第6話 透けてる彼女
「な!? いつの間に!?」
勢いよく振り返ると、寝違えたときみたく首がグキッと固まった。
(なんだ、この昔の武士みたいな話し方……)
強張った首筋を押さえつつ、ゆっくりと視線を上げていくと。
ピアノの鍵盤の蓋に肘を置いて頬杖を付き、足を組んだ少女が星南太郎を見ていた。
この学校の女子たちと同じ制服姿だった。
そして、その少女はとりあえず眼力が鋭い。芯の強さを示す、揺るぎない光が瞳に宿っている。
前髪がやや目にかかっているが、そんなことで威力を失うことはなく、とにかく眼差しが強くて、痛い。それを真正面から受け止める星南太郎は、矢が突き刺さるような感覚を覚えるほどだった。
しなやかに輝くセミロングの黒髪も相まって、全体的に隙がなく、凛とした雰囲気を帯びている。
何かと揺らぎがちで、かつ眼力ゼロ、かつ凛とした佇まいからも程遠い星南太郎とは、正反対の印象だ。
一方で、少女の体は半透明だった。
本来、少女に阻まれて星南太郎の位置からは見えないはずの向こう側の景色が、その細い体越しに透けていた。ピアノの椅子に座っているように見えたのも、よくよく観察すれば、わずかに宙に浮いているではないか。
有り得ないものを目の当たりにした星南太郎は瞳孔が開き、呼吸も乱れていた。
その上、女子にこれほど長い間見つめられた経験もなかったために、今にも肺に穴が空いて窒息死しそうだった。
どんどん息が荒くなっていく星南太郎に、少女は問いかける。
「どうしたんじゃ、何か用か?」
「はあはあはあ」
経緯を知らない者がこの状況を見たら、星南太郎は少女を目の前に興奮するただの変態だった。
「答えよ」
尚も少女は問う。
「……と……付…って……だ……い」
「なんじゃ?」
少女は眉間にシワを寄せ、耳に手を当てて聞き返す。先程まで組んでいた足は、スカートを履いていることなどお構いなしで、ピアノの椅子の上ですっかり片あぐらをかいている。
星南太郎は制服の膝を強く掴み、もう一度、今度は腹から声を出すようにして言う。
「俺と付き合ってください!!!!!」
やけになった星南太郎は、普段からは想像もできないほど大胆になるらしい。
少女は目を丸くすると、3回くらい瞬きをした。
「なんじゃ、そんなことか。いいぞ」
「え、※☆○*$!?!?」
「おう。おっけーだ。人間と両思いになれば、私の体は具現化するからのう。この手でうまいもんを鷲掴みにして食べられるってもんよ」
日本語の原型を留めていない星南太郎の驚きの声に、意味はさておき少女はノリノリで応える。
「ただし、1つ約束じゃ」
「約束……?」
呼吸を整えた星南太郎はいまだに痛む首筋をさすりながら、控えめにお伺いを立てる。
「付き合うからには私のことを、ずっと、永遠に、Forever、心から愛することを誓え」
「それって、要するに……」
「私と一生愛し合うのじゃ」
”Forever”だけやたらと発音がいいのは置いておくとして。星南太郎にとって、それは夢のような約束だった。女子と永遠の愛を誓い合うだなんて、イケメンに生まれ変わらない限りありえないことだと思っていたのだ。
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