映画俳優(2)





「飲み過ぎたな。」


翌朝、桂が頭を押さえながら起きた。


「二日酔いだろ、ほら、スープだ。」


ミツキがマグカップを差し出した。


「飲む気にならねぇ。」

「少し腹に何か入れた方が良いんだよ。

ほら、水は?」


やたらと酔っぱらいの処理にミツキは慣れている。


「なんかお前、すごいな。」

「親父がアル中だったからね。慣れっこだよ。」


桂はミツキを見る。

そしてテープの上に置いてあるディスクも見た。


「俺、昨日何か言ったか、その映画俳優とか。」

「うん、お父さんが俳優でデザイナベビーとかなんとか。」


桂は頭を抱えた。


「お前、それ外で言うなよ。」

「秘密なんだろ。分かるよ。

そしてこのマンションもお父さんからもらったとか、

指紋認証もばっちりとか。」


桂はため息をついた。


「俺、酒は止めた方が良いな。」

「そうだね。」


ミツキがくすくす笑った。


「ま、これであんたの弱みは握ったから、

2、3日と言わずしばらく世話になるよ。」


ミツキが差し出したスープを飲みながら桂はカップ越しに彼女を見た。

すっかり彼女のペースだ。

自分がどんどん深みに入って行くのを彼は感じていたが、

それが嫌ではないのが不思議だった。


「それとあんたさ、あの自転車、このマンションにあると変だよ。

今は隠してあるけど出入りする時怪しまれるんじゃない?」

「そうかあ?」


桂が恍けたように言う。


「だってさ、いかにも金持ちマンションだろ?」

「まあ、そうだけど。でもあの自転車は俺のお気に入りなんだよ。」

「お気に入り?」

「廃墟で拾って来たんだよ。」


桂は廃墟群が見える外を親指で指さした。


「廃墟の結構奥だ。元々チャイドルシートも付いてたんだが、

それは壊れてた。」

「あんた、それって……。」

「何があったか俺は分からん。

あの辺りはビジネス街だったからな。

朝子どもを送ってそこに来たか、用事があってあそこにいたか。

少なくとも子どもがいる誰かがあそこにいたんだ。」


ミツキはため息をつく。


「その自転車の事、警察には届けたの?」

「ああ、届けたよ。防犯登録のシールもあったからな。

でも見つけたのはあのテロからかなり時間が経っていたし、

警察も今更みたいな感じだったからな。

見つけた時に俺が預かると言ってそれっきり。」

「でも乗るってさ……。」


桂がミツキを見る。


「だって乗ってやらんと可哀想だろう、

自転車も乗っていた人も。」


彼にとってそれは供養のつもりなのだろうか。


「他にも自転車が結構あったよな。」

「まあな、俺は元々自転車が好きなんだよ。」

「車は持ってないのか?」

「あるよ、このマンションに置いてある。でも体を動かす方が好きなんだよな。」


桂はずるずるとスープを飲む。


「美味いな、これ。」


ミツキが後ろを向いてうっすらと笑った。


「それとあんた、近眼なのかと思ったら違うんだな。」


ミツキは振り向き

すでに眼鏡をかけている桂を見た。


「ああ、伊達眼鏡だよ。まあ俺の顔がな、」

「顔?」

「親父そっくりだからな、隠してるんだよ。」


ミツキはそれを見て

彼なりに色々とあったのだろうかと思った。


「そうだ、ミツキ。」


桂が言う。


「帰ったら自転車の練習な。」

「えっ、なんで。」

「だって乗れないと不便だろう。」

「車があるんだろ、乗せてよ。」

「ダメだ。自転車は乗れないと後々困るぞ。

俺がサービスで手伝ってやる。

自転車は沢山あるからな。好きなの選べよ。」


ミツキはため息をついた。


「廃墟から拾って来たんだろ?なんかいやだよ。」

「どうしてだ。全部俺が整備したぞ。」

「あんた、廃墟から何か拾ってくるのが趣味なのか?」


桂はにやりと笑った。


「面白いぜ。

パチンコ玉もそこから拾って来た。

ビジネス街にパチンコ屋があったんだな。

石も飛ばすがパチンコ玉が一番飛ばしやすいからな。」


ミツキは仕方ないと言うように肩を竦めた。

本当に変な男だと思った。








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