サユの死顔 ― 少女魔が差す ―

三浦晴海

第1話

 どこから書き始めれば良いのか分からないから、思いつくままに文字を打っている。


 これは私の告白だ。告白と言っても好きな人に自分の気持ちを伝えるものではない。胸の内にしまいきれない思いをこの場で発散したくて書いているのだ。


 とにかく、どこかに書いてしまわないと私はおかしくなってしまう。嘘ではない。このままではアスファルトの地面やコンクリートの壁に頭を打ち付けて壊してしまいたくなる。あるいは手首を切ってお風呂に沈めるか、家のあるマンションの11階から地上に向かって飛び降りたくなる。もう何度も、何度もそんな衝動に駆られてきた。


 しかしそんなことをすれば私は死んでしまう。だから何とか今まで、それこそ必死にこの衝動を抑え込んできた。


 振り返ってみると、どうしてあんなことをしたのか分からない。誰かに強要されたわけではない。そうしなければならない理由もない。ただ自分の意思のみで行動してしまった。


 だから、もしもあの時、あの瞬間に戻れるなら、私は全力で私を止めている。やってはいけない。やればお前はおしまいだ。意味は分からないだろうが、腕に噛みついてでも思いとどまらせるはずだ。


 しかし、もう戻ることはできない。人生は不可逆ふかぎゃく。リセットすることはできない。8時35分に目が覚めた時点で遅刻は確実だ。バドミントンのラケットでシャトルを打った瞬間に落ちる場所は確定している。取り返しのつかないことは、本当にもう取り返しがつかない。そして死ねばそれでおしまいだ。


 なのに、私はやってしまった。


 きっと良くないことだと分かっていたのに。


 ほんの出来心できごころでなんて、そんな生温なまぬるいことじゃない。


 もっとよこしまで、もっとたちの悪い何かに突き動かされていた。


 そうだ、あの時私は、魔が差したのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る