第3話 園島美咲

 少女はセーラー服を着ている。

 都内の公立高校の物だ。

 そこに彼女の籍は無い。

 だが、彼女は好んでこの制服を着ているだけだ。

 そして、退屈そうにスマホを眺めている。

 その前では背広姿の男女が忙しそうに事務仕事に励んでいる。

 その中の一人が疲れを取る為にパソコンの画面から目を離し、背筋を伸ばす。

 不意に彼は少女に目を向ける。

 「なぁ・・・美咲ちゃんはなんでセーラー服を着てるの?」

 自分よりも年上な男性から問い掛けられた少女はやはり退屈そうに答える。

 「私服は選ぶのが面倒臭い」

 「ははは。でも、スーツとかあるでしょ?」

 「似合わない」

 「確かに」

 男は笑ってから、再び仕事に戻る。

 少女の名前は園島美咲。

 魔法少女フェアリーの人間の姿である。

 彼女は悪魔テンペストと契約して、魔法少女になった。

 無論、何も無く悪魔が彼女の前にやって来る事は無い。

 美咲は小学校の時から酷いイジメを受けていた。

 中学の時には不登校になり、高校に進学もしていない。

 凄惨なイジメであったかと言えば、その判断は難しい。

 だが、彼女はイジメによって、心を閉ざし、世界を恨んだ。

 結果として、悪魔が彼女の前に現れた。

 悪魔は彼女にこの世界を滅する力だと言って、魔法を与えると言った。

 世界を滅する力。

 その言葉に美咲はとても心が惹かれた。

 自分の思い通りにならない世界など消えれば良いと思っていた。

 だが、世界を支配が出来るなら、それも良いと思った。

 だから悪魔と契約した。どうなるかも知らず。

 悪魔と契約すると体は魔力に包まれ、その容姿が変化した。

 すなわち、ドレス姿の魔法少女の出来上がりである。

 魔法と言っているが、アニメとかと違い、火や水が出るわけじゃない。魔力を帯びた光が放たれる。その光は力があり、様々な効果を生み出す。その力は圧倒的で戦車さえも塵に出来るし、ビルだって切断が出来る。つまり、この世界にある物は魔法の前に無力である。だからこそ、世界を滅する力なのだ。

 そして、悪魔と契約して変化したのは心だ。

 イジメられる人間の多くはそもそも非暴力的である。だが、悪魔の魂と融合した事でいかなる暴力も虐待も楽しめるようになる。

 ある意味でイジメられていた奴がイジメる側に回ったようなもんだ。

 美咲は元々、その素質があったのかもしれない。そんな心境の変化にも最初から慣れていた。大抵の魔法少女はそれで正気が保てずに暴走するはずなのにだ。

 美咲は解っていた。魔法少女が世界の破滅を求めて、暴れる理由を。

 彼女達は暴走している。ただただ、悪魔に植え付けられあ破壊衝動や殺戮衝動に身を任せて。

 じゃあ・・・自分はどうなのか。

 元々、美咲はまともじゃないと自負している。

 サイコパスと言えば、聞こえは良い。

 人を殺す事もどうでも良かった。イジメられていた時も殺してやろうと思う心を抑えるのに苦労しただけだ。

 確かに、世界を滅ぼしたいと願っていた。だから、悪魔と出逢えた。

 だが、本当の望みは世界の支配だ。

 悪魔もさすがにそんな野心までは見抜けなかったか。それともそれさえ悪意の一つだと思ったのか。

 美咲は魔法少女になって最初にやった事がイジメグループと何もしなかった学校側の制裁だった。だが、それは殺すとかって野蛮な方法じゃない。

 散々、嬲って。奴隷にしただけだ。

 そして、彼女は力を見せつけて、警察を通じて、政府と交渉した。

 魔法少女に対抗する力として、自分と契約をしないかと。

 この世界で自由に生きる為、美咲は魔法少女を利用する事にした。

 そんな彼女の新しい居場所が警察庁に作られた。

 公安特課

 魔法少女対策の為に設立された部署であり、悪魔研究をする機関などとの連携も行っている。

 美咲が魔法少女でありながら、人間側に付いた事で、今まで、不明であった魔法少女や悪魔の研究は一気に進んだ。これだけでも日本政府だけじゃなく、魔法少女被害の起きている諸外国政府も彼女を歓迎した。

 その為、公安特課には多大な予算と人員が投じられている。

 彼女の前で事務仕事をしているのはそんな人員の一部である。

 彼等の仕事は主に魔法少女の支援。

 スケジュール管理や情報提供などである。つまり秘書のようなものだ。

 「ねぇ、飲み物が無くなったんだけどぉ」

 美咲がそう言えば、即座に誰かが立ち上がり、ダッシュで買いに行く。

 雑用は全てこなすのである。その為だけに頭脳と体力のある優秀な官僚が各省庁から集められている。因みに今、飲み物を買いに走ったのは防衛大学出の幹部自衛官である。

 昔から戦車には戦車と言うように、強い兵器に同等の兵器で対抗するのが常套手段である。当然ながら、圧倒的な力を持つ魔法少女には魔法少女で対抗すべきなのだ。はっきり言えば、多大な損害を出しつつ、魔法少女と対決するより、美咲に全てを任せてしまう方が遥かに損害は少ないのだ。どれほど美咲が傲慢だろうと。

 美咲はリクライニングソファで背を伸ばしつつ、お菓子を齧り、スマホでゲームをする。怠惰な生活を送るのが彼女である。その場に居る誰もが彼女はそんな感じなのだと思っている。一人を除いては。

 その一人とは買い物に出た幹部自衛官、五十嵐昭雄だ。

 彼は美咲の事を実は陰で努力するタイプだと思っている。そう考える要因はまず、体躯だ。若者故に痩せているってわけじゃない。普段、色々と食べている。それも総量としてはかなりの量だ。なのに太らない。見える範囲で二の腕などを見ると、女性らしい脂肪の付き方だが、力を入れた瞬間、その奥深くにかなりの筋肉量を感じ取っている。

 つまり、彼女は人の目の無い所で、筋トレなどをしていると考えるのが妥当だろう。

 さもなければ、幾ら魔法少女になったからと言って、連戦連勝などあり得ない。

 相手も同様の力を持つ以上、魔法は同等なのだ。だとすれば、勝利を決めるポイントは本人の身体能力や頭脳、運となる。どれかが相手よりも秀でていなければ、連戦連勝には及ぶはずがないのだ。

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