 目が覚めたら、俺は少女になっていた。

 で、紆余曲折あって男どもに囲まれて「脱げ!」だの「股を見せろ!」などと、声を荒げられているのだ。

 どうしてこんな状況になっているのか。


 ことの発端はこうだ。

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