第7話

 あなたは死んでいると、いきなり他人から言われたら、一体どれくらいで信じられるようになるだろう。


 サユは私の説明を聞いて泣き出してから1時間ほど経過して、ようやく自身の置かれている状況を受け入れてくれた。いや、本心ではまだ信用しきってはいないかもしれないが、違うと否定しても仕方がないことは理解できたようだ。説明するのが親友の私だったのも良かった。もし見知らぬ人物からそんな話を聞かされても、認めることができずいつまでもパニックにおちいっていたことだろう。


 サユは私の行為についても特に気にした様子はなかった。私がスマートフォンのカメラで死顔しにがおを撮影したから彼女の魂はこの小さな端末の中に閉じ込められてしまった。しかし彼女は私にひどいことをしたとか、どうしてくれるんだとか責める気はないらしい。それは恐らく、こうならなければ、どうなっていたのか彼女にも分からないからだろう。


 私はお風呂に入る時間が来たのでサユにもそう断ってスマートフォンの画面を消す。途端に部屋は静かになり、黒くなった液晶画面には私の不安そうな顔が映っていた。そして急速に現実感を取り戻すと、とんでもないことになってしまったと冷や汗が流れた。サユにではなく、私がしてしまったことに恐怖を覚えた。


 体の震えをお風呂の熱で無理矢理に抑えてから部屋に戻って再びスマートフォンをつかみ上げる。写真フォルダから画像を表示させるとサユは心底嬉しそうな顔で出迎えてくれた。私が画面を消した瞬間、彼女は目の前が真っ暗になって、何も見えない世界に取り残されてしまった。それはまるで死の世界にいるようで、たまらなく心細くなったと語った。


 スマートフォンに電源ケーブルを繋いで充電が切れないようにしてから、この状況の解決方法を話し合うことにした。どうすれば彼女を救い出せるか、しかしそれは一体どういう状態にすることなのか。方法も結果も分からないが、とにかくこのままにしておくわけにはいかなかった。


 初めに考えたのは、サユの親にこのことを伝えるかどうかだ。私はきちんと話すべきだと思ったが、彼女はやめてほしいと訴えた。会いたい気持ちは強いが、もし会えばお互いに辛くなってしまう。話はできるのに直接会えず、触れることもできないなんて耐えられない。きっと親もそう思うだろうと言った。


 問題は、サユの魂を収める場所がもうどこにもないことだった。体はすでに火葬されて骨になってしまった。いや、たとえ残っていたとしても、それは頭を打って死亡した体だ。もはや魂をとどめておくことができないから抜け出した。代わりになるものなど存在しない。そもそもスマートフォンから取り出す方法も分からなかった。


 それならばサユの魂は正しい場所に、つまりあの世に旅立つのが良いのではないか。お寺の住職に頼んでおきょうを唱えてもらえば無事に送り届けてもらえるかもしれない。しかし私もサユも本心ではそんな儀式を一切信用していない。お正月には神社へ初詣はつもうでに出かけ、結婚式は教会で神に愛を誓うことを望み、ハロウィンには仮装して動画撮影して、クリスマスにはサンタクロースにプレゼントをねだる。それで死ねば極楽ごくらくへ連れて行ってもらえるとはとても思えなかった。


 サユもまた同じ気持ちだったが、さらに彼女にとってはとむらわれることで自身に何が起きるか分からない恐怖も抱いていた。もしそのせいでここから消滅することになれば、自分はどうなってしまうのか。一体どこへ連れて行かれるのか、消えるというのはどういうことか、死ぬほどの痛みや苦しみがあるのではないか。尋ねられても体験したことのない私に分かるはずがない。今まで読んできた本の知識などなんの役にも立たない。失意の底にいる彼女に教えてやれることは何もなかった。


 深夜になっても私とサユは話し合いを続けたが、やがてあらがいがたい眠気とあすの朝を考えて寝なければならなくなった。でも彼女は私の心境には全く気づかず、ねぇリッちゃんと画面の向こうからいつまでも私に呼びかけてきた。魂だけとなった彼女は眠気すらも感じられなくなったのか。私は、悪いけどと断った上で、午前〇時を過ぎた時計を示して今夜はもう寝たいと訴えた。サユは少し不満げだったが画面を消すことを渋々しぶしぶ許してくれた。


 そもそもが自然の摂理せつりに反した不条理な状況だった。正しい答えなど初めから存在しない。ネットで検索しても似たような情報はどこからも得られなかった。それでも私たちは毎晩、何時間も顔を合わせては話し合った。まるで以前までの長電話にきょうじていた日のように、その日の出来事を大袈裟おおげさに言い合って、お互いのこれからについて語り合った夜のように。


 半年間、そんな日々が続いた。


 やがて私は、サユと付き合うのが鬱陶うっとうしくなった。


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