第2話

 私の名前は内田理恵うちだりえ。関西に住む高校2年生だ。


 もちろんこの名前は嘘、偽名だ。こんなところで本名を名乗る人などいない。でもそれに近い名前だ。関西に住む高校2年生は本当だが、それ以上は明かさない。少しは名が知られていて、制服が可愛い高校を10校げれば必ず入っているようなところだ。


 成績は高くもなければ低くもなく、校内では中ほどより少し上だと思う。国語は現代文も古典も得意で、社会は歴史も地理も政治も好きだ。その代わり数学や物理や科学といった理数系は苦手でテストの点数も良くない。典型的な文系人間と思っているが、よく考えたら国語も社会もそんなに勉強はしていない。好きな小説や漫画を読んで自然と知識や読解力が身に付いているのだろう。だから多分、勉強が嫌いなだけだ。


 将来は4年制の大学への進学を希望している。その後はどこかの会社で事務職にきたい。つまらない奴と思われそうだが、私は堅実な現実主義者だ。他者に秀でた特技や才能もなんら持ち合わせていない。コミュニケーション能力もそれほど高くないと自覚している。でも整理整頓は得意で、黙々もくもくと作業をする仕事は向いていると思う。だから事務職ならつとまる気がする。公務員になって役所で働くのもいいかもしれない。今はそんな未来を想像していた。


 部活動はバドミントン部に所属しているが、あまり本気でやっていない。部自体も強豪ではなく、先輩と同学年に地方大会の上位に名を連ねている選手が一人ずついる程度に過ぎない。お陰で私も特に叱られることなく、期待されることもなく、練習や試合に参加できている。プロになる気などなく、プロになっても大変なのは知っている。練習を厳しくして優勝を目指すよりも、楽しくスポーツのできる部活動があってもいいはずだ。


 その同じ部に、村井紗雪むらいさゆきという親友がいた。


 紗雪は私と同じ歳の女子生徒だ。当然、これも偽名だ。彼女の本名は絶対に書けない。ネットの検索で突き止める人がいるかもしれないからだ。クラスは違うが同じ部活動なので1年生のころから顔馴染かおなじみだった。親友と友達の違いは分からないが、一緒にいる時間が一番長い人をそう呼ぶなら、私と紗雪は間違いなく親友だった。朝の通学も一緒なら、部活動からそのあとに帰宅するまでほとんど一緒だ。夜には電話かLINEラインで会話することもあった。


 紗雪は私をリッちゃんと呼び、私は紗雪をサユと呼んでいた。身長は私より少し低くて、体重は私より少し重い。成績も私より少し下で、バドミントンの腕も私より下手だった。これは悪口ではなくサユ自身も認めている事実だ。そんな話をしても喧嘩けんかにならない仲だった。


 サユは物静かで人見知ひとみしりが強い、おっとりとした子だった。引っ込み思案じあんなので私のほうから声を掛けると、いつも丸い顔に目を細めて嬉しそうにこたえていた。私はちょっと理屈っぽいところがあって他の友達と話が合わないこともある。でもサユには気兼きがねなく好みや不満を伝えることができた。彼女は私の長話にも喜んで付き合い、分かる分かるとか、凄いねリッちゃんとか、よく尊敬の眼差しを向けて相槌あいづちを打っていた。


 将来の夢は料理人で、そのために栄養士を目指せる短期大学へ入りたいと話していた。ある夜に自分が本当に好きなものはなんだろうと考えた結果、料理は作るのも食べるのも好きだと気づいたそうだ。そんな単純な理由で自分の未来を決めてもいいのか、手先が不器用ぶきようでジャンクフードが大好きなサユに料理人など務まるだろうか。でも目指すのは自由だから私も頑張れと応援していた。サユは目を輝かせてうなずいていた。


 そんなサユが、半年前に死んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る