第2話 マドンナだって恋をする

「ごめんなさい、あたし、いま勉強がんばりたいから、誰とも付き合う気ないの」


「ほんとうにごめんね?」と、上目遣いをする莎莎のちゅるんとした瞳を見ていたら、鼻血が吹き出しそうになった。が、そこはぐっと鼻筋に力を込めて堪える。


「いや、こちらこそ、大事な時期に告白なんてしてごめん。お、応援してるので、べ、勉強、がんばってください!」


 長い夢、というか妄想から目が覚めた地底人-星南太郎は、ガラケーくらい真っ二つに折れ曲がりながら、深く深くお辞儀をした。


「ありがとおっ あたし、がんばるね!」


 言って、冴島莎莎は低い位置で可愛らしくガッツポーズをする。

 だぼだぼのカーディガンから覗く萌え袖を、星南太郎は見逃さなかった。


 軽やかに身を翻し階段を上がっていく姿は、まるで天使。

 星南太郎に見せつけるようにセーラー服のスカートがわずかに上下していた。


 間近で見た冴島莎莎の破壊的な美貌と、際どいスカートの丈にやられ、星南太郎の右の鼻からはついに鼻血が垂れてきた。

 告白に出入りの多い昇降口を選んだために、ちょうどそこへやって来た女子生徒が、緩みきった顔の星南太郎を見るなり悲鳴を上げて走り去って行った。


 なんだかスースーする鼻の下を指先で拭き取り、星南太郎はようやく事態に気付く。


「あ、鼻血出てたんだ……」


 途端、星南太郎は正しい姿勢を保ったまま、真後ろへ倒れた。

 冴島莎莎は、学園一のマドンナの称号に加え、『美しさの暴力』という別名も併せ持っている。


(美しすぎることは時として罪だ……)


 星南太郎は薄れ行く意識のなか、そんなことを思っていた。



 ***



 星南太郎の思いが儚く散った日の放課後。


 吹奏楽部でフルートを担当している冴島莎莎は、今日も華麗な演奏をした後、1人の男子生徒を待ち伏せしていた。


(今日こそ、国宝級イケメンを我が手に……!)


 彼女もまた星南太郎と同じく、思いを告げる覚悟を決めていた。

 とはいえ、こちらは数ヶ月も寝かせていないほどの軽い気持ちである。5年も熟成さえてカビが生えそうになっていた星南太郎の重すぎる思いとはまったくの別物と考えていい。


 莎莎は、体育館裏なんかでこそこそ告白したりしない。だって、相手の返事は「YES」に決まっているから。

 告白される側への配慮が足りないなんていうこともない。莎莎に告白される以上に名誉なことなど、この学園にはないのだから。


 よって、人目に付かない場所を選ぶ理由が1つもない。


 そんな莎莎は今、サッカー部が使っているコートの横に置かれたベンチに座り、堂々と目的の男子生徒を待っていた。

 春の風が柔らかな色合いの髪を揺らし、美しさを彩る。外見は儚いお嬢様。けれど中身は、なかなかに腹黒い。自分の欲望を満たすためなら、星南太郎レベルの男子生徒の1人や2人くらい、平気で切り捨てる。


 莎莎が待っているのは、今年度になって編入してきた国宝級イケメン-樺沢清貴かばさわきよきだ。


 360℃どこから見ても死角無しのイケメンなうえ、185cmという長身と、癖のないサラサラの金髪。おまけにスポーツ推薦で入学したために、編入直後の2年生にも関わらず、サッカー部のエースという肩書きも所有している。

 星南太郎などは足元にも及ばないハイスペックさだ。


「冴島莎莎だ……!」


 学園一のマドンナに見学され、サッカー部員たちはもはやサッカーどころではない。

 今まで挨拶をするのがやっとだったという男子生徒がほとんどだ。こんなむさ苦しい場所に美少女自ら足を運ぶなど、一大事だった。


 唯一、ボールを真剣に追いかけていた清貴も、そわそわする部員たちの様子に気付き、彼らの視線が集まる先に目をやる。


 莎莎はすかさずニッコリと笑い、手を振った。

 もちろん他の誰でもなく、清貴ただ1人に、だ。


 が、部員たちにはそれは無差別な攻撃でしかなかった。


「誰に振ったんだ!! あの細くて白い、清らかなお手を……!!」


 混乱した部員が蹴飛ばしたボールは、野球部の縄張りへと飛んで行く。


「あ、おいっ」


 きちんとゲームに則って活動していた清貴だけが、ボールの行く先を案じていた。


 莎莎に釘付けで使い物にならない部員たちに代わり、仕方なく清貴がボールを拾って帰ってくると、間も無く顧問が部活終了の合図をした。


「はいっ 解散!」

「ありあしたーっ」


 発音を最大限にぼかした挨拶を不揃いに済ませ、莎莎に後ろ髪引かれながらも、部員たちはバラバラと更衣室へ向かう。


 清貴が着替えを終えて更衣室を出ると、先に帰ったはずの数名が揃いも揃って莎莎を取り囲んでいた。

 それを見るなり、清貴はげんなりする。無視して通り過ぎようと思いながら歩き出すと。


「清貴くんっ」


 弾んだ声でそう呼んだのは、莎莎だった。彼女をぐるりと取り囲んでいた部員たちの隙間から抜け出し、清貴の前まで小走りでやって来る。

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