第8話

 これは私が思いのたけを打ち明けるために書いている。だから、誰からどう思われようとも包み隠さず告白したい。ひどい奴だと思われようとも、薄情だと思われようとも構わない。自分を良い人に見せかけるなど、今の私にはもう不可能だった。


 毎晩22時、下校して夕食や入浴、宿題や雑事を済ませたあとで写真フォルダを立ち上げてサユに会うのが日課となっていた。話の大半は私がその日にあった出来事の報告で、他には世間のニュースや話題に触れる。彼女は私の長話を聞いては相槌あいづちを打ったり意見を言ったりしていた。


 土曜日でも、日曜日でも、夏休みに入ってもその習慣は変わらなかった。22時になっても表示させないと理由を問い詰めて非難してきた。5分、10分遅れても、なんで? どうして? と責めてきた。彼女は時計も確認できないが、ときおり私に時刻を尋ねてから1秒、2秒、3秒と頭の中で時を刻み続けていた。それは執念しゅうねんを感じさせるほど正確だった。


 次第に、私はサユとの交流が重荷おもにになり、わずらわしくなってきた。私だって暇ではない。学校では授業もあれば部活もある。家に帰ってもネット動画でも観ながら過ごしたい時もあれば、疲れ切って早く寝てしまいたい時もある。新しくできた友達ともっと話したい夜もあれば、嫌なことがあって誰とも話したくない夜もある。私の日々は変化に富み、移ろいやすく、一瞬たりとも同じ場所にとどまっていない。無駄なことに費やしている時間はなかった。


 サユの態度は徐々に遠慮がなくなり、増長し、横柄おうへいになっていった。会うのが遅くなると叱られ、もう寝たいと言うとまだ早いと言い返され、おざなりに受け答えをしていると誠意がないとふて腐れ、嫌そうな顔をすると目ざとく見つけて癇癪かんしゃくを起こされた。そしてとうとう私が怒って画面の表示を消して、また翌日に表示させると、消さないで、一人にしないでと大声で泣いて謝ってきた。


 そんなに嫌なら会わなければいいのに。わざわざ毎晩、不気味な死顔しにがお画像を表示させて喧嘩けんかすることもないと思われるかもしれない。しかしサユは私がいないと、スマートフォンの中の暗い部屋にずっと取り残されてしまう。眠ることもなく、動くこともなく、ただひたすらに無為むいな時間を過ごしていた。結局、彼女を助ける方法も見つけることはできなかった。彼女はもう永遠にここから出られない。そんな地獄のような世界に親友を見捨てておくことなどできるだろうか。だから私は彼女に会って、我慢するしかなかった。


 恐らくサユは自分の変化に気づいていない。非現実的で不条理な環境に置かれ、頼る者もすがる者も私以外にいない状況に追い詰められた結果、自然と身勝手に振る舞うようになったのだろう。自分は世界で一番不幸でかわいそうな人間だと言い、リッちゃんのせいで人生を台無しにされてしまったと責めるようになった。学校へ行くことも、バドミントンをすることも、料理人になることもできなくなった。それなのにリッちゃんは毎日私を放って、友達と遊んで、おいしいものを食べて、人生を楽しく生きている。親友なのに全然私の気持ちを分かってくれない。一緒にいた時はいつもリッちゃんのつまらない無駄話を聞いてあげたのに、私が寂しいと言っても構ってくれない。彼女は涙で顔をドロドロに汚して何十分も私をののしり続けた。


 サユの不幸は私だけのせいではない。そもそも彼女の人生を奪ったのは私ではなく、あの雨の日に彼女の自転車をねた車だった。車が無茶な運転をしたのか、サユがふらふらと走っていたのかは知らない。太って運動神経が鈍いから避けることもできなかったのだろう。私が死顔を撮影しようとしまいと、あの時すでに彼女の人生は終わっていたのだ。


 でも私は言い返すことができなかった。それを指摘したところで事態は何も変わらない。認識を正したところでなんの解決にもならない。サユがさらに理屈をこねて泣きわめくのは目に見えている。説得は、その先がある相手にしか効果はなかった。


 私にできることは、ただ謝罪して彼女の怒りをなだめることだけだった。ごめんねサユ、私が悪かったね。私はあなたにひどいことをしてしまった。そうやって謝り続けていると彼女も機嫌を直してくれる。いつの間にか私は彼女の態度にばかり気をつかい、毎晩どこかで頭を下げてなぐさめるようになっていた。


 そしてきのう、ついに我慢の限界がきてしまった。


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