『異世界転生の女神に選ばれなかった人々』 純文学・ホラー
夢のように美しい真っ白な庭だ。
女神は笑っている。
女神は、悪魔のように笑っている。
――――――
平凡な人生を生きて、そして死んで、辿り着いたのは真っ白な庭だった。
天国や地獄ではないのだなと思う。自分が行くならどちらだろうと生きている間は何度も考えたっけ。
可もなく不可もなく、どちらかと言えば不可寄り。天国も地獄も似合わない。そんな凡人そのものの人生だ。
そんな私のような人間が来るのがここなのだろうか。美しいだけで、ひたすらに空虚で静かな白の庭。
ふと気づく。
ここには他にも人間が多くいて、私と同じように辺りを見渡していることに。
そしてまた気づく。
庭の向こうに二つの扉があることに。その前に女神が立っていることに。
その瞬間
ここは転生の庭だ。
私は何度もここに来ている。
その度に女神に選ばれず、左側の扉をくぐり、凡人として社会の背景に費やされる人生を繰り返してきたのだ。
ああそうだ。
私は知っている。
天国や地獄などないのだ。そんなものどこにもないのだ。あるのは転生の庭だけ、その先にある二つの新たな人生だけなのだ。
庭に集まった者全員が、期待の目で女神を見上げている。ここに集まるのはきっかり一万人。数えなくても分かる。そうと決まっているからだ。
一万人の中の一人だけが女神に選ばれて右側の扉をくぐることができる。異世界に生まれ変わることができる。主人公になることができる。
なりたい。
背景ではない、主人公に。
なりたいなりたいなりたい。
なりたい。
何も為せない己を繰り返したくない。
なりたい為りたい成りたい。
今度こそ、今度こそ。
絶望しながら生まれて、死にゆくのはもう沢山だ。何度も繰り返したのだから、私だって選ばれていいはずだ。
今度こそ、今度こそ、今度こそ!!
私は選ばれる。
異世界の女神に選ばれる。
そうだ、選ばれるべき人間のはずだ。
私は何度も何度も凡人の生を繰り返してきた。そろそろご褒美を貰ってもいいじゃないか。そうだろう。
才能があれば。
生まれが良ければ。
あらゆる力があれば。
――与えられれば私だって主人公になれる。
世界を私の背景にして輝ける。
だからだからだからだからだから。
女神が右手をゆっくりと持ち上げる。
選んで選んで選んで選んで選んで。
その指先が、私の上に――――――
「やった!!」
顔を輝かせ、声を弾ませ駆けていく。
右側の扉をくぐる。その先は異世界。自分が主人公になれる物語のような世界だ。
天国や地獄はないと言ったが、考え方を変えてみれば、異世界こそ天国だと言えるだろう。声も弾むというものだ。
年若い青年は、私の目の前で右の扉の奥へ飛び込んでいった。
また、駄目だった。
私は選ばれなかった。
私は、女神に選ばれなかった。
何故、何故、何故、何故、何故、何故。
どうして、どうして、どうして、どうして。
そして女神は左手を上げる。選ばれなかった我々の足は勝手に動き、黒々と開いた左の扉へと向かって進み始めた。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
また凡人になるのは嫌だ。数多の人間のうちの一つとして、埋もれたくない霞みたくない、私は輝きたい主人公になりたい。
あの扉をくぐるときに、脳裏を駆け巡るこれからの人生。そんなものわざわざ知りたくない。平凡な人生などもう沢山だ。もう繰り返したくない、凡人になどなりたくない、そんなことなら生まれたくない。
だが足は止まらない。心の慟哭を声にも出せず、ただ他の人間たちと共に、死んだ顔で、黙々と扉へ、新たなる絶望の人生へと突き進む。
誰か、誰か。
私を助けてくれ。
誰かのせいだ。
私が選ばれないのは。
ああまた繰り返す。社会の背景に費やされる、退屈すぎて語ることもない絶望の人生を。嫌だ、もう嫌だ。生まれたくない、生まれたくない!!
微笑む女神の横を抜け、立ち止まることなく左の扉をくぐる。女神は最後まで笑っていた。私を選ばなかった女神は、最後まで、悪魔のように笑っていた。
脳裏を駆け巡る記憶。これからの平凡なる我が人生。また考えることになるのだ、私は天国と地獄のどちらへ行くのだろうかと。くだらない、くだらないくだらないくだらない!!
そんなものはないのだ!!
私は地獄へ落ちる。
選ばれずに、落ちるのだ。
奈落のような絶望の凡人の生へ。
主人公になどなれないのだ!!
私は地獄へ落ちる。
選ばれた者を横目にして。
奈落のような世界へ生まれ落ちるのだ。
ああ、嫌だ嫌だ嫌だ。
黒々とした扉をくぐり終えてしまう。
絶望の世へと生まれ落ちてしまう。
薄らいでいく意識の中、一つ前の自分の誕生のときのことを思い出した。あのときもこうして絶望しながら、嫌だ嫌だと心の内で叫びながら生まれたのだった。
そう、我らが産声は絶望の慟哭。
選ばれなかったことへの怨嗟の声。
我々は絶望しながら、叶うはずもないのにこの世を拒否して、嫌だ嫌だと泣き喚きながら生まれ出るのだ。平凡な己の生を知らしめられて、嘆きながら生まれるのだ。
押し潰されるような産道を抜けて酸素を得る。ようやく得た喉を震わす空気に、私は叫ぶのだ。この世へ、己への絶望を。
そうしてぬるい産湯が記憶を洗い落としていく。流れ出て、溶けていく我が絶望。またこうして全てを忘れたまま、この世を生きていくのだ。
死してまた、白い庭へ行くまで。
死してまた、女神に出会うまで。
――――――
女神は、悪魔のように笑っている。
私を嗤っている。
悪夢のように空虚な白い庭だ。
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