第4話

 翌日になると再び感情が希薄きはくになって、ぼんやりとした気持ちのまま一日を過ごした。待ち合わせに使っていたコンビニエンスストアを素通すどおりして登校し、いつもと同じように机に向かって授業を受けていた。眠気もないのに先生の話は頭に入らず、友達との会話も右耳から左耳へと流れていった。まるで着ぐるみに入ったように、私自身が内田理恵というキャラクターをわざとらしく演じているような気がした。


 放課後にはバドミントン部の部員と集まって、学校が手配したバスに乗せられて葬儀場へ向かった。皆一様にうつむいて泣くことも笑うこともなく、口をくことすらほとんどなかった。バスは他にも数台まっており、サユのクラスメイト全員と、他のクラスの友達や教職員たちが乗っているらしい。きのうとは打って変わってよく晴れた、少し肌寒い夕方だった。


 私は3年前に祖父を亡くしたこともあって、人が死んだあとの流れは一通り体験している。しかしサユのお通夜はその時よりも遥かに暗く、重苦しく、悲しみに打ちひしがれた雰囲気を漂わせていた。参列者は信じられないくらい多く、葬儀場の外にまで溢れ出していた。親族ではない大人たちは近所の顔見知りだろうか。同年代で違う制服の人たちは小中学生の頃の友達だろう。バスを降りた私たちもしばらく駐車場で待つことになった。


 おととい、普通にバイバイして別れたサユが、今日は葬儀場の主役になって大勢の人にその死をいたまれている。そのあまりに急速な展開に私はやはり実感が得られず、たちの悪い冗談としか思えなかった。しかし葬儀場の入口に書かれた名前と、足を踏み入れた会場の奥で黒い幽霊のようにたたずむ彼女の母親が紛れもない現実を突き付けてくる。そして白とピンクの花で飾られた祭壇の中央に掲げられた遺影が、疑いようのない事実を見せつけていた。


 遺影の写真は恐らく高校に入学したあとに記念撮影したものを選んだのだろう。丸い顔に見せるはにかむような笑みが普段のサユを思い起こさせた。私たちは列を作って祭壇の前で焼香をあげる。えー、やめてよリッちゃん。私、死んだみたいじゃない。と彼女の笑う声が聞こえた。ポケットからスマートフォンを取り出すと、彼女に送った最後のメッセージを表示させる。『先に行くよー』と入力した私の言葉がひどく冷たく感じられたが、彼女から既読のマークが付くことはなかった。


 長い時間をかけて全員の焼香が終わると私たちは再び前へと集められる。そして係の者たちが祭壇からひつぎを下ろすとサユの遺体が皆の前にさらされた。あすの午前中におこなわれる葬式に生徒たちは参列しない。そのためこの場が最後の対面となった。


 白木しらきの棺に入るサユは白装束しろしょうぞくを身に着けて、穏やかに眠っているような顔で死んでいた。頭を打ったと聞いていたが凄惨せいさんな傷や打撲だぼく痕跡こんせき見当みあたらず、つやのある髪はしっかりとくしを通して整えられていた。顔も普段より血色が良く、頬はほんのりと赤みを帯びて唇も桜色にうるおっている。たぶん化粧がほどこされているのだろう。やけに生き生きとした表情に再び頭が戸惑った。


 他の生徒たちはサユの側に近づくとせきを切ったように泣き出した。紗雪ちゃん、村井さんと、それほど交流があったわけでもない人たちまで喉から絞り出すような声で嗚咽おえつしていた。嘆きの連鎖は一気に広まり、引率いんそつの先生たちや遠くで着席する見知らぬ大人たちまで顔を伏せてすすり泣いていた。私もサユを取り巻く生徒たちから一歩下がったところで涙を流し続けていた。


 サユが目の前で死んでいる。毎日一緒に登校して、顔を合わせれば気心の知れた調子で言葉を交わして、部活では対戦したりダブルスを組んだりして、日が暮れると一緒に下校していた親友。その死は彼女の喪失そうしつだけでなく、私の日常の欠落けつらくも意味していた。もうあの日々は戻ってこない。棺の中で眠る彼女が目を覚ますことはもうない。ねぇ、リッちゃん、と何気なく呼びかける声を耳にすることはもうなかった。


 今、サユは悲しみの中心で顔を晒して、皆から赤く充血した涙目を向けられて、悲痛の声を一身に浴びている。あすの葬式が終わると棺の蓋を閉じられて、火葬場で焼かれて骨と灰になる運命だった。祖父の時は最後まで付き添っていたので私は全て知っていた。サユが消えてなくなってしまう。近くで見慣れたこの顔も完全に失われてしまう。私にとってそれは、呼吸や心臓が止まったと聞くよりもリアルで恐ろしく、耐えがたい死を意識させる瞬間だった。


 だから私は、スマートフォンのカメラでサユの死顔しにがおを撮影した。


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