第11話(終)

 これで、私の告白は終わりだ。


 右目の視界をふさぐようにサユの死顔しにがおが浮かんでいる。この文章を読んで、今まで聞いたことがないほどの大声を上げて爆笑していた。ひどいね、リッちゃん。私のことそんな風に思っていたんだと、目をぎらぎらと輝かせて、口元をにやつかせながら話しかけてくる。わざとらしく、嫌みたらしい、見下みくだしたような笑みだった。


 人は死ぬと遺体から魂が離れる。やがてあの世へ行くのか消え去るのかは知らないが、その前にスマートフォンのカメラで撮影すると、レンズを通して端末に吸い込まれて写真画像として保存されてしまう。しかしその写真画像を削除すると、どころを失って再び魂だけが外へと抜け出す。すると今度は、その瞬間を見ていた人の目の中に吸い込まれてしまうようだ。


 それを理解したのは、もう全てが手遅れになってからだった。今、サユは私の右目に入っている。写真画像と同じく私のほうを向いているが、同時に外の景色も見ることができるようだ。目の表面に貼り付いているのか、眼球の内部に寄生しているのか分からない。そして声はすぐ近くにある右耳の奥から聞こえてくる。甲高かんだかい笑い声が頭の中で反響していた。


 きのうの夜からサユは私に話しかけている。眠ることもなく、死ぬこともなく、嬉しそうに私の全てを見続けている。目を閉じても、耳を塞いでも意味はない。私の内側にいるのだから消えるはずもなかった。


 右目を鏡に映してもサユの死顔はどこにも見えない。スマートフォンで自撮じどりしても彼女の魂は移らない。病院へ行っても、親に相談しても絶対に理解されない。半年前に死んだ親友が右目の中から話しかけてくるなど、頭がおかしくなったと思われるだけだ。私はもう一度、取り返しの付かないことをしてしまった。


 これからどう生きればいいのだろう。もし解決方法を知っている人や、同じ体験をした人がいるなら教えてほしい。いや、どうせそんな人はいないだろうから尋ねるだけ無駄だ。そんなつもりでこの文章を書いたわけではない。私が言いたかったのは、スマートフォンのカメラで他人の死顔を撮影することだけは絶対にやめろってだけだ。


 それに私の解決方法ならもう決めている。単純に、この右目を顔から取ってしまうことだ。病院で手術はしてくれないだろうから、自分でえぐるしかない。カッターナイフで眼球を取り出して切り刻んで叩き潰す。凄く痛いとは思うが、たぶん死ぬことはない。手首を切るとか、マンションから飛び降りて頭を叩き割ることに比べたらよっぽどいい。それでこの苦しみから逃れられるなら我慢できるだろう。


 もちろんその瞬間は左目を閉じている。同じ間違いは犯さない。スマートフォンも電源を切り、部屋のドアも窓も閉めてたった一人で作業をする。居場所を失えばきっとサユも消滅する。そして今度こそ私は解放されるはずだ。


 ほら、サユも笑顔でうなずいている。やっちゃえば? 消えるかもしれないよ? と右耳の中で楽しげにささやいている。その口調がやけに懐かしくて、私も思わず笑ってしまった。やっぱりそれがお互いのためだと思う。きちんと別れられたら、また私たちも親友同士に戻れる気がする。


 だから、やっちゃおっか、サユ。


(終)

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